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「……ふぅ」

 運ばれてきた軽食を完食し、行儀が悪いと分かりつつもそのまま仰向けに寝転がる。
 焼きたてでふわふわのパンに、チョコレートの粉末をまぶしたものと、何も掛かっていないものの二種類。
 どちらも、今まで食べてきたパンと同じ名前で呼ぶのが申し訳なくなるほどに美味しかった。

「あふ……」

 どうやら自分で思っている以上に、身体に疲労はたまっていたらしく。
 横になった途端、一気に睡魔が襲ってきた。

(……そっか、ゆっくり……寝て、いい、ん……だ)

 目を瞑るとすぐに、私の意識は溶けていった。


 久しぶりに、夢を見た。

 夢の中で私は、お母様と一緒にお出かけをしている。

 これが夢だと分かるのは、この光景をもう何度も何度も見ているから。

 そう、頭では夢だと分かっている、のに。

「お母様、お母様っ!」

 いつも私は目の前から突然消えてしまう母の姿を追って、愚直に叫ぶ。

 しかし当然、その声がどこかに届くことはなく。

 私は悲しみに暮れるしかないのだ。

「――っ」

 一瞬、誰かの声が聞こえた気がして。
 
 私は声がしたほうを振り返る。

 何度も何度も見た悪夢。

 この悪夢はこんな、内容だっただろうか。

「――リッ」

 叫ぶのを止めたことで、声はより一層大きくなって、

「リリッ!」


 私を呼ぶその声に、私はハッと目を覚ます。

「……ユウリ、様」

「よかった、目を覚ましたか」

 私を呼んでいた声の主は安堵の表情を浮かべながら微笑むと、私の頭をくしゃりと撫でた。

「だいぶうなされていたようだったが、大丈夫か?」

「……」

 久しく見ていなかった悪夢。
 それはずっと、夢を見る余裕すらも無い状態が続いていたということで。

「……大丈夫、です」

 私は短く言葉を返して。
 なぜそうしたくなったかは分からないけれど、無意識のうちにユウリ様の胸元にぎゅっと抱き着いていた。

「……あ、あぁ、そうか! だ、大丈夫なら、なによりだ、うむ!」

 そんな私の行動にしばし逡巡したのちに、ユウリ様が言葉を返す。

「本当に無理は、していないな?」

 それから再度不安げに訪ねてきたユウリ様へ、私は可能な限りの笑みを返した。

「……よし、それじゃ婚姻発表の準備へと移ろう」

 言うが早いか、ユウリ様はまた私を抱え上げると勢いよく部屋を飛び出していった。

(……あ)

 その刹那、様子をうかがうためかドアの端に隠れていた三つの影がちらりと見えた。
 ような気がした。もしかしたら気のせいだったかもしれないが。
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