4 / 42
第1章
魔法学園
しおりを挟む翌年の春、クロエは晴れて魔法学園に入学した。
家を荒らされた後、下町の安価な部屋から、比較的治安の良い、鍛冶屋のある職人街に二人暮らしに丁度の小さな部屋を借りている。あの騒ぎのお陰で妻側の意思は関係なく離婚が正式に受理された。
家から金を盗んだあの男は貴族だった為、平民には裁くことができず、泣き寝入りすることとなった。
「父さん、制服変じゃない? 大丈夫かな」
下ろし立ての制服に身を包んだクロエは父の前でクルリと一回転してみせた。
「可愛いよ、クロエ。すごく似合ってる。今日から三年間寮生活だな。卒業までは殆ど会えないけど、頑張るんだよ。父さんも頑張る。クロエがくれた、この義手があれば何でもできそうだ」
そう言って父さんは、今日何度目かのハグをする。
「それじゃ、父さん、行ってきます!」
クロエは元気に学園へ向った。
魔法学園は全寮制で、夏季と冬季の長期休暇意外は基本的に外へ出ることは許されない。
三年間、魔法や魔道具、この国の産業などについて勉強する。卒業制作としてオリジナルの魔道具を作り、その出来栄え次第で魔法省へ入省できるかが決まるのだ。
殆どの卒業生が合格ラインに届かず、実家に帰るはめになる程の狭き門だ。
学園へ向う乗合馬車の中で、クロエは考えていた。
あの男の人のこと、母さんは魔法省の研究員だと言っていたけど、本当なのかな。だって研究に使うお金って自分で用意しなくちゃいけないの?何だか変な話。もしそうだとしたら、私研究員になっても何もできないじゃない。
「はぁ……」溜息を吐いた。
魔法学園はクロエ達の住む王都の郊外にある。隣接して魔法省の支部があり、学生の指導も行っている。
森に囲まれた大きな建物が校舎で、少し離れた場所に男女別棟の学生寮がある。
クロエは学生寮へ向った。一階の一番奥がクロエの部屋だ。
一階フロアは寮監と教師、魔法省職員、平民生徒で埋まっている。貴族令嬢達との距離を置くための気遣いだ。
「あ、クロエ! やっと来たのね。一人で心細かったわ」
声を掛けてきたのは、同じく平民で2歳年上のアリアだった。彼女は王都から離れた町の豪商の娘で、魔道具に興味があり、クロエのように自作の魔道具を幾つも作る優秀な子だ。
平民で入学できたのは、他に男子が3人。いずれも裕福な商家の息子達で、彼らもまた、自ら魔道具を作っていた者たちだった。
この事からわかるように、平民からは即戦力のみを採ったと言うことになる。
「アリアさん、三年間よろしくお願いします」
にっこり笑ってアリアに挨拶する。
「クロエったら、さん、なんて付けなくて良いのよ。平民の女の子は二人だけだもの、仲良くしましょうね」
アリアはクロエがまだ10歳だと知らない。アリアだけでなく、誰にも秘密にすることになっているから当然だ。下手に弱みを見せれば、貴族の子女たちの餌食になってしまうだろう。ただでさえ、平民という餌をぶら下げているのだ、できるだけ危険は排除したい。
幸い、クロエは母カミラに似て美しく、髪は父譲りの銀髪だが艶のある真っ直ぐな髪は人目を引く物で10歳にしては大人びた外見だった。小柄だが12歳と言われれば、疑う者はいないだろう。
隣室のアリアと別れ、自室に入る。見学に来たときにも思ったが、貴族の学校だけあって、シンプルでも質のいい家具が並べられている。自分の荷物を整理して、机に積まれた教材を手にとって見る。
教科書をパラパラ捲って一通り目を通して驚く。
「魔法学園て、こんな簡単な事しか教えないの? こんなの図書館で勉強したからもう知ってる事ばかりじゃない。これが三年分の教材なんじゃ、来た意味がないよ……」
クロエは途方に暮れた。三年無駄に過ごさなくてはいけないのかと。
入学式は午後から始まる。
アリアが迎えにきて、一緒に講堂へ向うと、周りの目が気になった。貴族同士は社交の場でその殆どが顔見知りだ。見知らぬ二人に視線が集中する。
「クロエ、なんだか怖いわね。私達、なるべく一緒にいましょう」
予想はしていたが、蔑んだ視線は容赦ないものだった。
「もしかして、君達も平民か?」
後ろからおずおずと少年が声を掛けてきた。
「も? てことは、あなた達が残りの平民出身者なのね」
クロエは満面の笑みで振り返る。
少年達は息を呑み、クロエとアリアを見た。
クロエは艶々の銀髪に深い海の色の目は吸い込まれそうなほど美しい。小さな鼻に小さな口、作り物のような可愛らしさだ。小柄な体も愛らしい。
一方アリアは、情熱的な赤い髪は豊かに波打ち、少しつり上がった緑色の目と、ツンと高い鼻は気が強そうな印象の美人だった。すらりと伸びた手足は12歳とは思えない。
平民娘を見てやろうと集まった上級生男子たちは、からかう事も忘れ、ただ見惚れるばかりだ。
周りの貴族女子達が面白くない思いをし、口々に悪口を言い、集まって悪巧みしていた。
入学式は平民組を椅子に座らせること無く、壁際に立たせたまま行われた。女生徒のグループに指示された地味な嫌がらせだが特にダメージは無かった。いや、後ろに立っていたクロエ達を振り返ってまで見る少年達の視線で居たたまれなくさせるつもりだとすれば、それは大成功だと言える。
「あの人達、何でこっちを見るの? そんなに平民が珍しいのかな」
コソコソと小さな声でアリアと話す。
「毎日見るうちに飽きてくれることを祈るしかないわね」
アリアは溜息を吐く。
「君達が可愛いから見てるんだと思う」
声には出さなかったが一緒に並ぶ少年達はそう思っていた。
ちなみに、フランツ、カール、レオ、クロエ、アリアの順に並んでいる。
フランツはクルクルの金髪のくせ毛で目はアイスブルーの天使のような少年だ。
カールはぽっちゃり体型で茶髪に茶色の目で眼鏡をかけた真面目な少年。
レオは異国の血が混じった褐色の肌で黒い髪に金色の目で、人目を引く美少年だ。
これがこれから先、クロエを支えるメンバーとの出会いだった。
11
お気に入りに追加
424
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
荷車尼僧の回顧録
石田空
大衆娯楽
戦国時代。
密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。
座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。
しかし。
尼僧になった百合姫は何故か生きていた。
生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。
「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」
僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。
旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。
和風ファンタジー。
カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

反魂の傀儡使い
菅原
ファンタジー
亡き祖母から託された伝統技術を、世界に広めようと奮闘する少女の物語です。
今後の為に、ご意見、ご感想、宜しくお願いします。
作品について―
この作品は、『臆病者の弓使い』『救世の魔法使い』と同じ世界観で書いた、シリーズ物です。
あちらを読んでいなくても問題ないように書いたつもりですが、そちらも読んで頂けたら嬉しいです。
また「小説の書き方」を色々模索しながらの投稿となっていますので、文章表現が不安定な箇所があります。ご了承ください。

オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる
坂森大我
ファンタジー
幼馴染みである奥田一八と岸野玲奈には因縁があった。
なぜなら二人は共に転生者。前世で一八は災厄と呼ばれたオークキングであり、玲奈は姫君を守護する女騎士だった。当然のこと出会いの場面は戦闘であったのだが、二人は女神マナリスによる神雷の誤爆を受けて戦いの最中に失われている。
女神マナリスは天界にて自らの非を認め、二人が希望する転生と記憶の引き継ぎを約束する。それを受けてオークキングはハンサムな人族への転生を希望し、一方で女騎士は来世でオークキングと出会わぬようにと願う。
転生を果たした二人。オークキングは望み通り人族に転生したものの、女騎士の希望は叶わなかった。あろうことかオークキングであった一八は彼女の隣人となっていたのだ。
一八と玲奈の新しい人生は波乱の幕開けとなっていた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる