元令嬢は有能メイド ~今さら帰って来いと言われても困ります~

ハナミツキ

文字の大きさ
上 下
17 / 19

17 主からの誘い

しおりを挟む
 それからしばらくの日々は、これまでが嘘のように平穏そのもので。
 屋敷全体の掃除を済ませた私は日課の家事をこなしつつ状態の維持に努め、追加で書類の整理の手伝いなどもさせてもらっていた。

「スターチス、ちょっといいか」

「はい、なんでございましょうか」

 時刻はそろそろ昼を回ろうかといった頃合い。

「今日はレストランを予約している。昼食の用意は不要だ」

 丁度今から準備をようかと思っていた所に、その事を見越してかアルス様からお声が掛かる。

「了解致しました。ごゆるりとお楽しみくださいませ」

 これまでありそうでなかった外食の申し出。
 役職上付き合いも多いであろうから、むしろ今まで私に気を使っていたのかもしれない。
 そんなことは気にせずともよいですよ、という気持ちも込めて深々と頭を下げる。

「……」

「……?」

 一向に動くことのない気配に疑問を覚え顔を上げてみると、腕を組みながら少し呆れ気味の顔をしたアルス様と目が合った。

「……何をしている? お前も行くんだぞ」

「え?」

「以前に話をしただろう。街にでも食べに行って比べてみるか、と」

「ええと……」

 確かにそんな感じの話をされていたような記憶はあるが、私も一緒に行くという話だっただろうか。

「急ぐぞ。予約の時間を過ぎてしまう」

「えっ、あっ……はい、すぐに参ります」

 この格好のままレストランへ行くのは正直憚られるが、かといってアルス様の急ぎぶりから着替えている時間もないように思えて。
 結局、髪を少し整えただけでほぼ着の身着のままで向かうことになってしまった。

「混んでいますね」

「今一番人気の店らしいからな」

 珍しく馬車を使い、いつもの街ではなく王都へと続く道を行き。
 私はアルス様に導かれるまま、目的の店へとたどり着いた。

「ご予約のお客様ですか?」

「あぁ、二名で予約したアルスというものだが」

 いかにも高級感の溢れる内装の店で、そのまま中へと通されないところを見るに完全予約制なのだろう。

「お連れ様は後からいらっしゃられるのですか?」

「……この状況で二人と言って、理解出来ないのか」

 装いを考えれば、この受付の対応は何も間違っていない。
 まさか使用人の服を着た人物がお連れ様だとは夢にも思わないだろう。

「し、失礼いたしましたっ。こちらへどうぞっ」

 だから睨むのはやめてあげてください、アルス様。
 王都の側ということもあって、店内は中流から上流の貴族ばかりがくつろいでいて。
 いくら造りが上等なものとはいえ、どうみても使用人としか思えない格好の私の存在は明らかに浮いている。
 下手をすれば店員に間違われてもおかしくはないだろう。
 今この場で私のことを気にしていない人物がいるとすれば、それは目の間にいるアルス様だけで。
 
(……まぁ、アルス様が気にしていないのなら、問題はないのかもしれないけれど)
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】己の行動を振り返った悪役令嬢、猛省したのでやり直します!

みなと
恋愛
「思い出した…」 稀代の悪女と呼ばれた公爵家令嬢。 だが、彼女は思い出してしまった。前世の己の行いの数々を。 そして、殺されてしまったことも。 「そうはなりたくないわね。まずは王太子殿下との婚約解消からいたしましょうか」 冷静に前世を思い返して、己の悪行に頭を抱えてしまうナディスであったが、とりあえず出来ることから一つずつ前世と行動を変えようと決意。 その結果はいかに?! ※小説家になろうでも公開中

完結)余りもの同士、仲よくしましょう

オリハルコン陸
恋愛
婚約者に振られた。 「運命の人」に出会ってしまったのだと。 正式な書状により婚約は解消された…。 婚約者に振られた女が、同じく婚約者に振られた男と婚約して幸せになるお話。 ◇ ◇ ◇ (ほとんど本編に出てこない)登場人物名 ミシュリア(ミシュ): 主人公 ジェイソン・オーキッド(ジェイ): 主人公の新しい婚約者

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!

白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。 婚約者ではないのに、です。 それに、いじめた記憶も一切ありません。 私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。 第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。 カクヨムにも掲載しております。

「悪女」だそうなので、婚約破棄されましたが、ありがとう!第二の人生をはじめたいと思います!

あなはにす
恋愛
 なんでも、わがままな伯爵令息の婚約者に合わせて過ごしていた男爵令嬢、ティア。ある日、学園で公衆の面前で、した覚えのない悪行を糾弾されて、婚約破棄を叫ばれる。しかし、なんでも、婚約者に合わせていたティアはこれからは、好きにしたい!と、思うが、両親から言われたことは、ただ、次の婚約を取り付けるということだけだった。  学校では、醜聞が広まり、ひとけのないところにいたティアの前に現れた、この国の第一王子は、なぜか自分のことを知っていて……?  婚約破棄から始まるシンデレラストーリー!

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

この愛だけは運命で永遠だから

黒彩セイナ
恋愛
旧華族、安斎家の当主の娘である椿は、妾の子であることから、一族から蔑まれて生きてきった。そんなある雨の日、一人の男性に傘を差し出すと、いきなりキスをされる。戸惑う椿。それから十年の歳月が流れる__。 十年後、椿は大手貿易商会社の営業事務として働き始めるも、会社の上司で、御曹司の隼人に政略結婚を持ちかけられる。一族からの解放を望んでいた椿。何より病気の母を助けるためにも、椿は隼人の求婚を受け入れるが……? 〜人物紹介〜 伊藤椿(いとうつばき)二十四歳 旧華族、安斎家の令嬢。 大手貿易商会社、宝月貿易、営業課所属 病気の母を支える。芯が強い。 宝月隼人(ほうづきはやと)二十八歳 大企業、宝月ホールディングスの次期総帥 傘下である宝月貿易の副社長 無口でクール、ときどき甘い? 望月紫(もちづきゆかり)三十三歳 大病院、望月医科大学病院の御曹司 隼人の幼馴染で、腕の良い外科医 爽やかな好青年

芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。

ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。 そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。 しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。

処理中です...