魔法省魔道具研究員クロエ

大森蜜柑

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第1章

以外な事実

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 台所の掃除は見た目以上に大変な作業だった。何せ天井まで飛び散って染み付いてこびり付いて……とにかく私では手が届かない。
仕方なく床から磨き、次に壁を拭く。これだけでも大分マシになった。

「イザーク様! 店閉まってるけど何かあったんです……か……」
裏の勝手口から7歳位の少年が勢い良く入って来た。
台所を掃除している私を見て目を輝かせる。
「もしかして、新しい家政婦の人?」
「クロエです。工房のお手伝いと家事を任されました」
「やっと決まったんだな。オレ、ランス。小間使いしてる。この台所、掃除大変だろ。天井は女の子じゃ無理だから、後で兄貴に頼んでやるよ。じゃあ後で! あ、昼飯楽しみにしてる!」

ランスは言いたい事を言いながら工房へ向かってしまった。


ランスね。あの子の分も食事の用意が必要とは聞いてないわよ。それじゃ、掃除はこの辺にして昼食の準備始めましょうか。


 食品庫の中には魔道具の保冷器があった。おかげで中には新鮮な野菜や肉類が入っていて昼食位なら作れそうだ。
竈に火を入れて大鍋で湯を沸かす。その間に野菜の下ごしらえだ。にんにく、牛肉、玉葱、人参を細かく微塵切りにし、トマトは手で潰す。フライパンに油を引きにんにくを香りが出るまで炒めたらひき肉を入れ、色が変わるまで炒める。残りの材料も入れて炒め、トマト投入。ハーブと調味料で味を調えたら、汁気が無くなるまで煮込む。クロエの簡単ミートソースの出来上がりだ。食品庫に残っていた野菜で温野菜サラダを作り、酢と卵で作ったマヨネーズを添える。時間を見てパスタをゆで始めたころ、匂いに釣られてランスがやってきた。
「クロエはちゃんと料理出来るんだな。すげー美味そうな匂いだ。そろそろ出来上がりか? イザーク様呼んで来て良いか?」
「あの、食事は台所でとるの? この大きなテーブルに並べれば良いのかしら? 誰がどの席か教えてもらえると助かるわ。」
「ここがイザーク様で、オレはこっち、マチルダは台所に一番近いここだったよ」

パスタが茹で上がったのでイザーク様を呼んでもらう。それぞれの席に料理を盛った皿とカトラリーを並べ、水差しとグラスを置く。
準備できたと同時にイザーク様を連れたランスが来た。
「お待たせしました。どうぞお召し上がりください」

席に着いた二人のグラスに水を注ぎ、壁際に立つ。

「何をしている、君も早く席に着きなさい。うちでは食事を全員でとる事にしている。朝と晩は俺と2人だが昼はランスも一緒だ。」
言われるままに自分のを準備して席に座る。
「いただきまーす」
ランスの元気な挨拶で食事が始まった。二人の口に合うか心配で、つい凝視してしまう。
「うまっ、クロエ美味いよ!料理上手な人が来てくれて良かったですね、イザーク様」
「うむ、サラの見立ては間違い無かったな。良い人を紹介してくれた。ところで、クロエはサラのところで家政婦をしていたのか?」

あ、そういえば私名前以外教えてなかったわ。
「サラ様とは研究所で知り合って、私が一方的にお世話になってました。私の前職は魔法省魔動具研究所の研究員です。実は訳あって追放処分になりました」
「訳とは何だ?雇うからには隠し事はするな」
「食事の席でする楽しい話ではありませんよ?」
ランスはイザーク様と私を交互に見ながら、パスタを完食した。野菜はあまり好きではないのか手をつけない。イザーク様に睨まれてやっと一口くちに入れた。
「うまっ、このソースうまっ」
嫌いな野菜が食べられて良かったです。ニコリと笑う。

「クロエ、では食事が済んだら話してくれ」
イザーク様は黙々と食事をする。そして意外とたくさん食べる。多めに作ったパスタは綺麗に無くなった。
食事が終わり後片付けも済んだころ、ランスは宣言通り兄貴を連れて来た。ランスのお兄さんかと思っていたら、30才位の逞しい長身の男性だった。親子ほど年が離れているが、関係性は良くわからない。掃除しておくからと台所を追い出され、工房へ向う。
「クロエ、そこの椅子に座って詳細を話してくれ」

どこから話すべきか。
「まず、追放の理由は私に盗作の疑いが掛けられたからです」
イザークは頷く。特に驚いた様子も無い。
「これを上手く説明できないので、私の家族の話も聞いて下さい」

クロエは父の腕が無くなったところからダミヤンが研究室に現れたところまで、一気に説明した。イザーク様は意外な反応をした。

「ダミヤンが関わっているのか……それは気の毒に。無実を証明して研究所に戻るつもりは無いのか?」
「え? イザーク様はダミヤンをご存知なんですか?」
「知っている。俺も学園を卒業したのでな。ダミヤンは2つ上だが同時期に在学していた。俺も一時期魔法省に居たのだが、彼の評判は最低だったな」

イザークが魔法省に在籍していたことにも驚いたが、ダミヤンより2つも若いという事に更に驚いた。見た目の問題ではなく、その落ち着きある態度や雰囲気はイザークをもっと大人に見せていた。

「あ、すみません。質問に答えてませんでした。魔法省への復帰は出来ればしたいです。私の作った魔道具を待っている人達のためにも。どうしても無理な様なら、権利を魔法省に譲るしか無いと考えています」
「君の考案した魔道具とは、どんな物だ?」

クロエは研究室から持ち出した義手第一号をイザークに見せ、最終的に進めた人体再生について説明した。

「魔法省は馬鹿なのか? ダミヤンを残して、君を追い出すなど……研究者を守る法とは何なのだろうな。君の功績をわかっていても、守らなければならないと思い込んでいる。君の作品は人の命にも関係する、今頃は魔法省に苦情が殺到していることだろう」

ですよね、私もそう思います。

「私の同期で入った友人達が、無実を証明しようと頑張って証拠を集めてくれているそうです。私と同じ平民なので、研究所内に協力してくれる人がいません。だから時間は掛かると思いますが、彼らは優秀なので信じて待ちたいと思います」

イザークはクロエの頭に大きく骨ばった手を乗せ、優しく撫ぜ慰めた。
クロエに聞いた研究内容から、常人には考えられない程の努力が窺える。しかも子供の頃から続けて来たものを突然他人の手で取り上げられたのだ。その悔しさは考えるまでも無い。
そして過去自分に降りかかった最悪な出来事を思い出していた。
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