魔法省魔道具研究員クロエ

大森蜜柑

文字の大きさ
上 下
18 / 42
第2章

想定外

しおりを挟む
 真っ暗な中、音だけが鮮明に聞こえていた。体の感覚は無い。

 私はダミヤンに殺されてしまったのかしら。魔力が暴走したのはこれで二度目だわ。あの時は怖くて夢中で拒絶したら魔力が溢れてしまったのだった。
今回も同じだ。相手がダミヤンなのも手伝ってかなり放出した自覚がある。
 これを制御する方法があるなんて初めて聞いたわ。そして暴発させると、魔物と同じ末路を辿るのね……そんな事魔法学園では教えてくれなかったわ。


「どこだクロエ!」


 イザーク様の声が聞こえる。これは幻聴かしら? 


「これは……何があったんだ? クロエはどこだ? クロエ! 居ないのか?」


 イザーク様だわ。イザーク様が私を探しているのね。部屋中をウロウロしているのが分かるわ。でも私は死んで、精神体になったみたいです。もうお話しする事も出来ないんですね。イザーク様との生活はとても楽しかったです。私、どうやらあなたの事が大好きみたい。今、自分の体があったら別れが辛くてきっと泣いているわ。この状態もいつまで保てるのかしら? できるだけ長くイザーク様の傍に居たいな。
 靴音が遠ざかっていく。階段を下りた? 今度はそのまま二階へ駆け上がったわ。私の部屋の真上がイザーク様の私室。あまり入った事は無いけれど、男性らしいシンプルなお部屋で、ランスが花瓶を割っちゃって、慌てて私を呼びに来た時に初めてお部屋に入ったのよね。


「ふふ……」

 クロエは無意識に笑うと、耳に自分の笑い声が聞こえた。ぴくっと瞼が動く。体の感覚が戻ってきて、目を開けることが出来た。
 自分の周囲は木箱に覆われている。いつこんな所に入ったのだろう? と考えながら、体を起こそうとするが、上手く力が入らない。


 そう言えば、最後に見たのは私の手が完全に消えてしまったところだったわ。ダミヤンが戻ってきて崩れかけた私の体を木箱に隠したのかしら? だとしたら頭と胴体が残っているということ? 人工四肢でカバーできるくらいなら良いのだけど。


 ぴくっと指先が動く感覚に、これは自分の体では無いと気付く。徐々に体の機能が働き出し、呼吸も始まった。何度も瞬きを繰り返し、眼球の渇きを和らげる。頭が動くようになると、周囲を見る。だがまだ持ち上げることは出来ない。クロエは一つの可能性を考える。


 もしかして私、死んでクロエ人形に宿ったのかしら? 魔法陣は完璧に機能していたわ。それもクロエ人形に使った百個以上ある全てが起動していた。宿主が居ない代わりに、粉になった体を吸収したのかもしれないわ。それに今回は魔力の暴走だけじゃなく、大量の魔法陣に魔力を吸い出された可能性が高いわね。そのせいで死んでしまったのか、そのおかげで精神体が残っているのか、微妙なところだわ。
 でも今は、まだイザーク様の傍に居られることを喜ぶべきかしら。


 そんな事を考えているうちに、体の感覚が戻ってきて起き上がれるまでになった。

「自分で作っておいてなんだけど、私って天才じゃないかしら? 死人を蘇らせるなんて、禁忌よね。まぁ、普通の人には全ての魔法陣を起動させるだけの魔力は無いから、この先有り得ないんだけど」

 クロエの声はこの部屋へ戻ろうと廊下を歩いていたイザークに聞こえていた。イザークは急ぎ、クロエの部屋に入り声の主を探す。部屋は先ほど見た状態と変わらないが、あの大きな木箱から顔を出す美少女と目が合った。

「お前は誰だ? クロエによく似ているが……そこで何をしている? ここにクロエという女性が居ただろう?」
「イザーク様、私です。クロエです」
「何を言っているのだ。クロエはもっとふくよかな女性だ。お前はいったいどこから入って来たのだ?」

 イザークは消えたクロエが心配でイライラしていた。今手掛かりと成りそうなこの少女から出来るだけ情報を得たいと考えているが、自分がクロエだとふざけた事を言う。

「イザーク様、本当に私がクロエなんですよ! イザーク様の好物はトマト料理でしょう? 昨日はトマトと茄子のチーズ焼きを食べましたよね? 私が喉を詰まらせて苦しんでいたら、水を下さいました。あとは、えーっと……」
「……本当にクロエなのか? にわかには信じられないが、ここで何があったのか説明できるか?」

イザークは半信半疑ながら、話を聞くことにした。

「イザーク様が出発された後、ダミヤンが店に現れました。私のせいで研究所をクビになったと怒っていて、自分の人生を台無しにした私にその代償を払わせると言って、襲い掛かって来たのです」
「ダミヤンがここへ来たと言うのか?」
「そうです。あの、イザーク様、話をする前にここから出てもいいですか? だんだん体が動くようになって来たので、出られそうです」

 クロエはゆっくりとした動作で箱の淵に手を乗せて立ち上がろうとするが、バランスを崩し倒れそうになる。

「おっと、体が不自由なのか?」

 イザークはクロエを支えるために抱きとめた。そしてそこから横抱きにして優しく箱から出し、ベッドに寝かせた。
 クロエのイメージとは違い、羽のように軽い華奢な体に戸惑いを隠せない。痩せれば美しくなるだろうと予想していた通りの容姿はイザークでさえ心をざわつかせた。

「ありがとうございます。重く無かったですか? すみません。思ったより足が動かなくて……」
「いや、気にするな。重くない、寧ろ軽すぎて不安になるくらいだ」

 イザークは起き上がろうとするクロエをもう一度抱き上げ、枕をクッションにして座らせた。

「辛かったら言ってくれ」

イザークはクロエの足元に腰掛けた。

「まず、何故その姿なのか教えてくれないか?」
「この体は私の研究の集大成で、あの大きな木箱で送られてきたのはこれです。全て再生する魔道具で出来ています。本来なら、この様に動く事はありえません。元となる体が無い上に、この中の一つを動かすにも大量の魔力を必要としますから。これは私がダミヤンに襲われて魔力が暴走したために偶然起きたのだと思います。元々こんな設定はしていませんから、想定外なんです」

 イザークはクロエを見つめる。声は確かに自分の知る物だ。しかし、自分の知るクロエよりも若干若く、体は半分程しか無いのではと思う程に細い。
 それに彼女の話す内容は信じられない物だった。研究していた物の話は聞いていたが、これほどの完成度だとは思っていなかった。これでは本物の人間一人を作ったようなものだ。

「この体が再生できるかはまだ分かりませんが、粉となった私の体はこの中に入っています。だから、気長に再生を待ちます。この状態を生きているとは言えませんが、魔力を暴走させてあのまま消えてしまっていたかも知れないので、消滅せずに済んで良かったと思う事にします」
「待て、魔力が暴走したとはどういう事だ? わざと放出させたと言う意味か?」
「制御法を知らないんです。普通、親に習うそうですね。ダミヤンが言ってました」

 イザークはクロエの幼少期について話を聞かせてもらったので良くわかっている。大事な時期に母親が出て行き、父親は酒びたりだったのだ。知らなくて当然だろう。自分もそこに思い至らず放置してしまったことに悔いが残る。

「ダミヤンか……奴のナイフが落ちていた。血が付いていたが、切られたのか?」
「首と背中を。もう体は無いので証明できませんね」
「奴は、お前に止めを刺さず逃げたのか?」
「魔力の暴走で粉になる私を見て、俺のせいじゃないと何度も言いながら逃げて行きました」

その光景が思い浮かび、イザークは怒りに震えた。同時に、恐ろしい思いをしたこの少女をどう慰めようか考えた。女性を慰めた経験など無いイザークは頭を悩ませる。

「明日、魔法省に出向いてダミヤンの事を聞いてくる。取調べの最中脱走したのだろう。まだ逃げているのか、捕まったのか、はっきりさせたい。お前を一人置いて行きたくない。明日なら歩けそうか?」
「はい、多分行けると思います」


イザーク様は私を一人に出来ないと言い、カウチに横になり一晩過ごした。私の方は何故かまったく眠気は起きず、一晩中イザーク様の寝息を聞いて、一人ドキドキと眠れぬ夜を過ごしたのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

荷車尼僧の回顧録

石田空
大衆娯楽
戦国時代。 密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。 座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。 しかし。 尼僧になった百合姫は何故か生きていた。 生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。 「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」 僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。 旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。 和風ファンタジー。 カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我
ファンタジー
 幼馴染みである奥田一八と岸野玲奈には因縁があった。  なぜなら二人は共に転生者。前世で一八は災厄と呼ばれたオークキングであり、玲奈は姫君を守護する女騎士だった。当然のこと出会いの場面は戦闘であったのだが、二人は女神マナリスによる神雷の誤爆を受けて戦いの最中に失われている。  女神マナリスは天界にて自らの非を認め、二人が希望する転生と記憶の引き継ぎを約束する。それを受けてオークキングはハンサムな人族への転生を希望し、一方で女騎士は来世でオークキングと出会わぬようにと願う。  転生を果たした二人。オークキングは望み通り人族に転生したものの、女騎士の希望は叶わなかった。あろうことかオークキングであった一八は彼女の隣人となっていたのだ。  一八と玲奈の新しい人生は波乱の幕開けとなっていた……。

反魂の傀儡使い

菅原
ファンタジー
亡き祖母から託された伝統技術を、世界に広めようと奮闘する少女の物語です。 今後の為に、ご意見、ご感想、宜しくお願いします。 作品について― この作品は、『臆病者の弓使い』『救世の魔法使い』と同じ世界観で書いた、シリーズ物です。 あちらを読んでいなくても問題ないように書いたつもりですが、そちらも読んで頂けたら嬉しいです。 また「小説の書き方」を色々模索しながらの投稿となっていますので、文章表現が不安定な箇所があります。ご了承ください。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

人形弟子の学習帳

シキサイ サキ
ファンタジー
「3年後、成人を迎え、嫁入りをはたす 第二王女への魔法の贈り物を3つ用意せよ」 国王より、そんな命令を下された 若き魔法師団長ライルは、万能の魔法という国王からの要望に応えるべく、 生活魔法を習得した自立式の人形を用意しようと計画します。 そうして作られた、魔法式自動人形のアレン 彼は、魔法師ライルの弟子として。 また、3年後には成人する王女様への贈り物となる人形として。 師匠のライルと共に、学びの日々を過ごしていきます。 そんな彼らが、舞台となる魔法学校をはじめ、3年後の別れの日まで、共に学び、共に歩み、それぞれが向かう道を探す師弟物語。

処理中です...