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第1章
予期せぬ訪問者
しおりを挟む父が王に呼び出されたその日も、クロエは鍛冶屋で見習い仕事をいていた。
義手第一号の完成後も、偶然出来た刃物に向いている金属で、今度は父の剣を作るつもりだ。もちろん親方の手伝いもしている。
「クロエ、もう上がって良いぞ。エドが王宮に呼び出されて心配なんだろ。いつもより少し豪華な夕飯準備して待っててやれ」
エドモンドから事情を聞いている親方は、クロエの魔法学園入学は決まるだろうと思っていた。
「親方、ありがとう。明日、今日の分まで頑張ります」
そう言ってクロエは鍛冶屋を後にする。
午後の市場は、夕飯の買い物をする奥様方で賑わっていた。
「クロエ、今日は早いじゃないの。夕食の買出しかい?」
近所の噂好きな奥さんだ。最近はましになったけど、母さんが出て行った後は「かわいそうに」と言いながら、目は笑っていて何だか嫌だった。今日の目も、その頃みたいで気持ち悪い。
「はい、今日はご馳走を用意するので、早めに帰ってきました」
それだけ言って、その場を離れた。チラと見れば、何かこちらを見て話している。嫌な感じだ。
買い物を済ませ、家に向う。いつもより近所の人の視線を感じた。
父さんが王宮に呼ばれたことを、皆知っているのかな?
家のドアを開けると、そこに居るはずのない人が居た。
「クロエ! 会いたかったわぁぁ。エドは何処に行ったのかしら? お酒でも買いに行ってるの?」
そこには母さんが居た。
「ここで何してるの?」
相手は母さんなのに、眉をひそめてしまう。
部屋には物が散乱し、チェストの引き出しは引き抜かれて、中身をひっくり返して乱暴に積み上げられていいる。
「お金、どこに仕舞ったの? まだ褒賞金残ってるでしょ。出しなさい」
母さんは、こんな人だっただろうか?
派手なドレスは胸元を下品に晒し、化粧は濃く、キツイ香水の匂いが室内に充満していて気持ち悪い。緩く波打っていたプラチナブロンドの美しかった髪は、きつく巻かれて高く結い上げられ、見る影も無い。
「お金なんて無いよ。父さんが働いてなかったもの、知ってるでしょ」
胸がドキドキして、変な汗が流れ、本能的に怖いと感じた。
「嘘つくんじゃないっ! あんなに貰ったのに、たったの一年で使いきる訳無いでしょ! あんたが知らないだけで、エドがどこかに隠してるのよ!」
もうそれは私の知ってる母さんじゃなかった。
「カミラ~、こっちの部屋にもないぜぇ。あ、お嬢ちゃん帰って来ちゃったか」
知らない男の人が私の部屋から出て来た。手には私が鍛冶屋でもらった給金を入れている巾着袋を持っていた。ドアの向こうに見える室内は私の服や本が散乱していて、父さんに買ってもらったばかりの人形が男の靴で潰されていた。
「お金、本当に無いから、帰って。それはあげるから、もう帰ってください」
もう帰ってくれと言うしか無かった。他に言葉が見付からない。
「クロエ~、クロエちゃん、お願いだからお金出してよ~。この人、魔法省の魔道具研究所に勤めてるんだけどね? 研究費用が足りなくて困ってるのよ。もう少しで完成なんですって。特許さえ取れば、すぐに返しに来るから。ね? エドがいつも隠してた所には金貨3枚っぱかししか無いし、これじゃ困るのよ~」
猫なで声で甘ったるく話す母さんは、喋り方まで別人みたい。
元は父さんと母さんの寝室だった部屋は、今朝綺麗に整えたのに、ベッドはぐちゃぐちゃに荒らされて、母さんが残して行った服が散らばっている。
「もうやめてよ……」
母さんと男は私を挟み込む様に近づいてきた。手を伸ばし、捕まえようと構えている。
男が私に触れた瞬間、魔力が暴走し、男と母さんを吹っ飛ばした。
男は壁に激突し、母さんは床に転がった。
「痛っ……痛いじゃない!……いやだ、ダミヤン、大丈夫? 酷いわクロエ!」
男に寄り添い介抱する母さんに対し、
私は威嚇する猫のように髪を逆立てフーッフーッと唸って二人を睨みつけていた。
家のドアを開け放したままだったので、何事かと隣のおじさんが覗きに来た。
「なんだこりゃ? ん? あんたエドの嫁さんのカミラじゃないか。この部屋は何だ、泥棒にでも入られたのか? クロエ、大丈夫か?」
おじさんの登場で、母さんと男は慌てて家を出て行った。その手にしっかり私の巾着を握り締めて。
魔力の放流が止まらない私には誰も近づくことが出来ず、おじさんは兵士の詰め所へ父さんを呼びに出た。
「クロエ! どこにいる」
5分もしないで父さんが帰ってきた。
家の惨状に驚いていたが、何より娘の無事を確認したかった。
おじさんは泥棒が入ったと騒ぎ、他にも兵士数名を連れて来ていた。
私は自室の隅で口をへの字に引き結び、目にいっぱい涙を溜めて、男の靴跡がついた人形を拾い汚れを手で丁寧に何度も何度も拭っていた。
「クロエどうした、何かされたのか?父さんの方を見てくれ」
父さんはオロオロして顔を覗き込むけど、私は目を合わせなかった。泣きたくなかったから。
でも父さんは強引にほっぺを手で挟んで上を向かせた。義手の方の手はヒヤリと冷たく硬かった。
上を向いた反動で涙はポロポロ零れ落ち、堰を切ったように泣きだす私を父さんは優しく抱き上げあやしてくれる。
私は父さんの首にしがみ付き、声を殺して静かに泣いた。
隣のおじさんは兵士達に自分が見聞きした状況を説明し始めた。
隣家と壁一枚隔てただけのこの建物は生活音や会話も筒抜けで、今日一日家に居たおじさんは、実は一部始終聞こえていた。
先ほどはクロエが危ないと感じて出てきてくれたのだった。
詳しい事は子供に聞かせる話では無いと言って、おじさんと兵士達は、詰め所へ移動して行った。
「クロエ、怖かったな。母さんは変わってしまったのかもしれない。ごめんな、こんな事になるなら、さっさと引っ越しておけば良かったな。また同じ事が起きるかもしれないし、ここは出よう。クロエが一人の時が心配だ」
父さんは後悔しているようだ。自分が変われば母さんが戻って来るかもしれないと、少し期待してこの部屋を出なかった事を。
「父さん.....今日どこで寝るの? 部屋がぐちゃぐちゃだよ」
ようやく落ち着いてきた私は部屋を見ながら疑問を口にした。
「そうだな、クロエのベッドを整えて、父さんと二人で一緒に寝ようか」
父さんは眉を下げて言う。
「その前に夕食どうしょう? 食材は買ってきたけど、台所、すぐには使えないよ」
本当に、何もかもひっくり返して探したのだろう。いくら探してもこの家にある訳が無いのに。お金は鍛冶屋の金庫に預けてあるのだから。
「クロエ、やっぱり宿を取って夕食も外で済まそう。良いね?」
私を抱き上げたまま、部屋を見て回った父さんは、最後に自分の部屋を見て表情を凍りつかせた。
まだ正式に離婚はしていない妻の奇行に、自分の甘さを再確認させられた。
最低限必要なものを鞄に詰めて、扉に鍵を掛け、二人は部屋を出て行った。
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