四つの前世を持つ青年、冒険者養成学校にて「元」子爵令嬢の夢に付き合う 〜護国の武士が無双の騎士へと至るまで〜

最上 虎々

文字の大きさ
上 下
25 / 142
第三章 変わったこと

第二十三話 迷子を追って 後編

しおりを挟む
 俺はガラテヤ様に買ってもらったファルシオンを抜き、風を纏わせる。

「ガラテヤ様!」

 シミターよりも刀身が長く、しかしシミターと違って突くことができないため、より斬ることに特化している武器。

不可知槍フカチヤリ」は問題外として、「雀蜂スズメバチ」も、しばらくは封印になりそうだが……。

 その代わり、斬撃はシミターを使っていた時とは段違いのものが期待できる。

 まさか、その初めての相手が人間だとは……。

 纏わせた風を操作し、脚から腰、腰から腕へ、回転を伝える。

 引いた肩甲骨を戻し、そこから繰り出される「風車かざぐるま」のような、しかし一瞬で敵を薙ぎ払うことを強いられたため、それに限りなく近い、ただの回転斬りを繰り出す。

「うおッ!?」

「ぐわっ!?」

「……あぶな」

 しかし、今までならただの回転斬りであったハズのそれは、俺を狙って近づいてきた二人の男を折り紙のように吹き飛ばし、勢いをつけて飛びかかってきたラナちゃんにも、空中で身を縮めながら壁を用いての後退を強いる程の威力をもつ、風の乱舞と化していた。

「あら、シミターと少し勝手が違うから、ちゃっと不安だったけれど……思ったより上手く使えそうじゃない」

 ガラテヤ様は、余っている一人を右手で殴り飛ばしながら、左手で胸を撫で下ろす。

「何か……とんでもなく力入れやすいです。ありがとうございます」

「いいのよ、そのファルシオンで、これからも私を守ってね」

「勿論ですとも、ガラテヤ様」

 膝を突いた状態から立ち上がった三人の男が、再びこちらへ突進してくる。

 ガラテヤ様は、彼らの目を逆噴射した「飛風フェイフー」によって一瞬で乾かし、瞬きをしている間に、俺は脚に風を纏わせることで「駆ける風」を使い、急接近。

 そして、

「【蜘蛛手くもで】」

 ファルシオンの峰で衝撃波を生み出し、ラナちゃんを含む四人に分散させた「蜘蛛手くもで」を食らわせた。

「がっ……」

「うぐ……」

「ぎえっ!」

 三人の男達は衝撃波に吹き飛ばされた勢いで塀に頭をぶつけ、そのまま気絶。

「んん……!」

 ラナちゃんは腰から抜いたもう一本のナイフでなんとか衝撃波を受け流し、しかし左肩へ一撃をもらってしまったためか、ナイフを腰に再び納めて、何か別の武器を取り出し始めた。

「今ので耐えられるんだ……。俺、自分の剣には結構自信あるんだけど……ラナちゃん、やるね」

「おいらみたいな猟兵の世界は、甘くないから……おいらは、強くならなきゃ生きていけないから、強くなってる。おいらがこれくらいでやられてたら、今頃みんな死んでる」

「へー。皆に認められてないって言ってたけど、ラナちゃん、猟兵なんだ。……そういうことをせざるを得ない人が出てくる国の体制っていつのは、俺もどうかと思うよ」

「知ってるんだね、そういう話。偉い人は知らないのかと思ってた」

「ハハ、特に俺なんかは偉い人って言われる程じゃないけど……でも、そういう立場にある人達の現状を少しでも知って変えていくのだって、君の言う偉い人の役目だと、俺は思ってるよ」

 高ランクの冒険者が主な対象となる傭兵とは別に、「猟兵りょうへい」という者達がいる。

 彼らは国から傭兵としての資格を認められていることを証明する高ランク冒険者のライセンスを持たず、私的に活動する者達。

 厳密には彼らの方が本来在るべき傭兵の姿ではあるのだが、国が「傭兵は予備軍みたいなもの」という意味と、さらに親しみやすさを込めて、非公認の傭兵を「猟兵」と呼ぶようになったらしい。

「でも、変わらない。おいら達は変わるチャンスも、もらえない」

「……もどかしいけど、そうだね。だから、俺は君達に猟兵行為を今すぐに止めろという資格は無いと思ってる。勿論、止められるなら止めて欲しいけど」

「……お兄さん、ちゃんとおいらみたいな人の話でも聞いてくれるんだね。偉い人なのに」

「いや、俺はあんまり偉くないんだって……。っていうか、誰が何と言おうと無理なもんは無理でしょ。『冒険者にはならないの?』なんて聞くのも、それこそ理想の偉い人とは程遠い世間知らずが言うような、野暮な話だろうし」

「うん」

「でも……だからって、俺とかガラテヤ様が君達にボコボコにされて、物を奪われたり、誘拐されたりしてあげる義理は無いんだよね」

「分かってる。お互い分かり合えないライン」

 彼ら猟兵の多くは、山賊や海賊と変わらない。

 しかしその全員が、必ずしもエゴによって賊をやっているという訳でもないという意識は、最近になって世間に浸透し始めた常識の一つに数えられる程に広まってきている。

 背景を詳細には知らないが、それ程までに、国が救えていない人の存在は浮き彫りになっている……ということなのだろう。

「そういうこと。だから……ラナちゃんにも、そこで倒れてる三人にも……ガラテヤ様の安全を確保するためには、捕まってもらわなきゃいけないんだ。俺はルールを守るためじゃなくて……ガラテヤ様と俺自身を守るために、ラナちゃんを捕まえる」

「言いたいことは分かる。でも、おいら達が生きるためには、違法でも賊とか猟兵とか、そういう、皆がダメって言うことを続けなきゃいけない。でも、お兄さん達が強いのは分かった。多分、おいら一人じゃ勝てない。だから……ここは、逃がしてもらうね」

 俺がもう一度ファルシオンを構えようとした瞬間、ラナちゃんは煙玉を地面に叩きつけて俺達の視界を奪う。

「なっ、曲者……!いかん昔の癖が、ゲホッ、ゲホッ!」

「くっ……ジィン!惑わされないで!」

「ダメです!何も見えません!」

 そしてラナちゃんは、そのまま三人を置いて姿を眩ませてしまった。

 二時間後。

「……とりあえず、お疲れ様でした。ギルドが管轄している支部とはいえ、冒険者養成学校の中に置かせてもらっているギルドに、こんな罠にみたいな依頼が通ってしまうなんて……迂闊でした。今後は、より一層依頼の審査に努めます」

「よろしくお願いします」

 俺とガラテヤ様は、拘束した男三人を台車に乗せてウェンディル学園に戻り、受付嬢に事の顛末を話す。

 その報告を聞いた受付嬢は一度、俺達へ頭を下げ、依頼主から事前に預かっていたという成功報酬を……何かが書かれていた紙に乗せて差し出した。

「……結果として依頼は達成できていないのだけれど、いいの?」

「料金は依頼主から預かっているものですから。どの道、依頼はもう終わりですし……」

「それもそうね。じゃあ、ありがたく頂きましょ」

 ラナちゃん達としては、そこそこの依頼料で釣った人々から、さらに多くの金や物をむしり取ったり、それ越える身代金を要求することで、結果として元を取る予定だったのだろう。

 ……何があったのかは知らないが、おそらく、ラナちゃんの言っていたことは本当だ。
 特に証拠があるわけでは無いが、あの目を見れば分かる。

 ラナちゃんだけでなく……拘束した三人も、何かしらの理由があって、かつて所属していたであろう共同体の中で過ごすことができなくなってしまったが故に、猟兵団として集まっているのだろう。

 この依頼料には、ただのお金以上の意味がある。
 俺は金貨を握りしめながら、そう思わずにはいられなかった。

「……拘束した三人については、衛兵達と協力し、吐かせられるだけの情報を吐かせた後に、こちらで然るべき処分を致します。お二人さえ望めば、できる限りの情報は提供致しますので……また、こちらへお立ち寄りください。ありがとうございました」

 その後。

 すっかり日も暮れた頃、俺達がそれぞれと寮へ戻ろうとすると、先程の受付嬢が私服でこちらへ駆け寄ってきた。

「あっ、まだ外にいた!お二人とも、丁度良いところに!」

「あら、受付嬢さん。もう夜よ?まだ仕事中?」

「いえ。受付嬢の仕事は夜勤の人に代わってるので終わりなんですけど……明日の夕方頃、貴方達と『マーズ・バーン・ロックスティラ』さんの三人に、ギルドに来て頂きたいと、寮の管理者さんに伝言をお願いしようと思っていたところだったんです!」

「俺とガラテヤ様と……マーズさんが呼び出し?」

「事情はさっぱりだけれど、とりあえず夕方にそちらへ行けばいいのね。マーズには、私から伝えておくわ」

「ありがとうございます!詳しい理由は明日、ギルドの応接室でお話し致しますので、よろしくお願いします!」

 そう言って、小走りで正門へと行ってしまう受付嬢。

 俺は遠のく彼女の姿を見ながら一言。

「罠……じゃ、ないですよね」

「流石に違うと思うわよ。不安なのは分かるけど、しっかりなさい」

 あんな純粋そうな少女に騙されたのだ、少しばかり呼び出しに対して敏感になってしまうのも多めに見て欲しい。

「勘弁してくださいよ……。はぁ……。何か……すごい疲れました」

「同感ね」

「どうします?猟兵とか、ギルドとか……忙しくなりそうですけど」

「とりあえず今は、目の前にあることをこなすだけじゃないかしら?猟兵三人組の件については、ギルドと衛兵が何とかしてくれるまで待つしか無いし……まず明日、ギルドに行ってから、いろいろ考えましょ」

 ガラテヤ様は寮の前で大きく背伸びをする。

「それもそうですね。じゃあ、お休みなさい」

「ええ、お休み」

 混沌とした一日だった。

 犬を探し、少女に騙され、戦い、ギルドからは謎のお呼び出し。

 特に王都でイベントがあった訳でも無し、国が大きく揺れ動くような存在が動き出したでも無し。

 何が何だか、こんな一日になってしまった理由について、俺達以外の因果がさっぱりである。

 しかし、それでも俺達は今日も互いの寮までを一緒に歩き、そして、それぞれのベッドで身体と心を休める。

 少しばかり日常とは違う日を過ごすことになろうとも、俺達にんげんはそう簡単に変われないらしい。

 俺はガラテヤ様の顔を思い浮かべ、今日も布団を顔まで被って眠るのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...