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17 主からの誘い
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それからしばらくの日々は、これまでが嘘のように平穏そのもので。
屋敷全体の掃除を済ませた私は日課の家事をこなしつつ状態の維持に努め、追加で書類の整理の手伝いなどもさせてもらっていた。
「スターチス、ちょっといいか」
「はい、なんでございましょうか」
時刻はそろそろ昼を回ろうかといった頃合い。
「今日はレストランを予約している。昼食の用意は不要だ」
丁度今から準備をようかと思っていた所に、その事を見越してかアルス様からお声が掛かる。
「了解致しました。ごゆるりとお楽しみくださいませ」
これまでありそうでなかった外食の申し出。
役職上付き合いも多いであろうから、むしろ今まで私に気を使っていたのかもしれない。
そんなことは気にせずともよいですよ、という気持ちも込めて深々と頭を下げる。
「……」
「……?」
一向に動くことのない気配に疑問を覚え顔を上げてみると、腕を組みながら少し呆れ気味の顔をしたアルス様と目が合った。
「……何をしている? お前も行くんだぞ」
「え?」
「以前に話をしただろう。街にでも食べに行って比べてみるか、と」
「ええと……」
確かにそんな感じの話をされていたような記憶はあるが、私も一緒に行くという話だっただろうか。
「急ぐぞ。予約の時間を過ぎてしまう」
「えっ、あっ……はい、すぐに参ります」
この格好のままレストランへ行くのは正直憚られるが、かといってアルス様の急ぎぶりから着替えている時間もないように思えて。
結局、髪を少し整えただけでほぼ着の身着のままで向かうことになってしまった。
「混んでいますね」
「今一番人気の店らしいからな」
珍しく馬車を使い、いつもの街ではなく王都へと続く道を行き。
私はアルス様に導かれるまま、目的の店へとたどり着いた。
「ご予約のお客様ですか?」
「あぁ、二名で予約したアルスというものだが」
いかにも高級感の溢れる内装の店で、そのまま中へと通されないところを見るに完全予約制なのだろう。
「お連れ様は後からいらっしゃられるのですか?」
「……この状況で二人と言って、理解出来ないのか」
装いを考えれば、この受付の対応は何も間違っていない。
まさか使用人の服を着た人物がお連れ様だとは夢にも思わないだろう。
「し、失礼いたしましたっ。こちらへどうぞっ」
だから睨むのはやめてあげてください、アルス様。
王都の側ということもあって、店内は中流から上流の貴族ばかりがくつろいでいて。
いくら造りが上等なものとはいえ、どうみても使用人としか思えない格好の私の存在は明らかに浮いている。
下手をすれば店員に間違われてもおかしくはないだろう。
今この場で私のことを気にしていない人物がいるとすれば、それは目の間にいるアルス様だけで。
(……まぁ、アルス様が気にしていないのなら、問題はないのかもしれないけれど)
屋敷全体の掃除を済ませた私は日課の家事をこなしつつ状態の維持に努め、追加で書類の整理の手伝いなどもさせてもらっていた。
「スターチス、ちょっといいか」
「はい、なんでございましょうか」
時刻はそろそろ昼を回ろうかといった頃合い。
「今日はレストランを予約している。昼食の用意は不要だ」
丁度今から準備をようかと思っていた所に、その事を見越してかアルス様からお声が掛かる。
「了解致しました。ごゆるりとお楽しみくださいませ」
これまでありそうでなかった外食の申し出。
役職上付き合いも多いであろうから、むしろ今まで私に気を使っていたのかもしれない。
そんなことは気にせずともよいですよ、という気持ちも込めて深々と頭を下げる。
「……」
「……?」
一向に動くことのない気配に疑問を覚え顔を上げてみると、腕を組みながら少し呆れ気味の顔をしたアルス様と目が合った。
「……何をしている? お前も行くんだぞ」
「え?」
「以前に話をしただろう。街にでも食べに行って比べてみるか、と」
「ええと……」
確かにそんな感じの話をされていたような記憶はあるが、私も一緒に行くという話だっただろうか。
「急ぐぞ。予約の時間を過ぎてしまう」
「えっ、あっ……はい、すぐに参ります」
この格好のままレストランへ行くのは正直憚られるが、かといってアルス様の急ぎぶりから着替えている時間もないように思えて。
結局、髪を少し整えただけでほぼ着の身着のままで向かうことになってしまった。
「混んでいますね」
「今一番人気の店らしいからな」
珍しく馬車を使い、いつもの街ではなく王都へと続く道を行き。
私はアルス様に導かれるまま、目的の店へとたどり着いた。
「ご予約のお客様ですか?」
「あぁ、二名で予約したアルスというものだが」
いかにも高級感の溢れる内装の店で、そのまま中へと通されないところを見るに完全予約制なのだろう。
「お連れ様は後からいらっしゃられるのですか?」
「……この状況で二人と言って、理解出来ないのか」
装いを考えれば、この受付の対応は何も間違っていない。
まさか使用人の服を着た人物がお連れ様だとは夢にも思わないだろう。
「し、失礼いたしましたっ。こちらへどうぞっ」
だから睨むのはやめてあげてください、アルス様。
王都の側ということもあって、店内は中流から上流の貴族ばかりがくつろいでいて。
いくら造りが上等なものとはいえ、どうみても使用人としか思えない格好の私の存在は明らかに浮いている。
下手をすれば店員に間違われてもおかしくはないだろう。
今この場で私のことを気にしていない人物がいるとすれば、それは目の間にいるアルス様だけで。
(……まぁ、アルス様が気にしていないのなら、問題はないのかもしれないけれど)
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