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今日もかわいいでオーバードーズ
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みちるは食べ物の中ではジャムがいっとう好きだった。お砂糖をたっぷり入れて、フルーツを煮詰めたきらきらした食べ物。体の中全部それでいっぱいにしたくって、トーストと同じくらいの厚さのいちごジャムを塗っては母親に叱られていた。
ぐちゃりとトーストを食む。こぼれそうになったジャムを指ですくって口に運ぶ。ぱらぱらと膝に落ちたパンくずを払ってまたかぶりつく。叱るママはもういない。
ゆっくりと食べ終えて、べたべたの皿を流しに置く。空っぽになった瓶も。少しだけ残ったジャムを指でなぞってぺろりと舐める。頭がずきずきするくらいに甘かった。
水を流しっぱなしにしながら冷蔵庫の扉を開ける。残っている瓶は五つ。いちご、りんご、ブルーベリー、あんずにいちじく。マーマレードはしばらく前に買うのをやめた。苦いから。
苦いものはいらない。甘いものだけでいい。
ぶ、と短く携帯が震えた。確認してすぐに送り主をブロックする。苦いものはいらない。大学も行かなくなってしばらく経っていた。
ほう、とため息を吐いて水を止める。みちるは祖母の少し品のあるゆったりとしたため息が好きだった。小さな頃に憧れて真似をしだしてから、気づいたらそのため息の吐き方だけはみちるのものになっていた。ため息を吐くたび自覚するそれは、どんなに苛立っているときも少しだけみちるを満足させた。それでも洗い物をやる気は一気にそげたから、お茶を淹れることにした。
一息つくときのお茶はロシアンティ。とっておきの紅茶にどろどろになるまでジャムを入れる。軋むくらいの甘さにほっとした。今日もあたしは可愛いでいっぱいになっていく。
この部屋には物はあんまりない。最初はありったけのかわいい物を並べていた。だけど埃が積もったり傷がついたりしてるのをみると、一気に熱が冷めてしまうことに気づいて、半年前のゴミの日に、全部まとめて出してしまった。
最後までかわいいだけで死にたい。おばあちゃんがひいおばあちゃんからもらったというビスクドールがふと頭をよぎった。おばあちゃんの寝室の片隅に置かれていたその子は、ぴかぴかのガラスケースの中でいつも静かにほほえんでいた。毎日違うドレスを着て、お姫様みたいに。
頬杖をついてお茶を啜る。今日の服はクローゼットに残った数少ないワンピースだった。それも、裾がほつれてきたから捨てるか迷っているところだ。かわいいものはたくさんあるのに、どれもすぐにダメになってしまう。人間も。
ティースプーンでそこに溜まったジャムを掬って飲んだ。ギイギイと痛む頭に、ほう、とひとつため息を吐いて、みちるは残りわずかな時間を生きている。
ぐちゃりとトーストを食む。こぼれそうになったジャムを指ですくって口に運ぶ。ぱらぱらと膝に落ちたパンくずを払ってまたかぶりつく。叱るママはもういない。
ゆっくりと食べ終えて、べたべたの皿を流しに置く。空っぽになった瓶も。少しだけ残ったジャムを指でなぞってぺろりと舐める。頭がずきずきするくらいに甘かった。
水を流しっぱなしにしながら冷蔵庫の扉を開ける。残っている瓶は五つ。いちご、りんご、ブルーベリー、あんずにいちじく。マーマレードはしばらく前に買うのをやめた。苦いから。
苦いものはいらない。甘いものだけでいい。
ぶ、と短く携帯が震えた。確認してすぐに送り主をブロックする。苦いものはいらない。大学も行かなくなってしばらく経っていた。
ほう、とため息を吐いて水を止める。みちるは祖母の少し品のあるゆったりとしたため息が好きだった。小さな頃に憧れて真似をしだしてから、気づいたらそのため息の吐き方だけはみちるのものになっていた。ため息を吐くたび自覚するそれは、どんなに苛立っているときも少しだけみちるを満足させた。それでも洗い物をやる気は一気にそげたから、お茶を淹れることにした。
一息つくときのお茶はロシアンティ。とっておきの紅茶にどろどろになるまでジャムを入れる。軋むくらいの甘さにほっとした。今日もあたしは可愛いでいっぱいになっていく。
この部屋には物はあんまりない。最初はありったけのかわいい物を並べていた。だけど埃が積もったり傷がついたりしてるのをみると、一気に熱が冷めてしまうことに気づいて、半年前のゴミの日に、全部まとめて出してしまった。
最後までかわいいだけで死にたい。おばあちゃんがひいおばあちゃんからもらったというビスクドールがふと頭をよぎった。おばあちゃんの寝室の片隅に置かれていたその子は、ぴかぴかのガラスケースの中でいつも静かにほほえんでいた。毎日違うドレスを着て、お姫様みたいに。
頬杖をついてお茶を啜る。今日の服はクローゼットに残った数少ないワンピースだった。それも、裾がほつれてきたから捨てるか迷っているところだ。かわいいものはたくさんあるのに、どれもすぐにダメになってしまう。人間も。
ティースプーンでそこに溜まったジャムを掬って飲んだ。ギイギイと痛む頭に、ほう、とひとつため息を吐いて、みちるは残りわずかな時間を生きている。
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