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第四章 叶わない願いはないと信じてる

第99話 悪魔に負けない僕だから

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 僕の手の中で、血まみれになってこときれようとしていたデゼル。
 あんな思いは、二度としたくないんだよ。

 でも、僕はきっと、あと一週間、優しい時を過ごしても。
 あと一か月、優しい時を過ごしても。
 まだ、足りないって。
 あと一週間だけ、あと一か月だけって、同じことを願い続けるんだ。
 十年、デゼルと過ごしてきて足りないのに、あと一週間で足りるはずがないよ。
 毎日のように、エトランジュがとっても可愛いことや、おかしなことをするから、デゼル見て、デゼル聞いて、エトランジュが! エトランジュがたいへんだよ! そうやって、デゼルと一緒に笑ったり、驚いたり、慌てたり。
 エトランジュが誰か素敵な人のお嫁さんになって、幸せになれるまで、僕が守ってあげなくちゃって、僕一人じゃなくて、デゼルと一緒に守りたいって――
 強すぎる、この想い。僕の願い。

 ケイナ様はこの悪魔に負けたんだね。
 誰よりも大切な、大好きな人を失うのは、こんなにも怖いんだ。
 もう二度と、永遠に会えなくなるのは、こんなにも寂しいんだ。
 この悪魔、なんて強いんだろう。

 ケイナ様だって、その手であの子を殺したわけじゃない。
 あの子の命を救える道には、大切な人を失うリスクが伴った。
 だから、その道をやり過ごしてしまっただけなんだ。
 僕が今、あと一週間だけって願っているように。

 ――でも。

 僕は望んで闇主になったんだ。
 ガゼル様を押しのけてまで、望んで、たくさんの人を救える力を手に入れたんだ。
 最初から――
 最初から、僕は知っていた。選んでいた。
 デゼルが僕をサイファ『様』って呼ぶようになった、遠いあの日から。
 悪魔に負けない僕だから、デゼルの闇主に選ばれたんだ。
 みんなを見捨てて逃げようなんて、僕達二人が助かればそれでいいなんて、あの頃の僕なら、絶対に言わなかった。

 十年かけて結んだ絆。
 エトランジュは十年かけて手に入れた、芽吹いたばかりの、僕達の幸せの双葉――
 失いたくないものがあると、人はこんなにも、臆病になってしまうんだね。

 生まれる前からネプチューン様を想っていたケイナ様は、どんなに、悲しかっただろう。寂しかっただろう。
 命を懸けて貫いた恋なのに、生まれ変わってもう一度、出会えた時には。
 ネプチューン様は別の女性を愛していたんだ。
 それって、どれほどの絶望だっただろう。
 僕がこの手でデゼルを殺してしまうほどの絶望?
 だから、そうさせようとしたの?
 デゼルがユリシーズの無惨な火傷を癒したことは、ケイナ様にとっては余計なことだったんだね。
 それでも僕は、悪いのはユリシーズを癒したデゼルじゃなくて、十歳のデゼルにまで手を出して、災禍の種をばらまいているかのような、ネプチューン様だと思うんだけど。ネプチューン様のやり方じゃ、周り中の人が争い始めてしまうよ。
 デゼルが預かる近衛隊と衛兵隊も、随分、引っ掻き回されて、指揮系統をきちんと掌握するのはすごく大変だったんだ。
 恋は盲目なものなんだって、近衛副隊長が言ってたけど。
 ケイナ様の気持ちは悲しみと寂しさのあまり、ごちゃごちゃになってしまっているのかもしれないね。

 そんなことを、考えて、考えて。
 僕はやがて、嘆息して、かぶりをふった。

 僕、しっかりしなくちゃ。
 ネプチューン様が全然しっかりして下さらない分まで、僕とデゼルがケイナ様を支えてあげるしかないよね。

「――わかった。待ってて、ユリシーズから、返してもらってくるから」

 僕は随分、覚悟を決めるのに時間をかけてしまったのに。
 デゼルが何の屈託もなく、僕に感謝して、微笑みかけてくれたから。
 僕も自然に、微笑み返してあげられた。

 デゼルは、僕を危険な目に遭わせる覚悟をしたんだ。
 僕も、デゼルを危険な目に遭わせる覚悟をしたよ。

 だって、やっぱり。
 この道が一番、エトランジュを幸せにしてあげられそうだから。
 見知らぬ誰かのために命を懸けない道の先は、たぶん、運命そのままの結末なんだ。

 それにね。

 七年前までの僕になら、できていた覚悟なんだ。
 今さら、できなくなったなんて、カッコ悪いよ。
 僕はいつまでも、デゼルの素敵な闇主でいたい。

 あ、でも――
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