サイファ ~少年と舞い降りた天使~

冴條玲

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第四章 叶わない願いはないと信じてる

第91話 悪役令嬢は町人Sにも悪役令嬢Yにも叱られる

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「デゼル! デゼル!」

 デゼルが死んでしまうと思って、僕は半狂乱になって、デゼルを抱き締めてた。
 癒術ヒールはしたけど、抱き締めるよりも神癒術リザレクションをかけるべきなのに。
 こんなに動揺していたんじゃ、神癒術リザレクションなんてかけられないんだ。

「デゼル!!」

 うっすらとデゼルが目を開けてくれたら、僕にはもう、涙を止めることさえできなくなった。

「サイファ様」
「ごめん、こんな……!」
「私…は……大丈…夫……サイファ様、泣かないで……ヒール、あり…がとう……」

 大丈夫じゃないよ!
 いつだって、デゼルの大丈夫は、何にも大丈夫じゃない。

戦術アテナ【Lv2】」

 僕の腕の中、真っ青な顔で震えながら、デゼルが魔法を使う。
 何をしてるのかわからないけど、今、必要なのは水神のはずなのに――

忘却レーテー

 僕、カっとしてしまった。
 よりによって、レーテーを優先って!

「デゼル、それ、記憶を消す魔法だよね? 僕の記憶を消すつもりなの」
「え……」

 いつも、いつも、デゼルは僕を庇うんだ。
 僕はデゼルに僕を守って欲しいんじゃない。
 僕がデゼルを守ってあげたいのに。

「やめて、デゼル。それをされたら、僕はケイナを警戒できない。二度と、僕にこんな真似をさせないで」
「……」

 デゼルには、エトランジュを守って欲しいんだ。
 爆発してしまいそう。

「わかった。でも、忘却レーテー【Lv9】は呪いの除去だから。私にも、災禍の呪いがかかっているの。忘却レーテー【Lv9】――ターゲット・デゼル」

 そうか……。
 僕はケイナに呪いをかけられて、さっき、デゼルが除去してくれたんだ。
 デゼルにどんな呪いがかかっていたのかわからないけど、そうだね。
 水神よりも、呪いの除去が先って、おかしくない。
 だって、僕にデゼルを殺す呪いがかけられていたなら、デゼルにはエトランジュを殺す呪いがかけられていたって、おかしくないんだ。

 僕、頭を冷やさなくちゃ――

「ケイナは、あの人は、本当に聖女なの?」
「あのね」

 こんなにも残酷な呪いをかける人が聖女なら、僕はデゼルを闇の聖女だなんて呼ばれたくない。
 聖女って、心が強くて優しい女の人のことだと思ってたのに、本当は、いったいどんな女の人のことなの。

「京奈は本当に聖女様だけど、エリス様の呪いを受けてた」

 僕は息を呑んでデゼルを見た。
 そうだ、エリスレベル9って。
 ケイナ様は確かに、エリス様の御名を宣言した。

「今の京奈は、エリス様のあやつり人形なんだと思う……助けてあげなくちゃ……」

 僕はもう、いつもみたいには、デゼルに従えなかった。
 十六歳の誕生日にデゼルからもらった月齢の首飾りを外すと、カチャリと、透明に澄んだ音がした。

「ユリシーズ、この首飾りをしばらく、預かってもらいたいんだ」
「駄目よ! サイファ様、どうして外すの!?」

 僕はキっとデゼルを睨んだ。

「僕がこの首飾りをしていたら、デゼルが命を大切にしない」
「わかった、預かるわ」
「やめて!」

 パシン!
 強く、デゼルの頬を叩いた僕の頬を、涙が一筋、伝い落ちた。

「サイファ様……」
「どうして、そんなに必死なの。デゼル、やっぱり君は、僕を置き去りに死ぬつもりなんじゃないか!」

 生きていれば、僕とエトランジュの傍にいられるのに、死んでしまったら、二度とふれあえないのに。
 デゼルは、死にたくないと思ってくれない。
 僕は生きていたい。
 デゼルとエトランジュにも、そう思って欲しいのに。
 そんなのは、僕のわがままだとデゼルは言うの。

「サイファの言う通りね、デゼル。あなた、少しはサイファの身になって考えたらどうなの? ケイナの呪いを受けたのがあなたで、その手でサイファを刺し殺してしまったら、あなたはどんな気持ちになるのよ」
「……そ…れは……でも……!」
「あなたは甘いのよ、助けてあげなくちゃ? そんなことを言っている場合なの!?」
「え……」
「ケイナにいつ、ネプチューンを殺されるかわからない私がどんな思いをしていると思うの? 今、あなたがしている思いよ!」

 僕も、デゼルも。
 それぞれ、ユリシーズの言葉に別のショックを受けた。
 デゼルは僕が殺されると思って、僕を失いたくないから庇うんだ。
 僕、考え違いをしてた。
 僕、そんな当たり前のこと、ユリシーズの言葉を聞くまで気がつかなかったなんて。
 デゼルが死んでしまったら僕の傍にいられなくなるのにと思ったけど、僕が死んでしまっても、デゼルが僕の傍にいられなくなるのは同じなんだ。
 僕が、間違ってたのかもしれない。
 でも――
 謝りたくない。
 たとえ、僕を失いたくない一心だとしても、命を大切にしないデゼルを許したくない。

「デゼル、ケイナを助けようとしてもいい。だけど、デゼルの命を後回しにするのは許さない。デゼルの命も大切にしながら、助けてあげよう?」
「サイファ様……」

 デゼルに酷いことをしてしまったのに、わがままばかり言って。
 デゼルの額と唇にそっとキス、させてもらえないかと思ったけど、させてくれた。

「ごめんね、僕はいつも、デゼルを守れなくて」
「そんな!」
「エリス様の呪いを受けているんじゃ、ケイナもつらいだろうね」

 うん、うんって、デゼルが何度も、僕にうなずいた。
 エリス様の呪いを受けて、死ぬよりつらい目に遭ったデゼルだから。
 ケイナ様も、デゼルのような目に遭って、あんな風になってしまわれたなら――
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