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第三章 闇を彷徨う心を癒したい

第73話 悪役令嬢は町人Sに叱られる

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 ユリシーズが続けざまに死呪文を放った。
 デゼルの抗魔力が高すぎるためなのか、念には念を入れて、確殺するみたい。
 水神の奥義はあと一度しか使えないんだ、やり直しはできない。

「デゼル、危険だ。今ので三度目の気絶だよ」
「だいじょうぶ、もう少し――」

 そう言った直後、デゼルの双眸から、これまでとは違う、静かな涙が流れた。

「ユリシーズ、ありがとう。――終わった」

 心が壊れたかと思う、虚ろになったデゼルの双眸から、涙だけが、あふれて止まらない。

生命の水ウンディーネ【Lv10】――デゼルの身を清め、癒したまえ」

 拭っても、拭っても、まだ、あふれる涙を止められないまま、デゼルが泣き顔より悲しく、僕に笑いかけたんだ。

「サイファ様、私、サイファ様を闇主から解放できるようになったの。公国の滅亡も、阻止できたの。だから、もう、サイファ様を解放していいよね?」
「何のために? デゼル、僕を闇主から解放したら、死ぬつもりで言ってるんじゃ」

 デゼルの瞳から最後の光が失せた。
 まるで、その両手が血まみれに見えてるみたいに、とめどない涙を流しながら、デゼルが叫んだ。

「だって、私、こどもを殺した……! どうして、私、生きてるんだろう。何のために、殺したんだろう。サイファ様を解放できるようになったんだから、こどもだけ、殺す必要なんてなかった! 私が死ねば!!」

 パンと、気がついたら、僕はデゼルの頬を強く叩いてた。

「サイファ様……」
「デゼル、デゼルが死ねばよかったなんて、二度と言わないで。言ったはずだよ、僕は解放を望まない。デゼル、着替えてやすまないと駄目だ。生命の水を使ったって」

 デゼルの額に手を当てて、ため息をついた。ものすごい高熱なんだ。
 水神の奥義で癒したばかりなのに。

「心労でまた、高熱が出てる。デゼルは弱いんだから、無理をしたら駄目だ」
「サイファ様……」
「ずっと、傍にいるから。デゼルが僕を嫌いになるまで」
「……ならない……」
「じゃあ、死ぬまで」

 デゼルの瞳に、一筋の光がさした。
 僕が笑いかけて差し伸べた手を、デゼルがそっと、取ったから。
 僕の胸に引き寄せて抱き締めたら、デゼルは火がついたように泣いて、泣いて、泣きじゃくって。
 やがて、気を失ってしまったけど。

 ずっと、抱いていてあげたかった。
 せめて、今にも死んでしまいそうに震える、デゼルの高熱が引くまでは。


  **――*――**


 水神の奥義で癒したのに、デゼルの高熱は引かなかった。
 ずっと、うなされ続けて、なかなか目を覚まさないし、気がついても、またすぐに意識をなくしてしまう。
 このまま死んでしまうんじゃないかと心配になる、浅くて速い呼吸を繰り返していて、僕がつくってあげたおかゆさえ、少ししか食べてくれなかった。

「デゼル」
「……サイ…ファ…さま……?」

 朦朧もうろうとしていても、僕を見るとデゼルは儚く笑って、つないだ手をきゅっと握ってくれた。

「ねぇ、なんでも聞いてあげるから、元気になって? おかゆ、食べられる?」

 こくんとうなずくデゼルに、二口、三口、おかゆを食べさせた。

「…傍に…いて……?」
「それが、デゼルのお願い?」

 こくんとうなずいた拍子に、デゼルの目から涙が零れた。
 おかゆをテーブルに置いて、デゼルを優しく抱き締めたら、少しだけ、デゼルの呼吸がやわらかくなった。

「ずっと、いるよ」

 心から嬉しそうに、デゼルが微笑んだ。
 そんな、綺麗で儚いデゼルの微笑みを見ながら、僕の胸をぞっとする不安が掠めた。
 デゼル、満足して命を手放してしまうんじゃ――
 だって、この先、つらい思いをして生きたって。
 僕がいることなら、今、叶ってるんだ。
 まるで、有終の美を飾るような微笑み方に見えて仕方ないんだ。
 今、この瞬間が優しい、嬉しいって、デゼル、このまま死んでしまうんじゃ。

「ねぇ、デゼルは? どうしたら、僕の傍にいてくれるの?」
「……?」

 不思議そうにしたデゼルの指が、僕の頬を伝い落ちる涙にふれた。

「ねぇ、デゼルが死んでしまったら、僕が寂しいの、わかってる? 平気だと思ってるの? 死なないで、死なないでよ!」
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