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第六章 悪性胎動
第六十八話 弔いの刀
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馬車に揺られること数日。
とうとうベルメリア領内へ入った俺達は、捜索隊と合流する前に少し寄り道をすることにした。
時は惜しいが、どうしてもやらなければならないことがあったのだ。
寄り道の先は、ブライヤ村付近。
「ここは、剣士の子が死んだところか」
「ええ。……三人とも、ここで待っていてください。刀を置いてきたら戻ってくるので」
「分かったわ。でも、そんなに急がなくて大丈夫よ」
平原にはナナシちゃんの肉と骨をかき集めて埋めた墓標が、まだ残っている。
「……ただいま、ナナシちゃん。新しい自分のものが手に入ったから……剣を、返しにし来たよ」
俺は馬車から飛び降り、ナナシちゃんを埋めた場所の前へ、借りていた刀を置いた。
そして手を合わせ、同じ剣士としてナナシちゃんに弔いの気持ちを伝えようと祈る。
風。
しかし、ただ空気が流れているだけではない。
フワリとして、そして何故か暖かい、緩やかな風だった。
「……それ、私、の」
「……ナナシちゃん?」
幻聴だろうか。
俺の耳には、確かにナナシちゃんの声が聞こえる。
しかし姿はどこにも無く、馬車で待っている三人もまるで俺の側に人がいるとは思ってすらいないようであった。
「刀、返しに、来て……あり、が、とう」
「……ああ、うん……。勝手にパクってごめんね」
この声が本当にナナシちゃんのものであるという確信は無い。
しかし、俺は言葉を抑えられなかった。
短い間、ほんの数分だったが、剣を通して通じ合った、まさに「戦友」といったところだろうか。
そんな彼女の声を、俺は自身の脳にバグが生じているだけであるとして片付けることができなかったのである。
「いい、んです。武装、壊したの、私なので。……それ、よりも」
「それよりも?」
「その刀、あげます。返されても、私、使え、ません、から。この、刀も、使って、もらえた、方が、喜ぶ、でしょう」
「そう……かな」
「はい。持ち主の、私が、持って行って、良いって、言って、いるので、良いんです」
なんと、この声の主が本当にナナシちゃんならば、返す予定の刀をそのまま貰えることになってしまったということだろう。
そして、この喋り方も声も、間違いなくナナシちゃん本人のものだ。
……どうやら、刀が二振りになってしまったようだが……しかし、逆にこれは二刀流にチャレンジする良い機会なのではないだろうか。
そう思うことにして、俺は一度置いた刀を再び腰に下げた。
「……ありがとう、ナナシちゃん。何で話せてるのかも分からないけど……話せて良かった」
「私も、何故、話せて、いるのか、分かりません。でも……きっと、貴方の、何かが……そう、したんだと、思います。さようなら、ジィンさん。またいつか、どこかで会えたら」
「ああ……もう一度、思う存分語り合おう。……剣で!」
「はい。剣で……!」
それは死人とは思えない程に、明るい声色だった。
霊媒師になった覚えは無い。
しかし俺は確かに、目の前で死んだハズのナナシちゃんと会話ができていた。
そして、心当たりが無い訳でも無い。
魔法での補助を行なっても尚とんでもなく身体に負担がかかる、霊の力……。
俺とガラテヤ様以外に、その力を使った者がいたという話は聞いたことが無い、あの力。
クダリ仙人が言っていた、力の秘密が分かるという鍵。
それは未だ開かれないようであり、しかし「霊の力に秘密がある」ということだけは、判明しているこの状況。
強い霊的な力であるということは分かってはいるのだが……極め方が分からないという面でも、伴っているリスクが肉体への負担以外に分からないという面でも、どうにも消化不良なものである。
「ただいま、戻りました」
「おかえり。あら、刀持って帰って来たの?」
「どうやら……持って帰って良いみたいなので」
「そう。詳しくは聞かないでおくけれど……不思議なこともあるものね」
「ん……話した、みたいな……?」
「ギクッ」
猟兵の嗅覚だろうか、ファーリちゃんは妙に勘が鋭い時がある。
「そういえば、ジィンのあの力……何なんだ?風とは違うような、でも風のような……」
そして不幸にも、マーズさんがその話題に乗ってきてしまった。
どうせ仲間なのだから、答えておきたい気持ちは山々なのだが……しかし、俺にも詳しいことは分からないのである。
「何か強い力ってのは分かってるんだけど……何なんだろうね、コレ」
「何なのかしらね、コレ」
「……分からないで使ってたんだ、その力」
「「うーん……」」
「やっぱりジィンお兄さんとガラテヤお姉さん、姉弟みたい」
黙らっしゃい。
これ以上核心に迫るんじゃあない……と言いたいところだが、言ってしまっては自白したも同然となってしまう。
いくら仲間と言えども、前世のことを話しては、さらに周りを巻き込んだ上で話がよりややこしくなるのは火を見るより明らかだろう。
「……ふ、ふーん」
「そ、そうかしらねー」
「「変な二人だなぁ」」
俺とガラテヤ様はほとぼりが覚めるまでの数時間、その話題についてはだんまりを決め込みながら、キース監獄への移動を再開した。
転生の故は、クダリ仙人から聞かせてもらったつもりだ。
それでも残る謎は、未だ俺達がこの世界に普通の人間として生きることを赦してはくれないようであった。
とうとうベルメリア領内へ入った俺達は、捜索隊と合流する前に少し寄り道をすることにした。
時は惜しいが、どうしてもやらなければならないことがあったのだ。
寄り道の先は、ブライヤ村付近。
「ここは、剣士の子が死んだところか」
「ええ。……三人とも、ここで待っていてください。刀を置いてきたら戻ってくるので」
「分かったわ。でも、そんなに急がなくて大丈夫よ」
平原にはナナシちゃんの肉と骨をかき集めて埋めた墓標が、まだ残っている。
「……ただいま、ナナシちゃん。新しい自分のものが手に入ったから……剣を、返しにし来たよ」
俺は馬車から飛び降り、ナナシちゃんを埋めた場所の前へ、借りていた刀を置いた。
そして手を合わせ、同じ剣士としてナナシちゃんに弔いの気持ちを伝えようと祈る。
風。
しかし、ただ空気が流れているだけではない。
フワリとして、そして何故か暖かい、緩やかな風だった。
「……それ、私、の」
「……ナナシちゃん?」
幻聴だろうか。
俺の耳には、確かにナナシちゃんの声が聞こえる。
しかし姿はどこにも無く、馬車で待っている三人もまるで俺の側に人がいるとは思ってすらいないようであった。
「刀、返しに、来て……あり、が、とう」
「……ああ、うん……。勝手にパクってごめんね」
この声が本当にナナシちゃんのものであるという確信は無い。
しかし、俺は言葉を抑えられなかった。
短い間、ほんの数分だったが、剣を通して通じ合った、まさに「戦友」といったところだろうか。
そんな彼女の声を、俺は自身の脳にバグが生じているだけであるとして片付けることができなかったのである。
「いい、んです。武装、壊したの、私なので。……それ、よりも」
「それよりも?」
「その刀、あげます。返されても、私、使え、ません、から。この、刀も、使って、もらえた、方が、喜ぶ、でしょう」
「そう……かな」
「はい。持ち主の、私が、持って行って、良いって、言って、いるので、良いんです」
なんと、この声の主が本当にナナシちゃんならば、返す予定の刀をそのまま貰えることになってしまったということだろう。
そして、この喋り方も声も、間違いなくナナシちゃん本人のものだ。
……どうやら、刀が二振りになってしまったようだが……しかし、逆にこれは二刀流にチャレンジする良い機会なのではないだろうか。
そう思うことにして、俺は一度置いた刀を再び腰に下げた。
「……ありがとう、ナナシちゃん。何で話せてるのかも分からないけど……話せて良かった」
「私も、何故、話せて、いるのか、分かりません。でも……きっと、貴方の、何かが……そう、したんだと、思います。さようなら、ジィンさん。またいつか、どこかで会えたら」
「ああ……もう一度、思う存分語り合おう。……剣で!」
「はい。剣で……!」
それは死人とは思えない程に、明るい声色だった。
霊媒師になった覚えは無い。
しかし俺は確かに、目の前で死んだハズのナナシちゃんと会話ができていた。
そして、心当たりが無い訳でも無い。
魔法での補助を行なっても尚とんでもなく身体に負担がかかる、霊の力……。
俺とガラテヤ様以外に、その力を使った者がいたという話は聞いたことが無い、あの力。
クダリ仙人が言っていた、力の秘密が分かるという鍵。
それは未だ開かれないようであり、しかし「霊の力に秘密がある」ということだけは、判明しているこの状況。
強い霊的な力であるということは分かってはいるのだが……極め方が分からないという面でも、伴っているリスクが肉体への負担以外に分からないという面でも、どうにも消化不良なものである。
「ただいま、戻りました」
「おかえり。あら、刀持って帰って来たの?」
「どうやら……持って帰って良いみたいなので」
「そう。詳しくは聞かないでおくけれど……不思議なこともあるものね」
「ん……話した、みたいな……?」
「ギクッ」
猟兵の嗅覚だろうか、ファーリちゃんは妙に勘が鋭い時がある。
「そういえば、ジィンのあの力……何なんだ?風とは違うような、でも風のような……」
そして不幸にも、マーズさんがその話題に乗ってきてしまった。
どうせ仲間なのだから、答えておきたい気持ちは山々なのだが……しかし、俺にも詳しいことは分からないのである。
「何か強い力ってのは分かってるんだけど……何なんだろうね、コレ」
「何なのかしらね、コレ」
「……分からないで使ってたんだ、その力」
「「うーん……」」
「やっぱりジィンお兄さんとガラテヤお姉さん、姉弟みたい」
黙らっしゃい。
これ以上核心に迫るんじゃあない……と言いたいところだが、言ってしまっては自白したも同然となってしまう。
いくら仲間と言えども、前世のことを話しては、さらに周りを巻き込んだ上で話がよりややこしくなるのは火を見るより明らかだろう。
「……ふ、ふーん」
「そ、そうかしらねー」
「「変な二人だなぁ」」
俺とガラテヤ様はほとぼりが覚めるまでの数時間、その話題についてはだんまりを決め込みながら、キース監獄への移動を再開した。
転生の故は、クダリ仙人から聞かせてもらったつもりだ。
それでも残る謎は、未だ俺達がこの世界に普通の人間として生きることを赦してはくれないようであった。
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