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第六章 冥王招来
6-4a. 襲撃
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ここまで、広い城内をあちこち走り回ってきたために、ティリスは既に肩で息をしていた。
「レオン!」
アシュレイナ姫を連れ出していたレオンが、ふり向く。かと思えば、ティリスを認めた途端にその表情を明るくした。
彼女が無事、元に戻ったようで、レオンは嬉しかったのだ。
ティリスは真っ直ぐレオンに駆け寄ると、はやる気持ちを抑えて姫に礼をした。
「アシュレイナ姫、済みません。失礼します」
姫はわずかに微笑み、頷いただけで、答えなかった。たった今、レオンに本当のことを聞かされて、帰国して欲しいと告げられたところだ。言うべきことは、なかった。
「今日は遅かったんだな。起きないから、心配した」
「オレのことはどうでもいいんだ、それより、おまえ何やってんだよ! ちゃんと護衛つけなきゃだめだろ!」
ティリスが怒り心頭なのに、レオンときたらにやりと笑った。
「おまえがいる。おまえだけでいいぞ」
――は?
何のことかと考えて、思い当たると、がくっときた。
「あほう! 妃じゃないんだから、護衛をオレ一人になんてするなよっ! 他に護衛がいたってオレもちゃんと守るから、馬鹿言ってないで手配するんだ!」
「……いいのか?」
あんなに別の姫を娶るなと、泣いて文句を言ったくせにと、レオンがぶうぶう言う。納得行かないぞと、なじるようにティリスを見る。
こ、こいつの頭はダメだ。わかってねえ。
こいつには、ほんとに一から十まで説明しないとだめなんだったと、悲しいやら、しょーもないやら。
「いいよっ! いいから、急ぐんだ。ロズが、悪意のあるヤツが城内にいるって――」
その時、中庭に聖衣をまとった神官たちが現れて、ティリスはごくりとつばを飲み込んだ。
無意識に、レオンを庇うように立った。
――相手、カムラの方術師だぞ!? オレ、なんで緊張してるんだ。味方だろ? 護衛、頼まなきゃ――
「何か用か? レダス」
「さよう――」
その背後の神官たちが、左右に展開しようとするのを見て取って、瞬間、ティリスは半ば反射的に剣を抜いて叫んでいた。
「レオン、逃げろ! アシュレイナ姫も! ロズのところに早く!」
「何っ!?」
「逃がすか!」
レダスが一声上げたかと思うと、ざっと、武装した神官戦士が幾人も、飛び出してきた。武器を持たない神官たちも、何やら呪文を唱え始める。
「行くんだ! おまえが逃げないとオレが下がれない! 早く!」
散開する敵の姿を目で追いながら、ティリスは全身に、冷たい汗をかいていた。
自分の実力は知っている。
敵の武器はメイス。リーチが長い。そして4人。
同じくリーチの長い武器も扱う兄かカタリーナでないと、さばけない人数だ。
囲まれる前に、逃げるしかない。
「――高骨霊!!」
レオンが死霊術を使う気配に、ティリスはぎょっとした。
「馬鹿、どうして逃げないんだ!」
「南にも回り込まれているのよ!」
アシュレイナ姫が悲鳴に近い声で答えた。
「――くそっ!」
ティリスが持つのは細身の剣だ。メイスは受けられない。
「レオン、剣、貸せ!」
返事も待たずに、レオンが形ばかり帯びる長剣を抜き取ると、両手で構えた。
「――いい剣……だなっ!!」
それでメイスの一閃をどうにか受けると、返す刀で斬りつけた。
一人――
剣が重い。
敵の武器が重い。
訓練なんかとは、使う体力が桁違いだった。
――だめだ、何人ももたない、どうしたら……!
「ティリス、下がれ!」
レオンが鋭い声で指示した。
「――!?」
従って、ティリスは息を呑んだ。
たった今斬り殺した神官戦士の屍から、邪悪に発光する何かが、立ち上がったのだ。
死霊――
禁じ手だったはずだ。
けれど今、父親の禁を破っても、生きようとするのか。
――あるいは、ティリスを守ってくれようと。
「ターン・アンデッド!!」
敵の方術に、レオンが作り出した骸骨兵の何体かが砕けたが、死霊は還らなかった。
「もう、やめろよ! あんたたち方術師だろ!? 何でこんなこと――レオンに死霊術、使わせるようなことするんだ! レオンは、こんな術使いたくないんだ!!」
「黙れ、小童! 皇子で最後――! 皇帝め、9人も子をなしおったが、これで終いだ! 皇子を殺し、皇帝を弑せば、カムラは神の威光を取り戻す!」
「嘘だっ!!」
真っ向から突っぱねて、ティリスは剣を構えてレダスと対峙した。
「レオン!」
アシュレイナ姫を連れ出していたレオンが、ふり向く。かと思えば、ティリスを認めた途端にその表情を明るくした。
彼女が無事、元に戻ったようで、レオンは嬉しかったのだ。
ティリスは真っ直ぐレオンに駆け寄ると、はやる気持ちを抑えて姫に礼をした。
「アシュレイナ姫、済みません。失礼します」
姫はわずかに微笑み、頷いただけで、答えなかった。たった今、レオンに本当のことを聞かされて、帰国して欲しいと告げられたところだ。言うべきことは、なかった。
「今日は遅かったんだな。起きないから、心配した」
「オレのことはどうでもいいんだ、それより、おまえ何やってんだよ! ちゃんと護衛つけなきゃだめだろ!」
ティリスが怒り心頭なのに、レオンときたらにやりと笑った。
「おまえがいる。おまえだけでいいぞ」
――は?
何のことかと考えて、思い当たると、がくっときた。
「あほう! 妃じゃないんだから、護衛をオレ一人になんてするなよっ! 他に護衛がいたってオレもちゃんと守るから、馬鹿言ってないで手配するんだ!」
「……いいのか?」
あんなに別の姫を娶るなと、泣いて文句を言ったくせにと、レオンがぶうぶう言う。納得行かないぞと、なじるようにティリスを見る。
こ、こいつの頭はダメだ。わかってねえ。
こいつには、ほんとに一から十まで説明しないとだめなんだったと、悲しいやら、しょーもないやら。
「いいよっ! いいから、急ぐんだ。ロズが、悪意のあるヤツが城内にいるって――」
その時、中庭に聖衣をまとった神官たちが現れて、ティリスはごくりとつばを飲み込んだ。
無意識に、レオンを庇うように立った。
――相手、カムラの方術師だぞ!? オレ、なんで緊張してるんだ。味方だろ? 護衛、頼まなきゃ――
「何か用か? レダス」
「さよう――」
その背後の神官たちが、左右に展開しようとするのを見て取って、瞬間、ティリスは半ば反射的に剣を抜いて叫んでいた。
「レオン、逃げろ! アシュレイナ姫も! ロズのところに早く!」
「何っ!?」
「逃がすか!」
レダスが一声上げたかと思うと、ざっと、武装した神官戦士が幾人も、飛び出してきた。武器を持たない神官たちも、何やら呪文を唱え始める。
「行くんだ! おまえが逃げないとオレが下がれない! 早く!」
散開する敵の姿を目で追いながら、ティリスは全身に、冷たい汗をかいていた。
自分の実力は知っている。
敵の武器はメイス。リーチが長い。そして4人。
同じくリーチの長い武器も扱う兄かカタリーナでないと、さばけない人数だ。
囲まれる前に、逃げるしかない。
「――高骨霊!!」
レオンが死霊術を使う気配に、ティリスはぎょっとした。
「馬鹿、どうして逃げないんだ!」
「南にも回り込まれているのよ!」
アシュレイナ姫が悲鳴に近い声で答えた。
「――くそっ!」
ティリスが持つのは細身の剣だ。メイスは受けられない。
「レオン、剣、貸せ!」
返事も待たずに、レオンが形ばかり帯びる長剣を抜き取ると、両手で構えた。
「――いい剣……だなっ!!」
それでメイスの一閃をどうにか受けると、返す刀で斬りつけた。
一人――
剣が重い。
敵の武器が重い。
訓練なんかとは、使う体力が桁違いだった。
――だめだ、何人ももたない、どうしたら……!
「ティリス、下がれ!」
レオンが鋭い声で指示した。
「――!?」
従って、ティリスは息を呑んだ。
たった今斬り殺した神官戦士の屍から、邪悪に発光する何かが、立ち上がったのだ。
死霊――
禁じ手だったはずだ。
けれど今、父親の禁を破っても、生きようとするのか。
――あるいは、ティリスを守ってくれようと。
「ターン・アンデッド!!」
敵の方術に、レオンが作り出した骸骨兵の何体かが砕けたが、死霊は還らなかった。
「もう、やめろよ! あんたたち方術師だろ!? 何でこんなこと――レオンに死霊術、使わせるようなことするんだ! レオンは、こんな術使いたくないんだ!!」
「黙れ、小童! 皇子で最後――! 皇帝め、9人も子をなしおったが、これで終いだ! 皇子を殺し、皇帝を弑せば、カムラは神の威光を取り戻す!」
「嘘だっ!!」
真っ向から突っぱねて、ティリスは剣を構えてレダスと対峙した。
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