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前編
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最近、周囲の様子が慌ただしい。
理由は分かっている。『婚約破棄ブーム』のせいだろう。
事の発端は、王子が自身の誕生会で言い放った婚約破棄宣言だった。
貴族同士の婚約が取りやめになること自体は珍しいことでもないのだが、それが王子ともなれば話は別で。
しかも誕生パーティの場で大々的に、相手を貶めるように発表したものだから、それはもう大騒ぎになったわけだ。
その余波はとても大きなもので、この婚約破棄ブームはそんな余波の中心的な存在だったりする。
元々、政略結婚などで望まない婚約も多い社交界。
みんないろいろと思うところもあっただろうに、そこにこの大騒ぎとくれば。
俺も私もと不満が噴出しだすのも、仕方のないことだと言えた。
「ねぇルード、随分と騒がしいわね」
そんな喧噪を横目に、私は隣に立つ人物へと声をかける。
「ああそうだね、メル」
ルードは腕を組みながら、私と同じように視線だけをこちらへ向けて答えた。
私とルードは幼馴染なのだが、階級は大きく異なっていて。
私の家は男爵家で、ルードの家は伯爵家。
普通ならあり得ない身分差なのだが、父親同士が旧知の仲ということで。
政略結婚のようなキナくささも表向きはなく、小さい頃から一緒にいた流れのまま今に至っている。
(というのが、私の見解)
正直、身分差のある婚約はうまくいかないことが多い。
特に男性側の身分が高い場合は、一方的にそのことを告げられることも少なくないとか。
王子の例もそんな感じなわけだし。
「ルードはなにか、私に言いたいこととかないの」
我ながら実に直球で、なんとも可愛げのない感じになってしまったが。
他に物の言い方を知らないので仕方ない。
「メルに? うーん……」
組んでいた腕を片方少しだけ上げ、顎に指を当てて考え込むルード。
少し眉をひそめ、瞳を瞑った端正な顔立ち。
ルードと私は釣り合っていない、とよく影口を言われるが。
確かにそれは私もその通りだと思う。
「今日も可愛いね、メル」
「……」
鏡を見れないのではっきりと言えないが、たぶん今の私は凄まじく可愛くない顔をしている。
ルードに質問をすると、いつもこうして茶化し気味にかわされてしまうのだ。
本人はどう思っているか定かではないが、私はいつもその態度に不安にさせられて。
「メルの方が、何か言いたそうな顔をしてるようだけど」
ルードの指がそっと、私の額に触れる。
一歳年上なだけなのに、ルードはとても大人びていて。
そんな余裕の差ですらも、私の心をかき乱す。
「もしも好きな人が出来たら、気軽に婚約破棄してくれて構わないから」
私より少しだけ背の高いルードを見上げながら、小さく呟くように投げた言葉。
もう少し大きな声で言いきれたのなら、もう少し箔も付くものを。
ルードに好きな人が出来たら教えて欲しいというのは本当だが。
そんな人一生現れなければいいのに、というのがもっと本音だ。
「好きな人、ねぇ」
私の一言を聞いて、ルードがまた深く考え始めた。
いつもなら軽く返事を返してくるのに、即答ではないということは。
つまりはそういうこと、というわけなのか。
自分から言い出した言葉を、私はその場で強く後悔した。
「いるけど、たぶん片思いなんだよね」
私の方を見ることなく、ため息を交えながら独り言のようにルードが言う。
あまりに意外な、返答だ。
(ルードが片思いって、いったいどんな相手だろう……)
身分差でいうのであれば、侯爵家以上ということになるだろうか。
そうなれば、私が知らない人の可能性も出てくる。
少なくとも私の周りで、ルードに告白されて断るような人物は思い当たらない。
「その人は、どんな人なの?」
仮に知らない相手だったとしても名前を聞くのは怖くて、かなり遠回りな探りを入れてみる。
「そうだな……まず、髪は黒色だ」
「黒……」
これで一気に対象は絞られる。
この国で黒い髪の人間というのは、滅多に生まれることがない。
それだけならまだしも、黒い髪の女性はとても不吉だとされているので、表に出てくることも珍しい。
やはり私の知らない人物だったようだ。
「そして背丈はボクより一回り小さくて……好きな色も黒だと聞いている」
「変わっているのね、その人」
この国ではそもそも黒色自体があまり好意的に受け取られていないので、そんな色をわざわざ好きと公言するような人物は相当変わり者だ。
私も気が合いそうではあるけども。
「今度、私にも紹介してほしいわ」
どんな人物なのか、俄然興味が湧いてきた。
私は少し身を乗り出して、ルードへと質問を投げる。
「……」
それまで軽快に言葉を返してくれていたルードが、私の質問を聞いてぴたりと固まった。
その表情は動揺とも呆れとも取れるような、なんにせよとにかく微妙なもので。
いくらブームのようなものになっているとはいえ、婚約破棄というのは本来重い話題だ。
あまり気軽に言えることではなかったのかもしれない。
「あー、言いたくなければ無理には……」
「……いや、少し驚いただけだから問題ないよ」
私の言葉を遮って、今度はルードの方から身を乗り出してきた。
あまりに突然のことで、ぶつかりそうになった私は思わず背筋を伸ばして躱す。
「まさか、ここまで行っても気づいてもらえないとは思わなかったな」
いつもの飄々とした顔と違って、余裕のない張り詰めた表情のルード。
こんな表情、見たことなくて。
ほんの少しだけ、怖い。
「ボクの好きな人はね……」
「……っ」
どんどんこちらへの距離を詰めてくるルードに押されて、気づけば壁とルードに挟まれる形。
「ボクの好きな人はキミだよ、メル」
理由は分かっている。『婚約破棄ブーム』のせいだろう。
事の発端は、王子が自身の誕生会で言い放った婚約破棄宣言だった。
貴族同士の婚約が取りやめになること自体は珍しいことでもないのだが、それが王子ともなれば話は別で。
しかも誕生パーティの場で大々的に、相手を貶めるように発表したものだから、それはもう大騒ぎになったわけだ。
その余波はとても大きなもので、この婚約破棄ブームはそんな余波の中心的な存在だったりする。
元々、政略結婚などで望まない婚約も多い社交界。
みんないろいろと思うところもあっただろうに、そこにこの大騒ぎとくれば。
俺も私もと不満が噴出しだすのも、仕方のないことだと言えた。
「ねぇルード、随分と騒がしいわね」
そんな喧噪を横目に、私は隣に立つ人物へと声をかける。
「ああそうだね、メル」
ルードは腕を組みながら、私と同じように視線だけをこちらへ向けて答えた。
私とルードは幼馴染なのだが、階級は大きく異なっていて。
私の家は男爵家で、ルードの家は伯爵家。
普通ならあり得ない身分差なのだが、父親同士が旧知の仲ということで。
政略結婚のようなキナくささも表向きはなく、小さい頃から一緒にいた流れのまま今に至っている。
(というのが、私の見解)
正直、身分差のある婚約はうまくいかないことが多い。
特に男性側の身分が高い場合は、一方的にそのことを告げられることも少なくないとか。
王子の例もそんな感じなわけだし。
「ルードはなにか、私に言いたいこととかないの」
我ながら実に直球で、なんとも可愛げのない感じになってしまったが。
他に物の言い方を知らないので仕方ない。
「メルに? うーん……」
組んでいた腕を片方少しだけ上げ、顎に指を当てて考え込むルード。
少し眉をひそめ、瞳を瞑った端正な顔立ち。
ルードと私は釣り合っていない、とよく影口を言われるが。
確かにそれは私もその通りだと思う。
「今日も可愛いね、メル」
「……」
鏡を見れないのではっきりと言えないが、たぶん今の私は凄まじく可愛くない顔をしている。
ルードに質問をすると、いつもこうして茶化し気味にかわされてしまうのだ。
本人はどう思っているか定かではないが、私はいつもその態度に不安にさせられて。
「メルの方が、何か言いたそうな顔をしてるようだけど」
ルードの指がそっと、私の額に触れる。
一歳年上なだけなのに、ルードはとても大人びていて。
そんな余裕の差ですらも、私の心をかき乱す。
「もしも好きな人が出来たら、気軽に婚約破棄してくれて構わないから」
私より少しだけ背の高いルードを見上げながら、小さく呟くように投げた言葉。
もう少し大きな声で言いきれたのなら、もう少し箔も付くものを。
ルードに好きな人が出来たら教えて欲しいというのは本当だが。
そんな人一生現れなければいいのに、というのがもっと本音だ。
「好きな人、ねぇ」
私の一言を聞いて、ルードがまた深く考え始めた。
いつもなら軽く返事を返してくるのに、即答ではないということは。
つまりはそういうこと、というわけなのか。
自分から言い出した言葉を、私はその場で強く後悔した。
「いるけど、たぶん片思いなんだよね」
私の方を見ることなく、ため息を交えながら独り言のようにルードが言う。
あまりに意外な、返答だ。
(ルードが片思いって、いったいどんな相手だろう……)
身分差でいうのであれば、侯爵家以上ということになるだろうか。
そうなれば、私が知らない人の可能性も出てくる。
少なくとも私の周りで、ルードに告白されて断るような人物は思い当たらない。
「その人は、どんな人なの?」
仮に知らない相手だったとしても名前を聞くのは怖くて、かなり遠回りな探りを入れてみる。
「そうだな……まず、髪は黒色だ」
「黒……」
これで一気に対象は絞られる。
この国で黒い髪の人間というのは、滅多に生まれることがない。
それだけならまだしも、黒い髪の女性はとても不吉だとされているので、表に出てくることも珍しい。
やはり私の知らない人物だったようだ。
「そして背丈はボクより一回り小さくて……好きな色も黒だと聞いている」
「変わっているのね、その人」
この国ではそもそも黒色自体があまり好意的に受け取られていないので、そんな色をわざわざ好きと公言するような人物は相当変わり者だ。
私も気が合いそうではあるけども。
「今度、私にも紹介してほしいわ」
どんな人物なのか、俄然興味が湧いてきた。
私は少し身を乗り出して、ルードへと質問を投げる。
「……」
それまで軽快に言葉を返してくれていたルードが、私の質問を聞いてぴたりと固まった。
その表情は動揺とも呆れとも取れるような、なんにせよとにかく微妙なもので。
いくらブームのようなものになっているとはいえ、婚約破棄というのは本来重い話題だ。
あまり気軽に言えることではなかったのかもしれない。
「あー、言いたくなければ無理には……」
「……いや、少し驚いただけだから問題ないよ」
私の言葉を遮って、今度はルードの方から身を乗り出してきた。
あまりに突然のことで、ぶつかりそうになった私は思わず背筋を伸ばして躱す。
「まさか、ここまで行っても気づいてもらえないとは思わなかったな」
いつもの飄々とした顔と違って、余裕のない張り詰めた表情のルード。
こんな表情、見たことなくて。
ほんの少しだけ、怖い。
「ボクの好きな人はね……」
「……っ」
どんどんこちらへの距離を詰めてくるルードに押されて、気づけば壁とルードに挟まれる形。
「ボクの好きな人はキミだよ、メル」
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