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第一章 街
八話
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夕食を終えたのち、後片付けを終えたあなたは湯船に浸かっていた。少し警戒しながら入口の方を注視していたあなただったが、今回はめいが乱入してくることは無かった。
前回あんな風になった上に先程の事もあったので、流石に一緒に入るのを止めたのだろうか。何事も無く入浴を終えたあなたは、適当に髪を乾かすと風呂場を後にした。
風呂場に現れなかっためいの事を考えながら廊下を歩いていると、ふと昨日風呂場で見ためいの姿と、先程見た白布を思い出してしまった。
変に意識をしてしまうと、めいの顔をまともに見れる気がしない、と思ったあなたは自分の頭の中にほんの少し浮かんでしまった邪念をぶんぶんと振ることで追い出した。
「――」
ふと何かの視線を感じたあなたは、ちょうどあの夢でボールを蹴りこんだあたりの茂みの方を見る。確かに視線を感じたはずなのだが、そこには誰の姿も無く。
見えない何かでもいるのではないか、と目を凝らしたあなたの視界の端で短い黒髪が揺れる。あなたに気付かず、めいはそのままとてとてと浴室の方へと歩いて行ってしまった。恐らく、まだ湯が温かいうちに入浴するつもりなのだろう。再び浮かびそうになった邪念を頭を小突く事で振り払い、あなたは再び茂みを見た。
しかし、確かに感じた誰かの視線は既に消え去り、なんの変哲もない茂みがあるだけだった。変な事を考えていたせいで、誰かに見られでもしているのではないかと神経過敏になり過ぎていたのかもしれない。これ以上おかしな事を考えてしまう前に早く寝てしまった方がいいだろう。あなたは自分で布団を用意すると、そのまま横になった。
その日の夢はいつもと違い、子供の頃のあなたの姿が無かった。それどころか夢の中だと言うのに誰もおらず、あなたは駄菓子屋の中でポツンと一人座っていた。
誰かいないか探して回ろうかと思ったのだが、あなたの足はその場で釘付けにされているかのように微動だにしない。
「――」
ふと視線を感じたあなたは、体を動かさなくても見ることの出来る玄関の方へ視界を動かした。
「――――」
物言わぬ影はゆっくり、ゆっくりとあなたの方へと近づいてきた。以前見た時は子供のあなたより小さいほどであったはずだが、今はめいの背丈を少し越すほどの大きさになっている。
影が一歩、一歩と近づくたびにあなたの中で何か蠢いてるような不快感が込み上げ始めた。何とかその不快感から逃れようと体に力を込めるが、あなたの意思に反して体はピクリとも動かない。そんな間にも影は店内を真っ直ぐ、あなたの方へと進んでくる。
半分ほど進んだところで、影の動きがピタリと止まった。止まった、と言うよりは止められた、と言った方が正しそうな不自然な止まり方だ。
「――」
あなたの背中の方で、誰かが何かを言った気がした。いや、誰かではない。
あなたへ向けられたその声を、あなたは確かに知っている。体は依然として言う事を聞く気配が無く、振り返りたいという思いだけがあなたの頭をぐるぐると空回りする。
誰かの手が、後ろからあなたの頬に触れた。しわしわで、温かくて、優しい手。もう、夢の中でしか会えない手。
あなたは自分を縛る見えない鎖を引きちぎるように、がむしゃらに腕を伸ばした。
「――様――後――様――――後継人様!」
今度は確かな人の声が聞こえた。あなたの手を優しく握る手は、小さくて、つるつるで、冷たくて。束縛から解放された安堵感が一気にあなたの体を襲い、体が汗だらけのせいかさらに冷たく感じるめいの手をあなたはぎゅっと固く握った。
驚いて離されてしまうかと思ったが、逆にめいはあなたの手にもう片方の手も添えて、優しく包み込んでくれた。
どのぐらいそうしていたのか、めいの手にあなたの体温が移り始めた辺りでめいがそっと手を離した。あなたとしてはもう少しそうしていたかったが、頬が朱に染まりきっためいにそれを言うのは酷と言うものだろう。
あなたは軽い笑みを浮かべながら感謝を述べると、布団から出て立ち上がった。
めいが台所へ行くのを見送ってから、あなたは汗にまみれた肌着を着替え始めた。二日続けて現れた影は、一体何者なのだろうか。ただの偶然であれば楽な話なのであろうが、とてもそうとは思えないあなたは首を捻る。
正直な所、小さい頃の記憶の大半が祖母の物であるため、祖母の隣に常にいたポチの事以外はほとんど記憶にないのが本音である。事実、この家にいたであろうめいの事もすっかり記憶から抜け落ちてしまっていたので、あんな影の事は忘れているのが当たり前と言えるだろう。
しかし、毎晩のように現れて、現れるだけならまだしも害をなされてはたまったものではない。着替え終えたあなたは祖母の座布団の上に座ると、うーんと唸りをあげた。
ポチならば何か知っているのかもしれないと思っていたが、また朝からどこかへ行ってしまったのか姿が見当たらない。とはいえ探し回ろうにも見当が付く筈も無く、とりあえず今は影の件を置いて、めいが奏でる軽快なまな板の音に耳を傾けることにした。
前回あんな風になった上に先程の事もあったので、流石に一緒に入るのを止めたのだろうか。何事も無く入浴を終えたあなたは、適当に髪を乾かすと風呂場を後にした。
風呂場に現れなかっためいの事を考えながら廊下を歩いていると、ふと昨日風呂場で見ためいの姿と、先程見た白布を思い出してしまった。
変に意識をしてしまうと、めいの顔をまともに見れる気がしない、と思ったあなたは自分の頭の中にほんの少し浮かんでしまった邪念をぶんぶんと振ることで追い出した。
「――」
ふと何かの視線を感じたあなたは、ちょうどあの夢でボールを蹴りこんだあたりの茂みの方を見る。確かに視線を感じたはずなのだが、そこには誰の姿も無く。
見えない何かでもいるのではないか、と目を凝らしたあなたの視界の端で短い黒髪が揺れる。あなたに気付かず、めいはそのままとてとてと浴室の方へと歩いて行ってしまった。恐らく、まだ湯が温かいうちに入浴するつもりなのだろう。再び浮かびそうになった邪念を頭を小突く事で振り払い、あなたは再び茂みを見た。
しかし、確かに感じた誰かの視線は既に消え去り、なんの変哲もない茂みがあるだけだった。変な事を考えていたせいで、誰かに見られでもしているのではないかと神経過敏になり過ぎていたのかもしれない。これ以上おかしな事を考えてしまう前に早く寝てしまった方がいいだろう。あなたは自分で布団を用意すると、そのまま横になった。
その日の夢はいつもと違い、子供の頃のあなたの姿が無かった。それどころか夢の中だと言うのに誰もおらず、あなたは駄菓子屋の中でポツンと一人座っていた。
誰かいないか探して回ろうかと思ったのだが、あなたの足はその場で釘付けにされているかのように微動だにしない。
「――」
ふと視線を感じたあなたは、体を動かさなくても見ることの出来る玄関の方へ視界を動かした。
「――――」
物言わぬ影はゆっくり、ゆっくりとあなたの方へと近づいてきた。以前見た時は子供のあなたより小さいほどであったはずだが、今はめいの背丈を少し越すほどの大きさになっている。
影が一歩、一歩と近づくたびにあなたの中で何か蠢いてるような不快感が込み上げ始めた。何とかその不快感から逃れようと体に力を込めるが、あなたの意思に反して体はピクリとも動かない。そんな間にも影は店内を真っ直ぐ、あなたの方へと進んでくる。
半分ほど進んだところで、影の動きがピタリと止まった。止まった、と言うよりは止められた、と言った方が正しそうな不自然な止まり方だ。
「――」
あなたの背中の方で、誰かが何かを言った気がした。いや、誰かではない。
あなたへ向けられたその声を、あなたは確かに知っている。体は依然として言う事を聞く気配が無く、振り返りたいという思いだけがあなたの頭をぐるぐると空回りする。
誰かの手が、後ろからあなたの頬に触れた。しわしわで、温かくて、優しい手。もう、夢の中でしか会えない手。
あなたは自分を縛る見えない鎖を引きちぎるように、がむしゃらに腕を伸ばした。
「――様――後――様――――後継人様!」
今度は確かな人の声が聞こえた。あなたの手を優しく握る手は、小さくて、つるつるで、冷たくて。束縛から解放された安堵感が一気にあなたの体を襲い、体が汗だらけのせいかさらに冷たく感じるめいの手をあなたはぎゅっと固く握った。
驚いて離されてしまうかと思ったが、逆にめいはあなたの手にもう片方の手も添えて、優しく包み込んでくれた。
どのぐらいそうしていたのか、めいの手にあなたの体温が移り始めた辺りでめいがそっと手を離した。あなたとしてはもう少しそうしていたかったが、頬が朱に染まりきっためいにそれを言うのは酷と言うものだろう。
あなたは軽い笑みを浮かべながら感謝を述べると、布団から出て立ち上がった。
めいが台所へ行くのを見送ってから、あなたは汗にまみれた肌着を着替え始めた。二日続けて現れた影は、一体何者なのだろうか。ただの偶然であれば楽な話なのであろうが、とてもそうとは思えないあなたは首を捻る。
正直な所、小さい頃の記憶の大半が祖母の物であるため、祖母の隣に常にいたポチの事以外はほとんど記憶にないのが本音である。事実、この家にいたであろうめいの事もすっかり記憶から抜け落ちてしまっていたので、あんな影の事は忘れているのが当たり前と言えるだろう。
しかし、毎晩のように現れて、現れるだけならまだしも害をなされてはたまったものではない。着替え終えたあなたは祖母の座布団の上に座ると、うーんと唸りをあげた。
ポチならば何か知っているのかもしれないと思っていたが、また朝からどこかへ行ってしまったのか姿が見当たらない。とはいえ探し回ろうにも見当が付く筈も無く、とりあえず今は影の件を置いて、めいが奏でる軽快なまな板の音に耳を傾けることにした。
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