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第1章
過去 ~イザーク・リトバルスキー
しおりを挟む魔法学園始まって以来の神童と言われた15歳のイザーク・リトバルスキー侯爵令息はその名に恥じぬ成績で学園を卒業し、魔法省へ入省。魔道具研究所に配属された。因みに卒業制作は少しの魔力で作動する喋る人形。実は人形はおまけで、10秒だけ言葉を録音し、いつでも再生できる小さな魔道具だ。
研究所に入り、半年の研修期間を先輩研究員の助手として働いた。
そこで分かった事。
皆一から新しい魔道具を作らず、既存の物を改善、進化させる研究しかしていない。それも微々たる進化だ。
イザークは先輩研究員に質問してみた。
「なぜ新しい物を作らないのですか?」
「なぜって……そんな事を質問されたのは初めてだよ。簡単な事さ。我々貴族は、こうして便利な道具に囲まれて生活している。それも僕達のような若い世代は特に不便を感じないだろう?もう新しい魔道具なんて必要無いんじゃないかとすら思っている。今やっている事は、自分が生活する為の、研究所に残る為の作業だ。既存の魔道具の改善をしていれば補助職員に降格はしない。一応、研究成果は出ているからね。
自分の魔道具を作ろうと頭を悩ませて、特許を目指して頑張っている奴も居るけど、殆どが補助職員に降格してるよ。補助職に落ちたら研究員に戻るのは難しい。プライドの高い奴は退職して、城勤めの道へ進むか、領地に帰って親兄弟の手伝いをするしか無い」
ここの人達は狭き門を潜って入った優秀な人達では無かったのか?卒業制作では何かを作った筈だろう。まさか、それすらも魔道具を改善しただけで済ませたのか?
イザークはこの研究所の未来を案じた。
負の連鎖で研修期間中に先輩の影響を受け、皆楽な方に流されてくのだろう。このままでは研究員の質が落ちる一方だ。
研修期間の明けたイザークは自分の研究室を与えられ、学園在学中から考えていた魔力で遊べる玩具の研究を始めた。玩具に目を付けた研究員は今までに居ない。魔道具は大人が使う物と思い込み、子供を相手にしようなんて考えもしないのだから。
イザークの作る玩具は一つ一つは安価だが、人気が出てヒット商品を多数排出していた。勿論、そのどれも新しい技術なのだから特許を取るのは当たり前で、一つ取れば一生生活できると言われている特許を、10個も取っていた。
研究所に入って1年が過ぎた頃、よく資料室や図書館で会う男が居ることに気が付いた。始めのうちは偶然だろうと放っておいたが、そのうちに自分を睨み付けてくるようになった。
近くに居た同期の奴にアレは誰だと尋ねた。
「ダミヤン・ハリスだよ。ハリス侯爵の次男で、魔法学園を優秀な成績で卒業し魔法省に入った期待の星だった男」
わざわざ「だった」を強調して説明する彼に、どういう意味か聞く。
「勉強は出来ても新しい物を作り出す事が出来ない無能なくせに、自分は特別だと思ってる勘違い野朗さ。補助職員に降格した元研究員を馬鹿だの恥ずかしいから退職しろだの言いたい放題しておいて、自分も3年の研究費補助期間を過ぎて焦ってるんだ。強制的に補助職員にされるまであと2年の猶予はある、だけど自費で研究室を借りて、研究費も賄うのは家からの援助無しでは無理だろうな。ハリス家はダミヤンに期待しているって話だ。本人も家に泣きつく事はプライドが許さないんじゃないか? これからどうする気なのかね」
ダミヤン・ハリスは学園でも見た事がある。だがあんな顔だったか? 顔はもっとふっくらしていたし、目はギラギラしてなど居なかったはずだ。髪は綺麗に撫で付けて清潔感のある少年だったと記憶している。今の彼は頬がシャープになって髪はだらしなく伸ばしっぱなしだ。見方によれば精悍になったと言えなくも無いが、あれではまったく印象が違う。
何と無く嫌な予感がして彼とは関わらないように、物理的に距離を置き警戒していた。そんなある日、監察の人間が研究室に突然現れ、こう言った。
「君に盗作の疑いが掛かっている。ダミヤン・ハリスが君の申請した物の中に自分のアイディアを使った物が紛れていると訴えてきた。申請を出そうとしたら、既に同じ物が申請済みだったと言っているのだが……」
「何を言っているのか意味がわかりません」
「とにかく、詳しく話を聞く必要があるのだ。監察課までご同行願う」
監察官に付いていくと、ダミヤンもそこに居た。悠然とした態度で足を組んで椅子に座り、見下すような視線を向けてきた。
何だこの男? 何がしたいんだ?俺の申請した物が、こいつのアイディアだって? たまたま同じタイミングで同じ物を考えたとでもいうのか?
「これが、先週君の申請した魔道具のリストだが、間違い無いか?」
「間違いありません」
「ではハリス君、どれが君の物だったのかね?」
ダミヤンは暫く黙ってリストを見た後、一つを指差した。
それは卒業制作で作った録音、再生できる魔道具を一から作り直した物だった。素材も仕組みも全て変えて録音時間を1時間に伸ばした進化版だ。
「その設計図は持っているかね?」
「いえ、盗まれてしまったようで、彼が持っていると思います」
ダミヤンの言葉は信じられない物だった。頭がおかしくなったとしか思えない。
だが監察官もダミヤンの言うことを信用いてはいなかった。
「設計図が無いなら作り方を今ここで説明して下さい。紙はこれを使っていいですよ。魔法陣を記入してくれますか?」
「うぐ……」
ダミヤンはしどろもどろに説明を始めたが、それは俺が卒業制作で発表した物を彼なりにそれらしく変えただけの、まがい物だった。魔法陣に関しては絶対に起動しないと分かる粗悪品で、監察官にも嘘だとわかった。
「これでは、何も動きませんね。君は本当に録音再生機を作ったのかね?」
「私の勘違いかもしれません。たまたま同じ機能の物を彼が先に申請しただけなのかもしれませんが、設計図は盗まれてしまっていて証明できないのが悔しいです」
「盗まれた設計図は、どこで盗まれたと言っているのかな? 君の研究室には簡単に入れないだろう?」
「…………図書館で……図書館で彼に何度も会いました。設計図はその時無くなったのです」
ダミヤンは監察官の質問に被害者然として答えているが録音再生機を作ったとは明言せず、そして具体的に作り方を説明する事もできていない。
俺からも質問させてもらおう。
「あなたは、その魔道具の大きさを示す事はできますか?」
「は? 大きさだって? そりゃ、その場で提出できないくらい大きな……」
「彼は嘘を言っています。俺は申請書と同時に見本も提出済みですよね? 監察では確認しましたか? それに彼の方はまだ提出していないと言うなら研究室に現物があるはずです。確認をお願いします」
冷静にダミヤンの嘘を証明しようと彼の研究室の確認を要求した。
「はぁ? ちょっと待て、何で被害者の俺がそんなことされなきゃならないんだ? 盗作は重罪だろ? こいつを牢屋にぶち込めよ! 再生録音機は俺のだぞ。俺の名前に書き換えて特許申請しろ!」
先ほどまで余裕綽々で構えていたダミヤンは言葉遣いも荒くなり別人のように激昂した。
立ち会っていた別の職員達がマスターキーと監察官だけが持つフリーの入室許可証を持ってダミヤンの研究室に急ぎ確認に出た。
そして暫くして走ってきたのか息を切らした職員達は息も絶え絶え報告した。
「ハァハァハァ……研究室は、もぬけの殻でした。他の研究も、していません。紙の一枚もありませんでした」
ダミヤンは戻った職員の報告で嘘がばれると手のひらを返したように穏やかに言い放った。
「録音再生機はまだ構想中でして、図書館で練っている最中なのです。私の独り言から彼が盗んだとしても、仕方の無いことだと諦めます。今回は私が引きますから、無かった事にしてあげて下さい。ケチが付いた魔道具は、彼のアイディアという事にしましょう。図書館で何度も顔を合わせた時に気をつけなかった私にも落ち度がありますしね」
このダミヤンの言葉には呆れるが、これ以上粘られても面倒だ。イザークは監察に目配せし、ダミヤンの処遇は任せることにした。
イザークはこの一件の後、ダミヤンが言い触らした盗作疑惑に辟易し、魔道具研究所を去った。在籍期間僅か1年1ヶ月。取った特許数18個。魔道具の権利は全て魔法省に売った。そして侯爵家とは連絡を絶って人形工房を始めたのだった。
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