魔法省魔道具研究員クロエ

大森蜜柑

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第1章

報告

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 現れたのは褐色の肌に黒い髪、金色の目をした友だった。

「クロエ、会いたかった。元気そうだな」
「レオ! あなた何故ここに来たの? ダミヤンの事があるから会いに来られないってアリアからの手紙に書いてあったのに」
「ダミヤンの事、報告しに来たんだ。仕事は何時に終わる?」

イザーク様に目を向けると、彼も気になるのか作業の手を止めた。

「今から聞こう。クロエ、店を閉めなさい。俺も同席させてくれ。ダミヤンに関しては他人事では無いのでな」


 クロエは店のドアに「closed」の札を下げ、鍵を掛けてカーテンを閉めた。テキパキと慣れた様子で動く姿を見て、レオはクロエと離れていた時間を実感した。自分はずっと研究所で変わらない生活をしてきたが、彼女は突然放り出され、別の仕事をして、自分の知らない人間と生活しているのだ。会えば前の様に気軽に触れたり抱きしめたり出来ると思っていたが、一年前より痩せて大人びたクロエに距離を感じ寂しくなった。

「お前痩せたな、ちゃんと食べてるのか?」

 確かにクロエはこの一年で痩せたが、まだまだぽっちゃりさんだ。特に何かしたわけでも無いが、自然に体重は落ちていた。

「そぉ? 自分じゃあまり分からないわ。イザーク様、私痩せたと思いますか?」 
「うむ、多少はな。リスのように頬を膨らませて食べる癖を直せば、もっと痩せるのではないか? お前は早食いだからたくさん食べ過ぎてしまうのだ」
「それって、いつもランスに注意してることじゃないですかっ。私とランスを一緒にしないで下さいよ!」
「ククク……同じではないか」

このやり取りをダイニングへ向う廊下で見せられたレオは危機感を感じていた。と言うか、店に入って真っ先に目に入ったイザークと言う男。こんな小さな工房で職人をさせておくのは勿体無い程の美男だ。おまけに自分よりも大人で、クロエの傍にこんないい男が居たなんて知らなかったのだ。工房の主に壮年の男性をイメージして来たレオは店のドアを開けて直ぐクロエに声を掛けるつもりで居たが、ショックで声が出なかった。

「レオ、そこに座って? 今お茶を入れるわ」
「こんな場所ですまないな。応接間だった部屋は彼女の部屋に使っていてな。他に適当な場所が無いのだ」
「ああ、あの部屋って元はそうだったんですね。普通の部屋より広いなって思ってました」
「マチルダは足が悪かったのだ。二階への階段は辛そうだったので、一階に部屋を移した。いや、そんな話はどうでも良い。レオと言ったか、俺はイザークだ。この工房の職人でオーナーだ。早速だがダミヤンの話を聞かせてくれないか」

クロエはそれぞれの前にお茶を出し、席に着いた。

「レオ、イザーク様は元魔道具研究所の研究員だった方なのよ。ダミヤンの事も知っているわ」
「何故エリートの道を捨てて小さな工房に……いや、すみません」
「フッ、構わない。俺もダミヤンに盗作の疑いをかけられた。何の証拠も無いお粗末な盗作騒ぎだったが、煩わしくなって研究所を辞めた。その騒ぎで奴は追放処分になるかと思えば、親の影響力が有り過ぎてクビになることは無かったようだな。そのせいで次の被害者が出てしまった。監察は相変わらず無能だな」

 クロエはイザークもまた自分と同じ被害者である事を始めて知り言葉を失った。サラがここを紹介してくれたのは、それも有ってのことだったのだと気付いた。
 暫くの沈黙の後、レオは語り始めた。

「ダミヤンの事だが……クロエの研究室に侵入してファイルを持ち出していた事がわかった」
「え? 入室許可証が無ければ入れないのにどうやって……」
「フランツが持っていたクロエの研究室の入室許可証を盗んで入っていたんだ。あいつは上着のポケットに入れてあるのを忘れて、図書館で脱いで椅子に掛けてその場を離れた事が何度かあったらしい」
「でも、無くなったら気付くでしょ?」
「ちょうどクロエが俺たちの手伝いでこっちに通ってた時期なんだ。お前は俺たちの研究室に居たから使う必要が無かった、だから無くなっている事に気付かなかった。クロエの研究室の入室記録を見て違和感を感じて調べ直したら、俺たちが出入りしてない時期にフランツが日を空けて二度出入りした事になっていた。同時刻に俺たちの研究室に入室している記録もあるのにだ」

 あの、錠のファイルを持ち出して書き写し、中身を入れ替えて戻したと言う事か。

「でも、じゃあ何故すぐに申請を出さなかったのかしら? 私は他のと一緒に出そうと思って置いておいたんだけど。まさか私が出すまで待っていたの?」
「クロエがダミヤンのファイルを持っているだけだと決定打に欠けるから、申請された物は自分のだと訴えたかったんだろうな。結局抜けた魔法陣を探し出せず、申請は却下された。監察は俺たちの調べたダミヤンの行動を更に調べてくれたよ。国王が視察から戻られて、クロエの話を聞いて激怒されたらしい。お前の研究室は空っぽだけど、名前のプレートは付いたままだ。国王はお前を戻らせるつもりだろうな。ダミヤンの件は奴の虚言だと皆分かっている。牢屋に入るのも時間の問題だろう。あいつが捕まったら、研究所に戻って来いよ」

 クロエの胸中は複雑だった。自分の無実を証明されて嬉しいのは確かなのに、ここでの毎日に幸せを感じていて、離れるのは辛い。初めの頃なら喜んで戻っただろうが、今の気持ちは半々だった。

「それで、ダミヤンの身柄はは監察に拘束されているのか? 奴の嘘を証明する材料は揃っているのだろう?」
「取調べを受けている最中でした。ここまで来て親の力で開放される様な事になったら、目も当てられませんよ」
「ダミヤンの父親はこの国の宰相だ。宰相は真面目で不正を許さないタイプだから、そんな事はしないだろう。俺の時も口出ししてこなかった。役人が勝手に気を回してうやむやにしたせいでこんな事になっているがな」


外はすっかり暗くなっていた。レオは報告を済ませると勝手口から出た。クロエはレオを見送りに一緒に外へ出る。勝手口のドアが閉じたタイミングでレオは約一年振りにクロエを抱きしめた。

「こんなに痩せてしまって……」

レオの呟きは消えそうなほど小さな声だった。

「レオはふかふかの私が好きなんだったわね」
「違うよ、クロエが太っていれば他の男達が寄ってこないのが良かったんだ。君は太っていても痩せていても、どちらにしても俺には魅力的だ。俺だけのクロエでいて欲しかっただけなんだ。それでダイエットの邪魔をしてしまった。ごめんな、あんなに頑張っていたのに」
「レオは悪くないでしょ。私がレオに甘えたのが悪いのだから、謝らなくて良いわ」

くすくすと笑うクロエを見て、レオはこのまま連れて帰りたいという衝動に駆られた。

「レオ、全てが解決したら、今度は私が皆に会いに行くわね」

クロエはレオの腕から抜け出ると別れの挨拶をした。後ろ髪引かれるように何度も振り返るレオに手を振り、通りの角を曲がって見えなくなるまで見送った。




「やっと見つけたぞ、お穣ちゃん」

レオを見送るクロエの姿を、陰に隠れて見ている男がそこに居た。
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