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プロローグ 転機
前世と共に生を噛む
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命。
それはかくも虚しく、しかし強く。
張り詰めた糸のようなものである。
今まで四度、死んだ。
老いを知らず、夢を知らず、そして一生を委ねる程の愛を知らず。
いずれも若くして、この世を去ることになった。
しかし、今回ばかりはそうではなくあって欲しい。
こう願うのも二か三度ぶりだろうが、それでも、願わずにはいられなかった。
今度こそ、愛を知り、夢を知り、刺激に満ち溢れた、豊かな人生を全うするのだ。
俺は微睡の中でそう誓った。
……現世では手記をつけることにしよう。
この世界の言葉ではなく、日本語で。
いつか「日本語」という言語の存在が判明した際にこそ、その先にいる誰かに目を通してもらえるよう。
……救世暦一〇五〇年。
フィオレリア王国ベルメリア子爵領、ブライヤ村。
「ジィン・セラム」と名のつく十二歳の少年もとい俺。
ひょんなことから人殺しの息子に堕ちた俺は、これまたひょんなことから、大きく人生が好転することになった。
村人達からは殺人者の息子として冷や飯を食わされた人生、「今回もダメか」と絶望していた俺だが、どうやらこの世界はそう捨てたものではないらしい。
今回こそは長生きして、結婚して、幸せに天寿を全うしてやる。
俺が、人としてそこそこ当たり前なことをわざわざ決心することには、少し特別な理由があるのだ。
……時は、遥か昔に遡る。
厳密には「昔」と言っていいのかさえ分からない、どこかの世界。
俺が知る限り最初の生を受けた世界は、後に「ソドム」と呼ばれていた地域であった。
「ネフィラ」、それが「最初の俺」につけられた名前。
「栄えたスラム街」という表現が正しいのだろうか。
いや、そこまで規模が大きいものでも無い。
あの街は、とにかく治安が悪かった。
そんな街で子供ながらに一人前の暮らしをしていた俺は、何気に混沌の中で生きる才能があったのではないかと思う。
しかし、そんな街での生活も長くは続かなかった。
強盗、強姦、殺人の常態化。
乱れに乱れていたその街は、空より訪れた「何か」によって一瞬で焼き尽くされたのだ。
それを神罰だと言う人もいれば、火山の噴火に巻き込まれたのだと言う人もいる。
結局、俺はそれが何だったのか今でも分からないが、とにかく、俺の短い命はまだ十歳にも満たない内に終わったのである。
しかし、ソドムの子供として生まれた記憶を持った俺は、次の瞬間、日本の……新しい呼び方をすると、「京都」となる街で産声を上げていた。
幼い頃の記憶は曖昧だが、「死んだと思ったら顔も街並みも全然違う街で赤ん坊になっていた」という奇妙な状況が俺に与えた衝撃は凄まじく、その瞬間のことだけは鮮明に覚えている。
二度目の命に授かった名前は、「楠木 常正」。
武士の家系に生まれ、戦場に出る者として育てられた、かつてソドムで死んだ経験をもつ少年。
それはみるみる成長し、二十三歳の夏。
「刀」と呼ばれる剣や長弓の扱いにもようやく慣れ、師範や父にも一人前と認められた頃、俺は当時偉かった人の生死がかかった戦いで、初陣を迎えることとなった。
そして、やはり初陣にしては戦況が劣勢に傾き過ぎていたせいか、俺はなすすべなく追い詰められ、またしても若くして死を迎えることなった。
詳細はよく思い出せないが、実の兄に裏切られて北へ逃げてきた偉い人を庇い、心臓を矢に貫かれてしまったらしい。
当時の俺はそれを名誉の死であると考えていたため、意識を失うまでの僅かな間、恍惚な気分に浸っていた。
後に、俺が命を賭して守ったその偉い人は結局、後の戦いで追い詰められた末に自害した……と、歴史の教科書に書いてあった。
俺の短い二度目の生は、またしても殆ど無駄に終わってしまったということである。
それが、また新たな命を生きた日に証明されてしまうのは、別のお話。
今度こそ永遠の夢の果てへ意識を放り投げ、それは二度と覚める事が無い、無限の闇に身を委ねることを覚悟した。
滴り落ちる血は、少しだけ最期に高揚感を呼び起こし、トランス状態へ。
こうして意識は消えていくのかと、俺は残った魂を霧散させた……。
……かと思えば、肉体は腐れど、まだまだ魂、意識の方は続いていくらしい。
三度目の人生。
俺は「大正」と名のつく時代に生まれ、大日本帝国に生きる男児として、二十四歳まで育てられた。
この時の名前は「篠原 武史」。
我ながら、中々にたくましい天性の肉体をもって生まれた生であった。
前世で侍の世を生きたこともあり、刀剣の扱いについてはブランクこそあったものの、すぐに感覚を思い出し、よく師範や上官から褒められたものであった。
しかし、その剣技を満足に披露する機会は無く、陳腐なサーベルを振り回す機会さえ対して与えられないまま、俺はオンボロの飛行機に乗ってそのまま敵の軍艦に突撃するという無茶苦茶な任務にあたり、当然ながら呆気なく死んでいった。
最後に舐めた興奮剤の味、アレは今でもよく覚えている。
そして四度目の人生。
今度はやっと、この世界が平和になって久しい時代に生を受けることになった。
当時の名前は「足利 大和」。
自然に恵まれた宮城県北の町、気仙沼に生まれ、優しい両親に、「尊」という頼れる姉にも恵まれた生。
今度こそは幸せな人生を送ることができる、天寿を全うできると、そう思っていた。
しかし。
俺が十二歳、姉が十六歳のある日、今度は大地震が俺達を襲った。
俺は姉を庇い、瓦礫に頭部を粉砕され死亡。
その後、姉が無事に生き延びる事ができたかは不明。
小学校に入りたての頃、上級生に虐められていた俺を力づくで助けてくれた姉。
終わらない夏休み帳を、手伝ってくれた姉。
俺が背伸びをして料理に挑戦し、しかし焦がしてしまった卵焼きを、美味しいと言って食べてくれた姉。
特に秀でた才も無く、あるのはおかしな三度の短い生を生きた記憶だけだった俺に、「これから大和くんがどんな人と会って、どんな風に生きていくかは分からないけど……私は、どんな時でも絶対に大和くんの味方だよ」と言ってくれた姉。
思えば当時の俺は、その姉に何度救われていたことか。
しょうもない宿題の山から、クラスぐるみで受けていた虐めまで、たくさんの敵、そして絶望から俺を救ってくれた姉。
そんな、俺にとってヒーローみたいだった姉がどうか、自分の分まで平和な世界を生きてくれることを願い、俺は意識を手放した。
そして四度目の転生によって迎えた、五回目の人生。
今度は、今まで生を授かっていた世界とは別の世界に生まれてきたようであった。
非科学的な術やら封建制やら、二度目までの生では存在が当たり前であったものの、三、四度目の生では、すっかり空想のものとされていたものが、五度目にして再び現実のものとして帰ってくるとは。
人生、どうなるか分からないものである。
もっとも、連続していないこれまでの生をまとめて「人生」と呼んでしまって良いのかは分からないが。
そんな期待に胸を膨らませていた俺は心優しい両親に育てられ、今度こそ順風満帆な人生を送っていけるものだと思っていた。
しかし、やはりその人生というものはそう上手くいくものではない。
七歳の頃、母が馬車の暴走に巻き込まれて命を落としてしまい、激しい怒りと悲しみに感情の全てを支配されてしまった父は、その馬車を運転していた運転手と、その馬車に乗っていた商人を殺してしまったのだ。
こうして、俺は人殺しの息子として村八分に遭うことになり、今に至る。
「お前はこの村の汚点だ!母親と一緒に死んでしまえば良かったのだ!」
「父親と一緒に、犯罪者の息子として牢獄に入れられてしまいなさい!」
「将来、コイツは賊になるぞ!人殺しの息子だ、きっとそうだ!!」
浴びせられた、筋の通らない罵倒の数々。
それらの言葉は、今では脳裏に貼り付いて離れない。
きっと俺がどれだけ幸せな思いをしたとしても、仮にこの命を終えた後にまた新たな命を授かったとしても、この記憶が消えることは無いだろう。
……命は、ただそれだけで尊いものとは決して言い難い。
生というものは、それだけで人を苦しめる。
何度、そう思っては自死を試みたことか。
段々と廃れていく家で、まともな稼ぎも無く、野の草や虫、人々の食べ残しまで、モノを選ばず食せるものを食して生きる日々。
村の人々に目をつけられず川で魚が獲れたら、その日は大当たりだった。
そして、そうこうしている内に五年の月日が流れる。
その間、俺がこの村での生活を諦めて出ていかなかったのは、やはり両親の残滓を求めていたためであろうか。
過去の幸せに縋り、この村を離れたくなかった自分は確かに存在している。
そしてそんな俺は、前世であれば小学校卒業であろう十二歳にして、初めてこの目で領主様の姿を見ることになった。
その日が、俺にとって転機といえる出来事の始まりであると、この時の俺は知る由もなかったのだった。
それはかくも虚しく、しかし強く。
張り詰めた糸のようなものである。
今まで四度、死んだ。
老いを知らず、夢を知らず、そして一生を委ねる程の愛を知らず。
いずれも若くして、この世を去ることになった。
しかし、今回ばかりはそうではなくあって欲しい。
こう願うのも二か三度ぶりだろうが、それでも、願わずにはいられなかった。
今度こそ、愛を知り、夢を知り、刺激に満ち溢れた、豊かな人生を全うするのだ。
俺は微睡の中でそう誓った。
……現世では手記をつけることにしよう。
この世界の言葉ではなく、日本語で。
いつか「日本語」という言語の存在が判明した際にこそ、その先にいる誰かに目を通してもらえるよう。
……救世暦一〇五〇年。
フィオレリア王国ベルメリア子爵領、ブライヤ村。
「ジィン・セラム」と名のつく十二歳の少年もとい俺。
ひょんなことから人殺しの息子に堕ちた俺は、これまたひょんなことから、大きく人生が好転することになった。
村人達からは殺人者の息子として冷や飯を食わされた人生、「今回もダメか」と絶望していた俺だが、どうやらこの世界はそう捨てたものではないらしい。
今回こそは長生きして、結婚して、幸せに天寿を全うしてやる。
俺が、人としてそこそこ当たり前なことをわざわざ決心することには、少し特別な理由があるのだ。
……時は、遥か昔に遡る。
厳密には「昔」と言っていいのかさえ分からない、どこかの世界。
俺が知る限り最初の生を受けた世界は、後に「ソドム」と呼ばれていた地域であった。
「ネフィラ」、それが「最初の俺」につけられた名前。
「栄えたスラム街」という表現が正しいのだろうか。
いや、そこまで規模が大きいものでも無い。
あの街は、とにかく治安が悪かった。
そんな街で子供ながらに一人前の暮らしをしていた俺は、何気に混沌の中で生きる才能があったのではないかと思う。
しかし、そんな街での生活も長くは続かなかった。
強盗、強姦、殺人の常態化。
乱れに乱れていたその街は、空より訪れた「何か」によって一瞬で焼き尽くされたのだ。
それを神罰だと言う人もいれば、火山の噴火に巻き込まれたのだと言う人もいる。
結局、俺はそれが何だったのか今でも分からないが、とにかく、俺の短い命はまだ十歳にも満たない内に終わったのである。
しかし、ソドムの子供として生まれた記憶を持った俺は、次の瞬間、日本の……新しい呼び方をすると、「京都」となる街で産声を上げていた。
幼い頃の記憶は曖昧だが、「死んだと思ったら顔も街並みも全然違う街で赤ん坊になっていた」という奇妙な状況が俺に与えた衝撃は凄まじく、その瞬間のことだけは鮮明に覚えている。
二度目の命に授かった名前は、「楠木 常正」。
武士の家系に生まれ、戦場に出る者として育てられた、かつてソドムで死んだ経験をもつ少年。
それはみるみる成長し、二十三歳の夏。
「刀」と呼ばれる剣や長弓の扱いにもようやく慣れ、師範や父にも一人前と認められた頃、俺は当時偉かった人の生死がかかった戦いで、初陣を迎えることとなった。
そして、やはり初陣にしては戦況が劣勢に傾き過ぎていたせいか、俺はなすすべなく追い詰められ、またしても若くして死を迎えることなった。
詳細はよく思い出せないが、実の兄に裏切られて北へ逃げてきた偉い人を庇い、心臓を矢に貫かれてしまったらしい。
当時の俺はそれを名誉の死であると考えていたため、意識を失うまでの僅かな間、恍惚な気分に浸っていた。
後に、俺が命を賭して守ったその偉い人は結局、後の戦いで追い詰められた末に自害した……と、歴史の教科書に書いてあった。
俺の短い二度目の生は、またしても殆ど無駄に終わってしまったということである。
それが、また新たな命を生きた日に証明されてしまうのは、別のお話。
今度こそ永遠の夢の果てへ意識を放り投げ、それは二度と覚める事が無い、無限の闇に身を委ねることを覚悟した。
滴り落ちる血は、少しだけ最期に高揚感を呼び起こし、トランス状態へ。
こうして意識は消えていくのかと、俺は残った魂を霧散させた……。
……かと思えば、肉体は腐れど、まだまだ魂、意識の方は続いていくらしい。
三度目の人生。
俺は「大正」と名のつく時代に生まれ、大日本帝国に生きる男児として、二十四歳まで育てられた。
この時の名前は「篠原 武史」。
我ながら、中々にたくましい天性の肉体をもって生まれた生であった。
前世で侍の世を生きたこともあり、刀剣の扱いについてはブランクこそあったものの、すぐに感覚を思い出し、よく師範や上官から褒められたものであった。
しかし、その剣技を満足に披露する機会は無く、陳腐なサーベルを振り回す機会さえ対して与えられないまま、俺はオンボロの飛行機に乗ってそのまま敵の軍艦に突撃するという無茶苦茶な任務にあたり、当然ながら呆気なく死んでいった。
最後に舐めた興奮剤の味、アレは今でもよく覚えている。
そして四度目の人生。
今度はやっと、この世界が平和になって久しい時代に生を受けることになった。
当時の名前は「足利 大和」。
自然に恵まれた宮城県北の町、気仙沼に生まれ、優しい両親に、「尊」という頼れる姉にも恵まれた生。
今度こそは幸せな人生を送ることができる、天寿を全うできると、そう思っていた。
しかし。
俺が十二歳、姉が十六歳のある日、今度は大地震が俺達を襲った。
俺は姉を庇い、瓦礫に頭部を粉砕され死亡。
その後、姉が無事に生き延びる事ができたかは不明。
小学校に入りたての頃、上級生に虐められていた俺を力づくで助けてくれた姉。
終わらない夏休み帳を、手伝ってくれた姉。
俺が背伸びをして料理に挑戦し、しかし焦がしてしまった卵焼きを、美味しいと言って食べてくれた姉。
特に秀でた才も無く、あるのはおかしな三度の短い生を生きた記憶だけだった俺に、「これから大和くんがどんな人と会って、どんな風に生きていくかは分からないけど……私は、どんな時でも絶対に大和くんの味方だよ」と言ってくれた姉。
思えば当時の俺は、その姉に何度救われていたことか。
しょうもない宿題の山から、クラスぐるみで受けていた虐めまで、たくさんの敵、そして絶望から俺を救ってくれた姉。
そんな、俺にとってヒーローみたいだった姉がどうか、自分の分まで平和な世界を生きてくれることを願い、俺は意識を手放した。
そして四度目の転生によって迎えた、五回目の人生。
今度は、今まで生を授かっていた世界とは別の世界に生まれてきたようであった。
非科学的な術やら封建制やら、二度目までの生では存在が当たり前であったものの、三、四度目の生では、すっかり空想のものとされていたものが、五度目にして再び現実のものとして帰ってくるとは。
人生、どうなるか分からないものである。
もっとも、連続していないこれまでの生をまとめて「人生」と呼んでしまって良いのかは分からないが。
そんな期待に胸を膨らませていた俺は心優しい両親に育てられ、今度こそ順風満帆な人生を送っていけるものだと思っていた。
しかし、やはりその人生というものはそう上手くいくものではない。
七歳の頃、母が馬車の暴走に巻き込まれて命を落としてしまい、激しい怒りと悲しみに感情の全てを支配されてしまった父は、その馬車を運転していた運転手と、その馬車に乗っていた商人を殺してしまったのだ。
こうして、俺は人殺しの息子として村八分に遭うことになり、今に至る。
「お前はこの村の汚点だ!母親と一緒に死んでしまえば良かったのだ!」
「父親と一緒に、犯罪者の息子として牢獄に入れられてしまいなさい!」
「将来、コイツは賊になるぞ!人殺しの息子だ、きっとそうだ!!」
浴びせられた、筋の通らない罵倒の数々。
それらの言葉は、今では脳裏に貼り付いて離れない。
きっと俺がどれだけ幸せな思いをしたとしても、仮にこの命を終えた後にまた新たな命を授かったとしても、この記憶が消えることは無いだろう。
……命は、ただそれだけで尊いものとは決して言い難い。
生というものは、それだけで人を苦しめる。
何度、そう思っては自死を試みたことか。
段々と廃れていく家で、まともな稼ぎも無く、野の草や虫、人々の食べ残しまで、モノを選ばず食せるものを食して生きる日々。
村の人々に目をつけられず川で魚が獲れたら、その日は大当たりだった。
そして、そうこうしている内に五年の月日が流れる。
その間、俺がこの村での生活を諦めて出ていかなかったのは、やはり両親の残滓を求めていたためであろうか。
過去の幸せに縋り、この村を離れたくなかった自分は確かに存在している。
そしてそんな俺は、前世であれば小学校卒業であろう十二歳にして、初めてこの目で領主様の姿を見ることになった。
その日が、俺にとって転機といえる出来事の始まりであると、この時の俺は知る由もなかったのだった。
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