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第一章 騎士

第五話 騎士として

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 三日後。

 俺は叙任式の会場である、ベルメリア邸の庭園、その中央に造られた広場へ向かう。

「やっとだね、大和くん」

「うん。……これで、姉ちゃんとずっと一緒にいられるよ」

「ふふっ。頼りにしてるよ、騎士様」

 ガラテヤ様の部屋から、二人で手を繋いで庭へと向かう道中。

 叙任式のリハーサルを終え、皆、最終調整に入っているところだ。

 屋敷の中には、ほとんど誰もいない。

「二人とも!そろそろ始めるぞ!急げー!」

 ロジーナ様が庭から廊下を覗き、こちらへ手招きする。

「「はーい!!!」」

 ロジーナ様がこちらを覗いてきた扉、裏口から庭園へ。

 扉を開けると、そこには巨大な噴水と、そこまで続く純白の石畳が伸びていた。

 俺達が式を行うのは、その噴水の前。

 そこへ辿り着くまでの道には、リズ様やカトリーナ様、バルバロ様にランドルフ様をはじめとした一家の方々に加え、執事やメイドなど、使いの人達も並んでいた。

「二人とも。今日が、お前達にとって記念すべき日になるだろう。さあ、あそこで向かい合って」

 ロジーナ様が噴水を指差す。
 それと同時に、俺とガラテヤ様は、皆が並んで出迎えてくれている道を歩き始めた。

「おめでとう。ガラテヤ様の守りを、よろしく頼むよ!」

「お二人とも、お幸せに~!」

「カトリーナ姉様、何かと勘違いしていませんこと?」

「勘違いなんかしていませんわ、ガラテヤ?」

「そ、そう……?」

 リズ様とカトリーナ様は、それぞれこちらへ手を振りながら見送る。

 特にリズ様は俺の頭上へ手を伸ばし、ハイタッチを要求。

「「いえーい」」

 この世界にもハイタッチの文化があることには少し驚きだったが、それはさておき、前へ。

 続けて俺達を迎えるのは、バルバロ様と……俺が三日前に片方のタマを潰したでお馴染み、ランドルフ団長である。

「お、おめでとう……ガラテヤを頼むぞ、ジィン君……!」

 やはり泣いているバルバロ様。

「……勝負にはタマの仇はいつか取ってやる。覚悟しとけよ」

 意図的ではなかったとはいえ、流石に片タマを潰したのはマズかったのか。

 ランドルフ様は、やはりこちらを睨みつけてきた。

「もう、お父様ったら!お祝いの一言も言えないんですの?」

 そこへ、ガラテヤ様の一声。

「……チッ。仕方ねぇ、ガラテヤの頼みだ。祝ってやるよ。おめでとさん」

 どうやら、ランドルフ様は相当な親バカのようである。

 そもそも、娘専属の護衛となる騎士が本当に相応しいかどうか、父親である騎士団長自らが試しにかかる話など、そう聞いたことが無い。

「な、なんか、どうも」

 頭を抱えているランドルフ様を横目に、俺とガラテヤ様は噴水の前へ向かう。

 俺は跪き、彼女の動きを待つ。

「……ガラテヤ。任命の言葉を」

 ロジーナ様が剣をガラテヤ様の手に渡し、言葉を促した。

「はい、お母様。……高潔なるベルメリアの民、『ジィン・セラム』。……この剣に誓いなさい。私の騎士となることを。騎士として、ベルメリアを名乗る私の守護に、命を懸けて徹することを。満たしなさい、覚えなさい、感じなさい、そして誇りなさい。私の騎士となり、天に剣を掲げるときが、貴方にとって名誉となるように」

 そしてガラテヤ様は、俺が跪いたまま差し出した両手へ剣を乗せる。

「……はい。謹んでその願い、お受け致します。……我が君」

 俺はその剣を受け取り、鞘に納め。
 そして、ガラテヤ様の右手、その甲へ口づけをした。

「……おめでとう、ジィン君。これで君は、ガラテヤ様の騎士だ。名前は……どうする?」

「名前?」

「なんだァ?知らねェのかよ。平民から騎士になった奴は、第三の名前ミドルネームを付けなきゃならねぇんだ。そんくらい調べとけ」

 ランドルフ様が口を挟む。

「ランドルフ、静粛に。……だがランドルフの言う通り、名前は考えておいた方が良かったな。どうだ?何か心当たりはあるか?」

 それをロジーナ様が静止しつつも、俺に新たな名前を問う。

「期限は……」

「申し訳ないが、今すぐだ。すまないな、騎士になりたいと言うくらいなのだから知っていたと思ったのだが……名前の取り決めについて、知らないとは思っていなかった」

 名字を増やすことに何の意味があるのだろうか……とは思うが、きっと、過去との決別であるとか、騎士として生きていくための通過儀礼であるとか、そういう理由なのだろうと己の内で消化する。

 そして俺は頭を最高速度で回転させ、新たな名前を考え始めた。

「ちょ、ちょっと待って下さい。数分だけ、いいですか?」

「まあ、そのくらいなら構わんが」

 まず、名前の「ジィン」と「セラム」はそのまま、そこから、さらにミドルネームを何か考えなければならない。

 しかし、俺がそれを決めるまで、長くはかからなかった。

 これから仕えることになるガラテヤ様、その前世がかつての姉である以上、それに勝る名は出てこなかったことだろう。

「……『ヤマト』。『ジィン・ヤマト・セラム』。これが、俺の新しい名前です」

 俺は再びガラテヤ様の前に跪く。

「『ヤマト』、か。不思議な響きだ。だが、良い名前だな。……よし、これで本当に、叙任式は終了だ。君は騎士となり、何事も無ければ退役まで、ガラテヤを守る任につくことになる。……気張っていくと良い、ジィン君」

 最後にロジーナ様から激励の言葉を頂き、晴れて、俺を騎士としての貴方を任命するための儀式は、無事に完了したようであった。

 それから俺は、ロジーナ様に武器庫へ案内してもらい、改めて武器を一セット、頂くことになった。
 この場合の「一セット」というのは、「一度の戦場に持っていけるだけ」という意味である。

 可能であれば日本刀が欲しいところであったが、どうやらこの辺りでは日本刀どころか、刀自体使われていないらしい。

 仕方なく、俺はシミター呼ばれるナイフと剣の中間にあるような武器と、半径が大体二十五から三十センチメートル程の青銅で作られたバックラー、そしてショートボウと数十本の矢を手に取り、基本の装備とした。

 さらに、ほぼ全身を鉄で覆うため防御が堅いフルプレートアーマーと、攻撃が当たりやすい部分のみを鉄で覆い、それ以外を革や鎖で最低限カバーすることで動き易さと防御力を両立したハーフプレートメイル、それぞれ選んで使えるように、後ほど両方を仕立てて頂けることとなった。

 それが完成したときには、いかにも騎士といったような風貌になること間違いなしである。

「ジィン様……いえ、ジィン。改めて……よろしくお願いしますわ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。この騎士ジィン・ヤマト・セラム。全身全霊を以て、貴方の命をお守り致します」

 俺はもう一度、右手の甲に口づけをする。

 騎士として。
 弟として。

 今度こそ、俺はガラテヤ様を、姉ちゃんを、絶対に守り抜いて見せると、今回は剣ではなく、この手と口づけにかけて、そう誓ったのであった。
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