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第1章
間接キス
しおりを挟むレオが帰った後、イザーク様は珍しく自室に戻らず私の傍に居た。夕飯の支度をする様子を隣で見ている。とてもやり難いので、せめてテーブルの所に居て欲しい。
「イザーク様、どうかしましたか? 今夜はトマトと茄子のチーズ焼きですよ。ビーフシチューにしようか迷ったんですけど、煮込む時間が足りなかったもので……あの、お腹空きましたよね。後はオーブンに入れれば直ぐ出来ますから座って待ってて下さい」
クロエは落ち着かず、懸命に手を動かしながらイザークに話し掛けた。イザークはクロエを見下ろして、何か言いたそうにしている。
「あの男は……」
「はい? 何か言いましたか?」
イザークがやっと出した言葉は掠れてよく聞き取れなかった。
「あの男は、レオはクロエの恋人か?」
クロエは思いがけない質問に、手に持っていた皿を落としそうになる。そこにイザークが咄嗟に手を出し事なきを得た。
「わっ、すみません、手が滑ってしまいました。えっと、レオが私の恋人かと聞きましたか?」
「彼はお前の恋人かと聞いたが、何故そこまで動揺するのだ」
「だって、イザーク様がそんな事知りたいなんて思わないじゃないですか」
先ほどのレオの言葉を思い出し、顔が熱くなる。学園に居る頃からレオとは仲が良かったし、可愛がってくれているとは思っていたが、自分を女として見ているとは微塵も考えていなかった。だから告白紛いのレオの言葉に動揺し、気付かない振りをして帰してしまった。10歳の子供の頃から一緒に過ごしたレオの事は兄の様に慕っていたのだから。
「レオは友人ですよ。何故そう思ったんですか?」
「二人の間の空気……と言うか、彼のクロエを見る目が愛しい者を見る目だった。お前も彼を信頼しきっていたしな、上手く説明出来ないが、そう感じたのだ。何故聞くのかと言われても聞きいてみたかったとしか言えんな」
イザークにも何故気になったのか分からない。ただ意外とクロエはもてるなと思っていた。実はグレンだけでは無く、近所の独身男性にも何人かクロエを気に入っている者がいる。多少ふくよかでも愛らしい整った顔立ちだ。働き者で気立ても良く、いつも前向きで一緒にいて気持ちのいい娘だ。商売をしている者なら、彼女を嫁にと考えるのも頷ける。
「意外です。男女の恋愛事に興味があるなんて。そういえば、イザーク様って恋人は居るんですか? 私がここへ来てから、個人的に訪ねてくる女性を見た事がありません。あ、もしかして、魔法省のサラ様ですか?」
「何故サラが出てくるのだ。アレは俺の姉だ。年が離れ過ぎていて恋人に間違われた事は一度も無いぞ。大体、女は煩くて我侭で鬱陶しいだけだ」
「サラ様はイザーク様のお姉さんだったんですか? 言われてみれば確かに雰囲気は似てますね」
オーブンから料理を取り出しテーブルへ運ぶ。
なんだ、サラ様は魔法省時代からの恋人なのだと思っていたわ。気になっていたけど、聞くタイミングが無くて一年も経ってしまった。イザーク様には恋人は居ないのね。良かった……ん? 良かったって何?
一瞬思い浮かんだ言葉の意味を考えないように、テーブルに料理を並べ、二人同時に席に着く。
イザークはオーブンから出したての料理を美味しそうに食べ始めた。どうやらお気に召したようだ。クロエは一口分を小さく切って口に運んだ。
「フッ」
イザークが噴出し、可笑しそうに笑い出した。
「ククク……俺が言った事を気にして、リスの様に頬張るのを止めたのか? 気にせずいつもの様に食べれば良いではないか。それでは食べた気がしないであろう?」
クロエは頬を膨らませ、イザークを睨み付ける。
「言われて初めて気が付いたんですっ、年頃の女の子がそれではいけないと思ったので、今日から改めます。イザーク様は気にせず食事をして下さいっ」
「なんだ、つまらんな。目の前で美味そうに頬張るお前を見ながら食事するのが、毎日の楽しみだったというのに。下手な事を口走る物では無いな」
イザークは揶揄っているのではなく、本気で残念だと言っている。
「……イザーク様の楽しみを減らしてしまうのは心苦しいので、いつも通り食事します。こうして食べた方が美味しいんですよ」
クロエはいつもの大きな一口分を切り分け、口に運び頬張る。もぐもぐと咀嚼する様を見て、イザークは柔らかく微笑んだ。それを見たクロエは心臓が跳ね上がり、咀嚼するのを止めそれをゴクリと飲み込んだ。
何て顔して私を見てるんですかっ。私の心臓止めるつもりですか、ホントに止まりますよ!私にそのキラースマイル向けるの止めて下さいっ。
「んぐっ」
トントンと胸を叩く。
喉を詰まらせたクロエに水の入ったグラスを持ってイザークが駆け寄る。
「ほら、水を飲め。慌てて食べるからこうなるのだ」
イザークの手からグラスを渡され一気に飲み干した。そこでハタと気付く。目の前には自分のグラスが置いてある。では、この手に持っているのはどこから来た物か?向かいの席にはグラスは無く、隣には私の背中を擦るイザークが居る。
状況を把握したクロエは見る見る顔が赤くなる。イザークはいつも水を一口飲んでから食事を始める。と、言う事はこれは彼が口を付けた水という事だ。クロエはガタンと椅子を鳴らして立ち上がり、グラスを持って洗い場へ向った。ザァっと勢いよく水を出し、グラスを洗う。
「別にわざわざ洗う必要など無いであろう。食事の途中だ、席に付いて食べなさい。そのグラスをくれ」
洗ったグラスを丁寧に拭き、水を満たしてイザークに渡す。
「すみません、落ち着きが無くて……お騒がせしました」
そこからは何とも言えない空気になったが、イザークは相変わらずキラースマイルを放ってくる。クロエにこの攻撃をかわす術は無く、ただ黙々と食事を続けるのであった。
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