上 下
19 / 123
第二章 駆け出し冒険者、兼、学生

第十七話 期待

しおりを挟む
 空中。
 風を纏った右手を構え、拳を握る。

 落下する俺の着地点を狙って爪を構えるケウキ。

 当然ながら、俺が構えた右手に風を纏わせているのは、これを砕くためである。
 まずはあの爪を砕かないことには、何も始まらないだろう。

 あえて飛び上がったのは、自由落下の体勢に入ったで相手に隙があるように見せ、爪での攻撃を誘って同時に風を纏わせた拳を打ち込む。

 一つ目の策は以上である。

 そして今、ケウキはまさに爪を突き出す。

 素手での戦い方は基礎しか習っていないが、それでも、これまで生きてきたいくつもの人生における戦闘経験を活かして、自分なりに応用を効かせることならできる。

 ガラテヤ様のものではなく、ただ重心を乗せて弱点を狙うだけの「殺抜さつばつ」をベースに、空中で地面に対して垂直に回転斬りを行う「風車かざぐるま」の要素を組み込むことで、渦を巻く風を己の回転と共に拳ごと捩じ込む新技。

 風というものは、腕というものは、そして基礎技術というものは、こうやって使うのだ。

「【砕渦さいか】」

「ゴ、オォ……!?」

 拳が爪に当たった瞬間、拳に収まっていた風が一気に解き放たれた。

 一点に力を集中させた、「拳から繰り出す風車」のコンセプトは、どうやら実現できたらしい。

 瞬間的にだが、嵐の際に起きる突風を凌駕する出力を誇る風を受けた爪は、計算通り粉砕される。

 血が吹き出すケウキの指。

 明らかに驚いたような「ギィィィ!」という声とともに、数歩後退。

「ふぅ。やっぱ慣れない事するとドッと疲れるな……」

 かなり効いてはいるようだが、ただでさえ体力の消耗が大きい風牙流なのだ、さらに慣れない新技を使うともなれば、それはより大きな消耗を招くことになるのは言わずもがなであった。

「グァ、グェ、グゥゥ……ギィギィィー!」

 しかし、安心したのも束の間。

 ケウキは、あろうことか今までの倍近くはあるだろうスピードで木々の間を飛び回り始めたのだ。

 俺が破壊したのは、右手の爪。

 五本指、全てまとめてその爪を破壊した俺であったが、どうやらケウキはそれを受けて、右手どころか右腕をほぼ捨てた動きにシフトしたらしく、空中で左手を軸に回転しながら、奇妙奇天烈な飛び回り方をしている。

 動きこそ壊れたオモチャのようだが、なりふり構わなくなったせいか、それとも出血によりアドレナリンが分泌されているのか。
 ただでさえその姿を視界に収め続けるのは困難だったというのに、今はもうそれどころの騒ぎではない。

「ハァー……。セイッ!ヤァッ!ハッ!カァッ!そらぁッ!」

 ケウキを目で追い、先を読む。
 距離を詰め、拳を構える。
 体重を乗せる、打ち込む。

 しかし打てども打てども、拳は当たるどころか掠りもしない。

 そして。

「キィィィッ!」

「うぉっ……!」

 咄嗟に抜いたシミターで首元を守り、何とか一撃は防御することに成功。

 しかし、その刀身は粉々になるまで砕かれてしまった。

 使い始めてから四年が経つとはいえ、子爵家の武器庫に収められていた武器を、二度の攻撃で粉砕する威力。

 ケウキもケウキで右手が使えないため、少し着地がうまく行っていないようであったが、こちらが受けた損害に比べれば、それによって向こうが被ったダメージなど、微々たるものであろう。

「ギゥゥゥ」

 続けて、もう一撃。

「ぐっ!」

 腰に下げていたバックラーを左手に取り、爪に対して打ちつけるようにし、衝撃を逃がす。

 またも防御には成功したが、バックラーにも大きなヒビが入ってしまい、次に攻撃を受けようものなら完璧な位置で衝撃を逃したとしても、壊れるか、もう一撃受け切れるか……五分五分といったところだろうか。

「キィィ」

 間伐入れず、ケウキは口を大きく開けて迫る。

「うおぉッ!」

 土壇場で俺は右腕に風を纏わせ、裏拳。

 しかし顔こそ振り払えたものの、さらにケウキは捨て身の覚悟で血みどろの右手を地につけて踏ん張り、左手を伸ばしてきた。

「クォォォォォォァ!」

 それに合わせて俺は側転の体勢へ入り、左脚での後ろ蹴り。

 砕渦さいかやガラテヤ様の刹抜さつばつのように手の込んだ調整までは手が回らなかったが、これでも脚はある程度の風を纏っている。

 運が良ければ、左手の爪も砕けるかもしれない。

 しかし。

「ぐ……ぅぉ」

 やはり纏っていた風が不完全であったが故か、俺の蹴りはただの強風キックとなり、こちら側が弾き飛ばされ、近くの岩に全身を打ちつけられてしまった。

「キキキ、キ」

 頭が揺られ、意識が一気に落ちていく。

 全身に力が入らない俺へ、一歩一歩近づくケウキ。

 そして今、ゆっくりと上げられた左腕が振り下ろされる。

「ジィン君!」

 ロディアの声がうっすらと聞こえた。

 しかし……時すでに遅しである。

 眼前へと迫る爪。

 万が一、ロディアが盾になろうと庇ってくれたとしても、おそらく間に合わないだろう。

 全身を打撲し、その内どれだけの骨がどうなっているのかも分からないが、全身の激痛も相まって、何とか根性で保っていた意識が今にも逃げ出しそうだ。

 終わった……と、そう思った時。

「【雷電飛矢サンダーボルト】!」

 いつかの出会いを思い出す、土壇場での救援。

 しかし、それに安心し切ってしまったためか。
 既に限界を迎えていたであろう俺の意識は、とうとうそこで途切れてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

臆病者の転生ヒストリア〜神から授かった力を使うには時間が必要です〜

たいらくん
ファンタジー
 サッカー選手として将来を期待された須藤弘樹が大怪我で選手生命を絶たれた。その後様々な不幸が続き、お決まりの交通事故死で暗闇に包まれた...  はずなんだが、六歳児に転生。  しかも貴族っぽい。アレクサンダー帝国の王位後継者第三位のスノウ皇子!   もちろん王子あるあるな陰謀にまき込まれ誘拐されてしまうが、そこで出会った少女が気になる。  しかしそんな誘拐事件後は離れ離れとなり、あれよあれよと事態は進みいつのまにやら近隣国のマクウィリアズ王国に亡命。  新しい人生として平民クライヴ(スノウ)となり王都にある王立学院に入学なのだが! ハーフエルフの女の子、少し腹黒な男の娘、◯塚風のボクっ娘、訛りの強い少年等と個性的な仲間との出会いが待っていた。  帝国にいた時には考えられない程の幸せな学院生活を送る中でも、クライヴは帝国で出会った本名も知らない彼女の事が気になっていた。実は王都内で出会っている事すらお互い気づかずに...  そんな中いつしか事件に巻き込まれていくが、仲間達と共に助け合いながら様々な出来事を解決して行く臆病な少年が、大人になるにつれて少しずつ成長する王道ストーリー。  いつしか彼女と付き合えるような立派な男になる為に! 【小説家になろう、カクヨムにも投稿してます】

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう! そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね! なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!? 欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!? え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。 ※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません なろう日間週間月間1位 カクヨムブクマ14000 カクヨム週間3位 他サイトにも掲載

異世界転生漫遊記

しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は 体を壊し亡くなってしまった。 それを哀れんだ神の手によって 主人公は異世界に転生することに 前世の失敗を繰り返さないように 今度は自由に楽しく生きていこうと 決める 主人公が転生した世界は 魔物が闊歩する世界! それを知った主人公は幼い頃から 努力し続け、剣と魔法を習得する! 初めての作品です! よろしくお願いします! 感想よろしくお願いします!

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

僕の従魔は恐ろしく強いようです。

緋沙下
ファンタジー
僕は生まれつき体が弱かった。物心ついた頃から僕の世界は病院の中の一室だった。 僕は治ることなく亡くなってしまった。 心配だったのは、いつも明るく無理をして笑うお母さん達の事だった。 そんな僕に、弟と妹を授ける代わりに別の世界に行って見ないか?という提案がもたらされた。 そこで勇者になるわけでもなく、強いステータスも持たない僕が出会った従魔の女の子 処女作なのでご迷惑かける場面が多数存在するかもしれません。気になる点はご報告いただければ幸いです。 --------------------------------------------------------------------------------------- プロローグと小説の内容を一部変更いたしました。

処理中です...