魔法省魔道具研究員クロエ

大森蜜柑

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第1章

魔法学園

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 翌年の春、クロエは晴れて魔法学園に入学した。

 家を荒らされた後、下町の安価な部屋から、比較的治安の良い、鍛冶屋のある職人街に二人暮らしに丁度の小さな部屋を借りている。あの騒ぎのお陰で妻側の意思は関係なく離婚が正式に受理された。
家から金を盗んだあの男は貴族だった為、平民には裁くことができず、泣き寝入りすることとなった。



「父さん、制服変じゃない? 大丈夫かな」
下ろし立ての制服に身を包んだクロエは父の前でクルリと一回転してみせた。

「可愛いよ、クロエ。すごく似合ってる。今日から三年間寮生活だな。卒業までは殆ど会えないけど、頑張るんだよ。父さんも頑張る。クロエがくれた、この義手があれば何でもできそうだ」
そう言って父さんは、今日何度目かのハグをする。

「それじゃ、父さん、行ってきます!」
クロエは元気に学園へ向った。

魔法学園は全寮制で、夏季と冬季の長期休暇意外は基本的に外へ出ることは許されない。
三年間、魔法や魔道具、この国の産業などについて勉強する。卒業制作としてオリジナルの魔道具を作り、その出来栄え次第で魔法省へ入省できるかが決まるのだ。
殆どの卒業生が合格ラインに届かず、実家に帰るはめになる程の狭き門だ。


学園へ向う乗合馬車の中で、クロエは考えていた。


あの男の人のこと、母さんは魔法省の研究員だと言っていたけど、本当なのかな。だって研究に使うお金って自分で用意しなくちゃいけないの?何だか変な話。もしそうだとしたら、私研究員になっても何もできないじゃない。

「はぁ……」溜息を吐いた。




 魔法学園はクロエ達の住む王都の郊外にある。隣接して魔法省の支部があり、学生の指導も行っている。
 森に囲まれた大きな建物が校舎で、少し離れた場所に男女別棟の学生寮がある。

 クロエは学生寮へ向った。一階の一番奥がクロエの部屋だ。
 一階フロアは寮監と教師、魔法省職員、平民生徒で埋まっている。貴族令嬢達との距離を置くための気遣いだ。

「あ、クロエ! やっと来たのね。一人で心細かったわ」

 声を掛けてきたのは、同じく平民で2歳年上のアリアだった。彼女は王都から離れた町の豪商の娘で、魔道具に興味があり、クロエのように自作の魔道具を幾つも作る優秀な子だ。

 平民で入学できたのは、他に男子が3人。いずれも裕福な商家の息子達で、彼らもまた、自ら魔道具を作っていた者たちだった。
 この事からわかるように、平民からは即戦力のみを採ったと言うことになる。

「アリアさん、三年間よろしくお願いします」
 にっこり笑ってアリアに挨拶する。

「クロエったら、さん、なんて付けなくて良いのよ。平民の女の子は二人だけだもの、仲良くしましょうね」
 アリアはクロエがまだ10歳だと知らない。アリアだけでなく、誰にも秘密にすることになっているから当然だ。下手に弱みを見せれば、貴族の子女たちの餌食になってしまうだろう。ただでさえ、平民という餌をぶら下げているのだ、できるだけ危険は排除したい。
 幸い、クロエは母カミラに似て美しく、髪は父譲りの銀髪だが艶のある真っ直ぐな髪は人目を引く物で10歳にしては大人びた外見だった。小柄だが12歳と言われれば、疑う者はいないだろう。

 隣室のアリアと別れ、自室に入る。見学に来たときにも思ったが、貴族の学校だけあって、シンプルでも質のいい家具が並べられている。自分の荷物を整理して、机に積まれた教材を手にとって見る。
 教科書をパラパラ捲って一通り目を通して驚く。

「魔法学園て、こんな簡単な事しか教えないの? こんなの図書館で勉強したからもう知ってる事ばかりじゃない。これが三年分の教材なんじゃ、来た意味がないよ……」

 クロエは途方に暮れた。三年無駄に過ごさなくてはいけないのかと。

 入学式は午後から始まる。
 アリアが迎えにきて、一緒に講堂へ向うと、周りの目が気になった。貴族同士は社交の場でその殆どが顔見知りだ。見知らぬ二人に視線が集中する。

「クロエ、なんだか怖いわね。私達、なるべく一緒にいましょう」
 予想はしていたが、蔑んだ視線は容赦ないものだった。

「もしかして、君達も平民か?」
 後ろからおずおずと少年が声を掛けてきた。

「も? てことは、あなた達が残りの平民出身者なのね」
 クロエは満面の笑みで振り返る。

 少年達は息を呑み、クロエとアリアを見た。
 クロエは艶々の銀髪に深い海の色の目は吸い込まれそうなほど美しい。小さな鼻に小さな口、作り物のような可愛らしさだ。小柄な体も愛らしい。
 一方アリアは、情熱的な赤い髪は豊かに波打ち、少しつり上がった緑色の目と、ツンと高い鼻は気が強そうな印象の美人だった。すらりと伸びた手足は12歳とは思えない。

 平民娘を見てやろうと集まった上級生男子たちは、からかう事も忘れ、ただ見惚れるばかりだ。
 周りの貴族女子達が面白くない思いをし、口々に悪口を言い、集まって悪巧みしていた。

 入学式は平民組を椅子に座らせること無く、壁際に立たせたまま行われた。女生徒のグループに指示された地味な嫌がらせだが特にダメージは無かった。いや、後ろに立っていたクロエ達を振り返ってまで見る少年達の視線で居たたまれなくさせるつもりだとすれば、それは大成功だと言える。

「あの人達、何でこっちを見るの? そんなに平民が珍しいのかな」
 コソコソと小さな声でアリアと話す。

「毎日見るうちに飽きてくれることを祈るしかないわね」
アリアは溜息を吐く。

「君達が可愛いから見てるんだと思う」
声には出さなかったが一緒に並ぶ少年達はそう思っていた。

 ちなみに、フランツ、カール、レオ、クロエ、アリアの順に並んでいる。
 フランツはクルクルの金髪のくせ毛で目はアイスブルーの天使のような少年だ。
 カールはぽっちゃり体型で茶髪に茶色の目で眼鏡をかけた真面目な少年。
レオは異国の血が混じった褐色の肌で黒い髪に金色の目で、人目を引く美少年だ。



 これがこれから先、クロエを支えるメンバーとの出会いだった。
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