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第二章 駆け出し冒険者、兼、学生

第十六話 闇の魔法使い

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 ジリジリとこちらへ近付いてくるケウキを前に、俺はシミターを、ロディアは杖を構える。

「テンポは僕に合わせてくれるかな?闇の魔法は、速く動く相手に使うのが難しいんだ」

 ロディアが言っているそばから、ケウキは爪で木々や岩々の間を飛び回り始めた。

「……分かった。じゃあ、まずはケウキの行動範囲を絞るために……四方八方をピョンピョン飛び回るの、止めてもらおうか!」

 シミターを構えた俺は、辺りを巨体に似合わぬ動きで飛び回るケウキを捕捉せんと、その動きを目で追う。

 右から後ろ、左から右、前から上、から左……から右。

 本能からか、咄嗟に左腕を首の前へやる。

 左腕に血、続いて切り傷が浮かぶ。

「ジィン君?大丈夫かい?」

「防御してるから大丈夫!それより、ケウキの動きが速すぎて見えない!」

 あまりの速さに、「蜘蛛手くもで」さえ追いつかない。

 このままでは、こちらの攻撃など当たるハズは無く。

 しかしヤケになってシミターを振り回そうものなら、逆に一瞬の隙を突かれ、腹なり胸なりを裂かれて一巻の終わりだろう。

「ケウキは速いで有名だもんね。さあ、どうしようかな」

 そうこうしている間にも、ケウキは辺りを瞬く飛び回っている。

 そして、再びその爪は俺の首元へ。

「どうするって……うおッ!?……ったく、油断も隙も無い」

 しかし今度は無事、シミターで爪を弾くことに成功。

 ちょっとした作戦会議でさえも、する暇は無さそうだ。

 ケウキは今も次の攻撃に備えて辺りを飛び回り、加速と撹乱を始めている。

「ジィン君。ちょっと……離れてもらえないかな?」

「な、何で?」

「試したい魔法があるんだけど、闇の魔法って、リスクがあるものが多いからさ。もし巻き込まれたら危ないだろう?」

「わ、分かった!」

「あっ、それと……僕に攻撃が飛んできそうになっていたら、適当に風の魔法とか斬撃とかで弾いてくれないかな」

「了解!」

 俺は飛び回るケウキを警戒しながら、ロディアと距離をとる。

 そして、俺が離れたことを確認したロディアは、改めて杖を構え、魔力を込め始めた。

「よし。じゃあ、始めようか」

 ロディアは目を閉じ、詠唱を開始する。

 何かをブツブツと呟いており、それは詠唱と言うには少々ぎこちなく見えるものであった。

 しかし数秒もしない内に、ロディアを中心として歪んだドーム状の空間が構築されていく。

 ドーム状とはいうが、おそらくその空間は球のように広がっており、しかしその下半分は地中に重なっているため見えていないだけと思われる。

「こんな魔法が……」

 空間が歪んで見える程の闇。

 しかし、そこから一切の殺意を受け取ることはなく、むしろ甘く誘い込むような、そんなフェロモンじみたものが感じられた。

 闇の領域は拡大し続け、それはだんだんと俺の眼前へと近付いてくる。

 やがてその領域は、何も知らずに辺りを飛び回るケウキを巻き込んで拡大を停止。

「僕の縄張りへようこそ、バケモノ君。随分と幸せな頭をしているようで、何よりだよ」

 ロディアがさらに何かを詠唱する。

 すると、霧がかかったように半透明だった闇の領域はさらに黒く染まり、その内側に禍々しい「何か」がうごめき始めた。

「な、何が起こって……?」

「……堕ちろ。【死の国デッド・ゾーン】」

 湧き出る数々の手。

 しかし、それは腕というよりも闇、腕の形をした黒い塊と表した方が正確であろう。

 十五は超えるであろう闇の腕が、ケウキの全身に絡みつく。

「グゥゥゥ……!?」

「破ッ!」

 そして、それは領域の外側にまで漏れ出す負のオーラを伴って一斉に爆発。

「うわぁ……」

 ケウキは何を見ているのだろうか。

 白目を剥き、その場に這いつくばったまま暴れている。

 巻き込まれないように、ロディアも後退。

「ふぅ。どうだい、僕の魔法は」

 俺以上に退いたロディアは、杖を地に突いて大きくため息をついた。

「何か凄かったけど……よく分からなかった」

「だよねー。……ああ、今のでほとんど魔力切れちゃった。魔力が戻るまで、しばらく魔法使えないからよろしく」

「ええ……」

 俺達はケウキから離れ、側にその影が迫っていないことを確認して下山を始める。

「さっきの魔法……強いんだけど、結構な魔力使うんだよねぇ。僕も、こないだ使えるようになったばっかりでさあ」

「ああ、そんなに魔力使うんだ……。ロディア!危ない!」

「へ?」

「【雀蜂スズメバチ】!」

 俺はシミターを取り出し、先端に風を纏わせる。

 そして、ロディアの首筋まで迫っていた爪を弾き、ロディアの服を引っ張って後方へ投げ飛ばした。

「えっ、何だよ急にッ!?」

 受け身をとったロディアは、何が何だかわからないといった様子である。

「ケウキが復活した!さっきまで影さえ無かったのに、一瞬で……」

 確認はした。

 つい数十秒前まで、ケウキはロディアの魔法に精神をやられ、暴れているだけだった。

 しかし、それを確認してから下山を始めるまでの間に正気を取り戻したのか。

「……言っておくけど、もう僕は魔法使えないからね?」

「決死の覚悟で逃げる?」

「いやあ、流石に追いつかれるんじゃない?」

「俺一人で戦うのか……ケーリッジ先生が来るまで持ち堪えられるかな」

 俺は抜いたままのシミターを構える。

 どうやら刀身の形が裏目に出たのか、斬るのではなく突く剣技である雀蜂スズメバチは、あまりシミターに向いていないようである。

 他の技で対処するしかない。

 魔力もそこまで余裕がある訳ではない俺が、果たしてあと何分持つだろうか。

「よし、とりあえず僕は離れておこうかな」

「分かった!」

「何かあったら呼んでよ。盾くらいにはなれると思うから」

 物騒な事は言わないで頂きたいものだ。

 両足に魔力を込め、風を纏わせて高く飛び上がる。

 普通に考えて、ケウキ程の強力な魔物を相手にして、無事でいられるとは思えない。

 しかし、俺にも策が無い訳では無い。

 それでもケウキを打ち破ることは難しいだろうが、どうせこのままでは首だけにされて終わりなのだ。

 一か八か、これまで試してみたかったものを、最期のつもりで試してみるのも一興だろう。

 俺はシミターを一度納め、飛び回るケウキを視界から逃さず注視しながら空中で右手に風を纏わせた。
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