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砂の夜明け
Aube.01 砂の国からの略奪者
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「許さない」
真っ青な顔をしたシェーンが割り込んだ。
「サリ、君はよくも、シルクの身がどうなるかわからないことを――」
食ってかかるシェーンに、サリは麗しく微笑むと、柳のような風雅さで、身を翻した。
「シェーン、心配なら、君が守ってあげるといい。彼女は彼女の意思で砂に赴く。それが、私たちの定めだ。――もっとも、私自身は砂を見捨てることを選んだ。彼女にも、強いる気はないけれどね。シルクが、私と同じ卑怯者になることを望むなら、彼女が砂にさらわれないよう、守りもしよう」
「――!」
その、サリがシェーンに告げた言葉に、シルクは正直なところ、心が揺れた。卑怯者は嫌いだけれど、サリと同じなら一度くらい――
サリに守ってもらえる機会なんて、きっと、二度とない。そんな、不謹慎かもしれない乙女心が、むくむく、膨らみかけた時だった。
「あっ」
無言のまま、エヴァディザードが強くシルクの腕をつかみ、歩き出した。
「待っ……!」
ようやく、シルクは恐怖を思い出した。
何か、取り返しのつかないことになるような、引き返せなくなるような、予感。
抗おうとしたシルクの耳元に、エヴァディザードが低く、底冷えするような冷酷さで、囁きを落とした。
「おとなしくしていろ」
死を見たくなければ、と。
シルクはぞくりとして、エヴァディザードを凝視した。
声が、出ない――
視界の隅で、追おうとしたシェーンをサリが止めたのには気付いた。
頭に、血が昇りすぎているのだ。今のシェーンでは、エヴァディザードにいつ、命を絶たれてもおかしくない。シェーンと対峙した時のエヴァディザードの瞳は、獲物を食い殺す、獰猛な豹かのようだった。シェーンの命を絶つことに、一片のためらいすら、持ち合わせていないかのようだった。
無言のままのエヴァディザードに、シルクは城の奥の一室へと連れ込まれた。
「――どういう、つもりなんだっ!」
エヴァディザードが扉を閉める間に、シルクはスラリと腰の細剣を抜き、彼に突きつけた。
カタカタと、全身が小刻みに震えて、邪魔をした。それでも、気丈に睨みつけるシルクの様子に、エヴァディザードがふっと笑みをこぼした。
「貴女を、――地獄へ――」
「なっ……!」
突きつけられた細剣に構わず、エヴァディザードが間合いを詰めようとした。
「ち、近付かないで!!」
エヴァディザードは止まらなかった。微笑みさえ、湛えたまま。
恐怖に、シルクは無我夢中で突きかかった。急所こそ狙わなかったけれど、本気で刺すつもりで、細剣を突き出したから。
その細剣を、エヴァディザードの鋭い手刀に叩き落とされたことが、シルクには数呼吸の間、理解できなかった。
石の床に弾かれた細剣の、甲高い金属音だけが、音高く鳴り響く。
エヴァディザードに強く腕をつかまれ、シルクはとっさに叫ぼうとして、試合の時されたように、あえなく唇を重ねられた。
「――っ!」
懸命に抗うも、エヴァディザードに押さえつけられた身は、びくともしなかった。
「んっ! んーーっ!!」
濡れた舌を挿されると、シルクはびくりと身を震わせて、涙さえ落として、身を硬くした。
「……うっ……」
「あなたを賭けた試合に、あなたは負けたのに、私にあなたを差し出さないな」
「そんなっ、冗談だって、エヴァ言ったじゃないか!」
エヴァディザードはくすくす笑って窓枠にかけると、おいでと、シルクを手招いた。
「だ、誰がおまえの言うこと聞くかぁ!」
「聞け」
ぐっと、啖呵に詰まって、シルクはこぶしを握りしめた。
なん、なんだ。なんで、ぼく、言うこと聞きたくなるんだ。エヴァ、この性格でかっこいいの反則だろ!?
「シルフィランキシィ皇女、あなたをさらうと言ったのは本気だ。公の場でああいうことがあった以上、身分柄、なかったことにもできないはず。あなたが私に従えば、他の者には手を出さないと約束する」
「くそっ……、どこが、砂の剣士は高潔だよ! 極悪非道じゃないか!」
怒りに任せて罵倒したのに、エヴァディザードときたら、声を立てて笑った。
「はっ、はははっ! 人の噂など信じるからだ。くくっ、はははっ!」
笑いすぎ! 超ムカツク! ここ、笑うとこじゃないだろ!? 絶対、笑いすぎだから!!
「生涯、あなた一人しか愛さないとか、そういう約束もしてもいい。砂に入るまででいい。私に従え。あなたを無理に砂に連れようとすれば、追っ手がかかる。あなたを守ろうとする者を、あまり、手にかけたくない。あなたが国に帰りたい時には、私を暗殺すればあなたは自由だ。――できるなら、の話だが」
「な、何言って……!」
トンと、エヴァディザードが窓枠を降り、すれ違いざま、動揺していたシルクをたやすく腕にとらえた。
「皇女、返事を」
真っ青な顔をしたシェーンが割り込んだ。
「サリ、君はよくも、シルクの身がどうなるかわからないことを――」
食ってかかるシェーンに、サリは麗しく微笑むと、柳のような風雅さで、身を翻した。
「シェーン、心配なら、君が守ってあげるといい。彼女は彼女の意思で砂に赴く。それが、私たちの定めだ。――もっとも、私自身は砂を見捨てることを選んだ。彼女にも、強いる気はないけれどね。シルクが、私と同じ卑怯者になることを望むなら、彼女が砂にさらわれないよう、守りもしよう」
「――!」
その、サリがシェーンに告げた言葉に、シルクは正直なところ、心が揺れた。卑怯者は嫌いだけれど、サリと同じなら一度くらい――
サリに守ってもらえる機会なんて、きっと、二度とない。そんな、不謹慎かもしれない乙女心が、むくむく、膨らみかけた時だった。
「あっ」
無言のまま、エヴァディザードが強くシルクの腕をつかみ、歩き出した。
「待っ……!」
ようやく、シルクは恐怖を思い出した。
何か、取り返しのつかないことになるような、引き返せなくなるような、予感。
抗おうとしたシルクの耳元に、エヴァディザードが低く、底冷えするような冷酷さで、囁きを落とした。
「おとなしくしていろ」
死を見たくなければ、と。
シルクはぞくりとして、エヴァディザードを凝視した。
声が、出ない――
視界の隅で、追おうとしたシェーンをサリが止めたのには気付いた。
頭に、血が昇りすぎているのだ。今のシェーンでは、エヴァディザードにいつ、命を絶たれてもおかしくない。シェーンと対峙した時のエヴァディザードの瞳は、獲物を食い殺す、獰猛な豹かのようだった。シェーンの命を絶つことに、一片のためらいすら、持ち合わせていないかのようだった。
無言のままのエヴァディザードに、シルクは城の奥の一室へと連れ込まれた。
「――どういう、つもりなんだっ!」
エヴァディザードが扉を閉める間に、シルクはスラリと腰の細剣を抜き、彼に突きつけた。
カタカタと、全身が小刻みに震えて、邪魔をした。それでも、気丈に睨みつけるシルクの様子に、エヴァディザードがふっと笑みをこぼした。
「貴女を、――地獄へ――」
「なっ……!」
突きつけられた細剣に構わず、エヴァディザードが間合いを詰めようとした。
「ち、近付かないで!!」
エヴァディザードは止まらなかった。微笑みさえ、湛えたまま。
恐怖に、シルクは無我夢中で突きかかった。急所こそ狙わなかったけれど、本気で刺すつもりで、細剣を突き出したから。
その細剣を、エヴァディザードの鋭い手刀に叩き落とされたことが、シルクには数呼吸の間、理解できなかった。
石の床に弾かれた細剣の、甲高い金属音だけが、音高く鳴り響く。
エヴァディザードに強く腕をつかまれ、シルクはとっさに叫ぼうとして、試合の時されたように、あえなく唇を重ねられた。
「――っ!」
懸命に抗うも、エヴァディザードに押さえつけられた身は、びくともしなかった。
「んっ! んーーっ!!」
濡れた舌を挿されると、シルクはびくりと身を震わせて、涙さえ落として、身を硬くした。
「……うっ……」
「あなたを賭けた試合に、あなたは負けたのに、私にあなたを差し出さないな」
「そんなっ、冗談だって、エヴァ言ったじゃないか!」
エヴァディザードはくすくす笑って窓枠にかけると、おいでと、シルクを手招いた。
「だ、誰がおまえの言うこと聞くかぁ!」
「聞け」
ぐっと、啖呵に詰まって、シルクはこぶしを握りしめた。
なん、なんだ。なんで、ぼく、言うこと聞きたくなるんだ。エヴァ、この性格でかっこいいの反則だろ!?
「シルフィランキシィ皇女、あなたをさらうと言ったのは本気だ。公の場でああいうことがあった以上、身分柄、なかったことにもできないはず。あなたが私に従えば、他の者には手を出さないと約束する」
「くそっ……、どこが、砂の剣士は高潔だよ! 極悪非道じゃないか!」
怒りに任せて罵倒したのに、エヴァディザードときたら、声を立てて笑った。
「はっ、はははっ! 人の噂など信じるからだ。くくっ、はははっ!」
笑いすぎ! 超ムカツク! ここ、笑うとこじゃないだろ!? 絶対、笑いすぎだから!!
「生涯、あなた一人しか愛さないとか、そういう約束もしてもいい。砂に入るまででいい。私に従え。あなたを無理に砂に連れようとすれば、追っ手がかかる。あなたを守ろうとする者を、あまり、手にかけたくない。あなたが国に帰りたい時には、私を暗殺すればあなたは自由だ。――できるなら、の話だが」
「な、何言って……!」
トンと、エヴァディザードが窓枠を降り、すれ違いざま、動揺していたシルクをたやすく腕にとらえた。
「皇女、返事を」
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