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第三章 闇を彷徨う心を癒したい

第75話 悪役令嬢は町人Sにおしおきされる

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 デゼルはそれからも、しばらく、衰弱が続いた。
 水神の奥義で身体を癒しただけじゃなく、新しく授かった忘却レーテーの魔法で、グノースでの記憶も抹消したのに。
 それでも、デゼルが高熱を出しては倒れてしまうことを繰り返すのは。

「サイファ様、どうして――? 穢され尽くしたあげく、私はこの手を血に染めた、みんなに石を投げられる魔女だよ。傍にいたら、サイファ様も悪く言われて傷つけられるよ」

 聞かせたくなかったのに。
 外に出れば、本当に石を投げてくる人達がいるんだ。
 たとえ、宮殿にひきこもって、心ない人達の声を聞かなくてさえ、聖女であるデゼルには届いてしまう。

「それなのに、どうして、見捨てないの? サイファ様、私の傍にいたら、幸せになれないよ……」

 一緒にいたら僕を傷つけると誤解して、僕を諦めようとするデゼルに、どうしたら、僕はデゼルがいてくれて幸せだよってこと、信じてもらえるだろう。
 一人、闇神殿で眠ったあの夜。

“ 闇巫女様を守れなかった役立たずの闇主 ”
“ 子供だから許されると思って ”
“ 幼い闇巫女様を騙して、ただの子供が守れもしないのに闇主になったりするから ”

 デゼルを探し出すことすらできずに、夜を彷徨うようだった僕の背中に聞こえよがしにささやかれた言葉は、全部、本当のことだったから、つらかった。
 だけど、矛先がデゼルに向いた今は違うんだ。

“ まだ十歳なのに闇主が何十人もいる蠱惑の魔女 ”
“ 闇主達を使って他国の皇帝に取り入った売国奴 ”
“ 神をも畏れぬ世紀の悪女 ”

 デゼルに切りつけてくる言葉の刃物は、何ひとつ、本当のことじゃない。
 だから、何が聞こえても、僕がつらくなることはないんだ。
 だけど、デゼルはつらいに決まってるよね。
 デゼルに投げられた石から庇って、僕が怪我をすることもよくあって、デゼルは優しいから、その度に泣くんだ。
 全然、平気なのに。
 どうしたら、デゼルの心に届くだろう。
 デゼルは魔女なんかじゃない。
 滅びる運命の公国を救いたい、そんな、僕の途方もない願いを叶えてくれた。
 優しくて、誰よりも綺麗なオプスキュリテ公国の聖女様。
 みんなには、まるで、視えていないかのようなんだ。
 あんなに澄んだ、綺麗で優しいオーラのデゼルが、みんなが言うような魔女であるはずがないのに。
 僕は嬉しいんだ。きちんとデゼルを守れることが。
 デゼルを守れる僕に投げられる石は、デゼルを守れない僕に投げられた石と同じように僕の身体は傷つけても、僕の心を傷つけることはできないんだ。

 やわらかく煮込んだミルクパンをスプーンですくって、デゼルに食べさせてあげながら、僕は方法を探して、デゼルを見詰めた。

「わからないの?」

 闇巫女様だからなのかな。
 デゼルはすごく、心に反応するんだ。
 初めて一緒に眠ったのも、クラスメイトの悪意が重たいって、デゼルが高熱を出した夜だった。
 そういうことが何度もあって、気がついたんだけど。
 デゼルは悪意を向けられると、たちまち体調を崩す反面、好意を向けてあげると、たちまち体調がよくなるんだ。
 距離はゼロが一番効く。

 それなら――

 ミルクパンを口に含んで、デゼルに口移ししてみたら、びくっとデゼルが震えた。
 逃げようとするデゼルをつかまえて、飲み込むまで、デゼルの反応と唇の甘さを楽しんだ。

「…あ……」

 ミルクパンを飲み込んだデゼルの白い頬が、見る間に綺麗な桜色に染まって、とっても可愛い。
 二口、三口、そうして口移しにしたら、いつの間にかあふれたデゼルの涙が、ぱたぱた、床に落ちた。
 僕が、デゼルを想いながら触れてあげたからだよね。
 デゼルの呼吸、すごく、やわらかくなってて、僕が優しいから落とした涙だって、わかるんだ。

「いやなら、言って」

 デゼルがいやがらないからもう一口、口移しにしてみたら、壊れそうに震えていたのも落ち着いて、とっても綺麗な、甘い声が聞こえた。

「こうした方が食べられる?」
「……」

 デゼルは真っ赤になってうつむいたきり。
 だけど、僕の袖をつかんではなさない片手がこたえ? デゼルって、やることなすこと可愛いんだから。
 こうした方が食べられるんだね。
 もう一口、口移しにして、デゼルの耳元にささやいた。
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