モブ転ライバル

みっつん

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一章

旅は道連れ世は情け②

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「ご助力、心より感謝致しますわ。デネート様」

 そう言って銀髪紫眼の矢鱈やたらと見目麗しい少女が、語尾にハートマークを飛ばしかねない様相でうっとりと私に寄り添って来る。
 …………如何どうしてうなった。
 ユッタ・デネート。15歳。只今、彼の有名な公爵令嬢アイシィ・テーホッスィノ嬢を腕に引っ付けながら雲の上をランデブーなう。

 もう一度言おう。如何して斯うなった……?
 事の始まりは十中八九アレだろうとは思うんだけど。うん、アレ。魔物退治。
 正直、やっちまった感が半端無いワケだけどさ。あの場合は致し方がなかったと思いたい。
 だって、かーなーり悲惨な状況だったんだもの……。

 グァンバ家が所領する子爵領ナンダ地方は、王都マナカより見て最南端にある超ド田舎だ。
 いや、田舎と言うよりは未開の地に等しかろうか。360度、見渡す限り山しかない。
 山、山、山。ホントに山。吃驚するくらい山だらけ。
 祖先等はよくこんな場所に住もうと思ったな、と思うくらい山only。

 けれど、特にこれと言った特産地ではなかったりする。
 山だらけと言っても鉱山地帯で鉄やら貴石やらが採れる宝の山と言う訳でもなし、隣国との境界線があって防衛拠点として重要視されていると言う訳でもなく……。
 多少開けた部分に生活拠点を置いただけで天然の堅牢な要塞となる程度の場所だ。
 但し、重要拠点ではないのでそもそも誰に攻められるいわれもないんだけどね。

 千年くらい前大昔は近くの海域に魔界へ通じるとも言われた天災級の海底迷宮シードラヴァウトがあったらしく、其処から発生する凶悪な魔物の集団暴走スタンピードを防ぐと言う最重要防衛拠点としての意味とてあったものの、当代勇者が封鎖して以降この地が重要視される事はなくなった。
 人類存亡の危機を勇者が取り除いた事で拠点としての価値が無くなったのだ。

 その後、長らく平和が続く事で徐々に人々の記憶からも薄れ廃れて消えていき、今日では最早御伽噺の伝承フェアリーテイルに僅かに残る程度となっているのは世の必然で。
 誰も見向きもしなくなった結果が、まんま現代いまへと繋がっているのだ。
 詰まり、認知度の極端に低い忘れ去られて久しい伝承の地特に意味の無い土地と言うものに何時いつの間にかなってしまっていたのだろう。

 然しながら海底迷宮があった名残なのか、今尚、彼方此方あちこちに魔素溜りが点在している所為せいで出没する魔物は無駄に強い。
 おまけに苦労して倒した所で大して価値のある素材も得られず、食べられず、猛毒の脅威に曝されるだけで何の旨味もない為に冒険者が好んで寄り付く事もない。
 交通の便が悪いのも其処そこに加味されている事は述べるまでもなさそうだ。

 南端に位置するだけに気候的には比較的温暖で過ごし易いものの、目ぼしい産業が発展する間もないくらい険しい山々、タックェナー山脈に囲まれた総人口千五百人余りの三つの集落に分けられた中々厳しい土地柄である。
 勇者の子孫だと言われる人間が長らくみ付く以外で特に人口の増減もなく、まれに訳有りの流れ者や物好きが居付くくらいで住民はほぼ遠縁続きの顔見知りだった。

 そんな訳で領主グァンバ一家も領民と粗同じ目線で内政を行っており、他の何処どこの領地よりも恐らく領民に近しい立ち位置に居り親しまれているのだ。
 流石さすが領主の子息ヴィルに平気でタメ口を利くのは私と弟くらいのものだけれど。
 其処はホラ、特別親しかった幼馴染特権だとして気にしないでおく。
 子爵様からも特に何も言われてないし。多分、大丈夫。うん。平気平気。

 ヴィルの御供と言う形で相乗りさせて貰っている馬車で王都までは片道凡そ20日間程の日程を所要する。
 交通の便が極端に悪い為に、馬車一台がギリギリ通れる崖やら何やらを通ったりうねる悪路を迂回して迂回して迂回しまくって途中隣りの領を少しばかり跨がせて貰って漸く人並に舗装された道へと出られる為に無駄に時間ばかり喰うのだ。

 この辺りが人々から忘れ去られる原因でもあるんだろうけれど、マジ不便でやってらんない、と言うのが主に馬車に揺られ続ける私等の偽らざる心情だった。
 そんなこんなで寄って来る魔物を殲滅しつつ、日々変わらぬ景色と退屈さ加減にうんざりしながら子爵領のお隣さんである侯爵領へと差し掛かった時。
 運悪く割りと強いらしい魔物の群れに襲撃されている件の人物達を発見したのだ。

 アイシィ・テーホッスィノ。15歳。女性。
 『学輪』世界に於いて、主人公の好敵手として事ある毎に立ちはだかる聡明且つ容姿端麗、THE完全無欠ラブリーチャーミーな敵役。宰相を父に、王妹を母に持つ侯爵悪役令嬢様である。
 ゲームをしていた当初、正直如何してこんな無駄にハイスペックな令嬢へ只の田舎娘のヒロインがイイ感じに挑んでいるのか意味が解らなかったけれど。

 目の前で殺されそうになっている事実もまた、同様に意味が解らなかった。
 ぎょっとして二度見して慌てて助けたは良いけれど、彼女が使っていた侯爵家に相応しい豪奢な馬車は魔物の攻撃を直に受けていたようで原型を留めておらず粗大破。
 逃げる間もなかったと思しき馬は生きたまま喰われ、御者や御付の人も無傷とはいかず、護衛とて結構な大怪我をしており誰から見ても満身創痍な有様だったのだ。

 勿論、人命救助の一環なので手持ちのお手製錬金アイテムは出し惜しみせず駆使して一人も死人を出すような真似はしなかったけれど。
 傷は癒えても精神的に万全の態勢でない彼等へそのまま徒歩で帰れとは言い難く。
 かと言って、全員を乗せて子爵家の馬車で王都を目指すには容量オーバー過ぎてお話にならず。

 悩んだ末に仕方無く、子爵家の護衛や御付きと別行動する事にしたのである。
 その為、事情説明込みで侯爵家へ彼等を送り届け一旦態勢を立て直す事となった帰宅組へ馬車を譲り、私とヴィル、そして侯爵令嬢だけを私の騎竜ドラグーンへ乗せて一足先に王都へと赴いている最中で。
 今現在、私の両隣は子爵令息と侯爵令嬢に挟まれて平民の貴族サンド状態だった。

「……騎竜なんて初めて乗ったよ。高いね、凄く……」
「頼むから落ちないでよ、ヴィル。一応、ジル防護魔法プロテクションを展開してるけど落ちたら命の保証はしかねるからね」
「…………頑張るよ」
「わたくしも初めて乗せて頂きましたわ。これは素晴らしい景観ですわね! このような光景、この先きっともう見られませんもの。目に焼き付けておかねば勿体無いですわ!!」

 令嬢はいたく喜んでいるが、令息はすこぶる顔色が悪い。
 当然だよね。だって文字通り波打つ雲海の上をカッ飛ばしているんだもの……。
 騎竜なんて数年前に御山の上を滑空している逸れの影ワイバーンを見た事がある程度でこんな間近に見た事はなかっただろうし、してやそれに乗ってジェットコースターも吃驚ビックリな超高速度で大空を飛行する破目になるなどとは夢にも思わなかったに違いない。

 く言う私も、五年程前に成り行きで騎竜を手に入れただけであって彼等が大陸を越えた海の先の島々に沢山居るなんてちょっと前まで知らなかった。
 多分、今もまだ私が漏らした周囲の人間しか知らないんじゃないかな。
 龍の皇帝が治める島々アンペラル・オーがあるとか、人間からしたら天災級の脅威でしかないよね。
 でも誰も騒いだ事がないから、恐らく世間一般は存在自体を知らないんだと思う。

 向こうもこっちにあんまし興味無かったみたいだし、そもそもちょっとそれ所じゃなかったって言う彼等の事情もあったけどね。
 下手したら数千年単位で全く交流の無い未知の竜種が直ぐ目と鼻の先に多数存在しているなとど広く知れようものなら、即座に所在あらゆる国家権力が動きそうで怖いわ。
 つか、動くよね……。絶対に。人類の敵を排除せよ、ってな感じでさ。

 まぁあっちの竜人ドラゴニュートには私と弟で沢山恩を売っておいたから、多少何かあったとしてもこれから暫くこっちとそう簡単に敵対するような真似はしないとは思うけど。
 彼等の存在を行き成り王都の人間側へ明かすのは不味かろうな。
 先ず間違いなくパニックになるだろうし、そのトバッチリを受けてこれまで見向きもしていなかった我等が子爵領へ今更妙な介入をされても何か腹が立つし。

 だから勿論、私も、大凡おおよその事情を知っているヴィルも素知らぬ振りをする心算つもりだ。
 今まで通り、何も問題など無いものとして。
 子爵領に変な興味を持ったり、下手なちょっかいを出されないようにするべく学園へ通いがてらあれやこれやと工作して来る予定でもあるし。
 私の騎竜は歴とした爵位持ちカラーネームドだけど、かれたら逸れ飛竜ワイバーンだとゴリ押しもする。

 見た目はちょっと、――否、大分只者じゃない感バリバリだけどね。
 彼は人化も出来る上位種の竜人で、紺碧アズゥの家名を持つ伯爵家出身者貴族でもあるから単純に大きさだけでも普通の騎竜の倍くらいあって佇まいも優雅で隙が無く美しい。
 戦力も何等申し分なく、魔力も高い方だから竜化状態時の息吹ブレス一発で三千人くらいの街なら易く壊滅させられるだろう。

 当然、子爵領ウチでヤられた日には二分で消滅だ。怖い怖い……。
 そんな訳で人類から見た脅威度で言えば、彼単体でもかなり半端無くヤバい相手だと言えた。階級的には十段階中、上から三番目の《変災級ハザード》は堅いだろう。
 万一、彼等が大挙襲来したとしたら《大災級ディザスター》を通り越して最上位の《天災級カタストロフィ》になるのかな。最早絶望しかないね。

 ぶっちゃけ何で彼が私の騎竜になってくれているのか未だに謎なくらいなんだけど、バーゲンセール宜しく景気好く売り捌いた恩の御返し的な意味合いらしいので有難く騎乗契約ライディーンを結ばせて貰っているのだ。断る理由も無かったし。
 彼が居れば海でも山でも一っ飛びフリーパスで、何時でも好きな時に彼等の本拠地である金龍帝国アンペラル・オーへ行けるからね。

 私的にはとても有難い存在なんだけど、非常に目立つのが玉にキズ、かなぁ……?
 彼クラスの大物なぞ早々お目に掛かれない所か、記録されているかも怪しいので仕様がないっちゃないんだけど、かく目立つ。まぁ目立つ。
 田舎とは程遠い王都で飛竜なんて飛んでいる訳がないので、下手したら着陸の為に下降した辺りで敵襲と見做みなされ攻撃されやしないかと一抹の不安が過る程。

 目立たない場所に降りられれば良いんだけど、王都周辺は開けた場所ばかりだと令嬢がのたまうので誰かしらの目撃者があって騒がれずに済む方法は無さそうだ。
 悠長に降らず、いっそ一気に学園の敷地内へ降りてしまった方が良いのかも……。
 等と今後の予定を何となく考えていれば、ヴィルが飛行酔いでもしたのか真っ青を通り越して真っ白な顔で気持ちが悪いと言い出した。

 獅噛しがみ付く力も弱まって来ているので、放っておくと美しい青空にモザイク必至なアレな展開が催されると共に絶対落ちるだろうからそろそろ休憩を取らないと。
 この辺りはまだそう人目を気にする必要もなさそうだから、このまま適当な場所で降りてしまおう。そうしよう。
 相変わらず侯爵令嬢はけろっとしているが、これはアレだ。

 男女差の違いだとでも思っておこうかね。ほら、前世ではよく聞いたじゃない?
 女の子よりも男の子の方がジェットコースターが苦手な人が多い、ってさ。
 恐らく、何の根拠もないんだろうけど。ちなみに私は大好きだったよ。
 あのふわっと内臓が浮くような感覚が堪らなかったね。
 今世でもアレがまた味わえるなんて、騎竜最高。マジ素敵。

 そしてこれは余談だけど、案の定、急下降時にヴィルはお約束通りの展開を余儀無くされた訳だけど。
 そんな死に体の恨めしそうな目でこっちを見るのは止めて貰おうか。
 うん、ゴメンて。
 酔い止めあげるから泣かないで……。

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