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第三章 闇を彷徨う心を癒したい
第69話 町人Sは災禍の女神にお帰りを願う【前編】
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どこかの宮殿?
何が起きたのか、辺りを見回した僕は息を呑んだ。
ずっと、探していたデゼルがそこにいたんだ。
「デゼル……?」
たった半月の間に、見る影もなくやつれてしまった姿は、デゼルなのか迷うくらいだった。
淡く輝くようだったオーラが、すっかり、くすんでしまって。
「サイファ様!」
だけど、一声叫んで、僕の胸に飛び込んできたのは間違いなくデゼルで。
僕が抱き締めてあげたら、わあぁあんと、声を上げて泣いたんだ。
しゃくりあげて、全身を震わせて、僕が抱き締めるのをやめたら、壊れてしまいそうだった。
デゼルがこんな風に泣くのを見るのは初めて。
「サイファ様、サイファ様……!!」
よかった、壊れてない。
何が起きたのかわからないまま、とにかく、渾身の力でデゼルを抱き締めて、頬をすり寄せたら、しゃくり上げるデゼルの呼吸が、ようやく、落ち着いてきた。
僕もようやく、事態を把握できてきた。
「デゼル、どこにいたんだ! こんなになって……」
「私……」
「デゼルがどこにいたか、知りたいのね?」
知らない女性の声に、デゼルがびくっと身を震わせた。
振り向けば、凄絶な美しさの女神様がいた。比喩じゃない。
鮮やかな青藍の髪も、とがった耳も、息を呑むほど妖艶な美しさだったけど、人間のものじゃない。
闇の神様の幻に視た、デゼルの傍に邪悪な微笑みを湛えて佇んでいた、女神様だった。
ガゼル様は悪魔だって仰ったけど――
「あなたは……?」
「はじめまして、あたしは災禍の女神エリス。デゼルにね、サイファを闇主から解放して欲しいと頼まれてきたの」
「えっ……!?」
闇主から解放って、デゼル、僕がもういらない!?
絶対に違う、そんなわけないんだ。
僕の腕の中で、デゼルは僕にしがみついてガクガク震えてるんだから。
デゼルが今ほど僕を必要としたことなんて、これまでなかった。瀕死のデゼルの、壊れる寸前の魂が、僕を呼び求めてる。
それくらい、僕にだってわかるんだから。
「デゼルはね、グノースの洞窟で、たくさんの男達と夢中で交わっていたのよ」
そうでなくても華奢だったのに、すっかり、瘦せ細ったデゼルの身体が震えた。僕が抱いてあげていても、まだ、怖いんだ。
デゼルの絶え絶えの息遣いが、僕を奮わせた。
僕がデゼルの闇主なんだ。必ず、僕がデゼルを守る。
「デゼルはそれはもう、気持ちよさそうにしていたわよ? たくさんの男達の汚らわしいものを、おいしそうにくわえて。気持ちよさのあまり涙まで流して悦んでいたものねぇ?」
災禍の女神エリス様――
なんて、憐れな方だろう。スニールと同じなんだ。
デゼルが教えてくれた時には、わからなかった。
だけど、今。
デゼルをどこまでも傷つけ、貶め、終わりのない苦しみを与えるためだけの言葉を愉しげに並べるエリス様を見ていたら、僕にもようやく、わかった気がした。
こんなにまでデゼルを痛めつけ、その魂が色をなくすほど打ち据えても。
エリス様の魂は、まだ、癒されることがないんだ。たった、ひとときさえ。
呪わしい言葉を並べ続けるエリス様に、デゼルが震える声で懇願した。
「やめ…て……」
可哀相に。
ぎゅっと、庇うようにデゼルを抱いたら、デゼルが泣きながら、僕の胸に顔を埋めてきた。
「デゼルはね、傷物なんてものじゃない。誰よりも穢れた汚物よ」
「……」
どうしてだろう、エリス様はご自身をそこまで穢れた存在だと蔑まれているんだ。
こんなにまでしなければ、デゼルよりは悲惨じゃないと思えないなんて。
「デゼル、サイファをあなたの闇主から解放したいのよね?」
「――はい」
「言ってごらんなさい? 『お願いします、女神様。デゼルは穢され尽くした汚物です』」
ちゃんと、あたしの目を見てねと、エリス様が仰った。
ねぇ、デゼル。
どうして、僕をデゼルの闇主から解放したいの?
デゼルのすべてが僕を求めてるのに、デゼルはエリス様に言われた通りにしたんだ。
「――お願いします、女神様。デゼルは穢され尽くした汚物です」
「ああ、上手に言えたわね。いい子ね、デゼル。魂に刻み込まれた」
「は……あぁ…っ……!」
立っていられなくなったデゼルが、その場に崩れ落ちた。
「あたしの目を見て認めた言葉は、永遠にあなたの魂に刻まれる烙印になるのよ?」
「…ん……あぁっ……!」
デゼルの綺麗な蒼の瞳から、後から後から、大粒の涙が零れ落ちた。それなのに、耐えようとするんだ。
行かないでって、願ったらいいのに。
どうして、言わないの?
僕、知ってるよ。デゼル、心の底から、そう望んでる。
だから、涙が止まらないんだ。
僕をデゼルの闇主から解放したいなんて、デゼルは望んでないのに、心を殺して、エリス様に従うから。
何が起きたのか、辺りを見回した僕は息を呑んだ。
ずっと、探していたデゼルがそこにいたんだ。
「デゼル……?」
たった半月の間に、見る影もなくやつれてしまった姿は、デゼルなのか迷うくらいだった。
淡く輝くようだったオーラが、すっかり、くすんでしまって。
「サイファ様!」
だけど、一声叫んで、僕の胸に飛び込んできたのは間違いなくデゼルで。
僕が抱き締めてあげたら、わあぁあんと、声を上げて泣いたんだ。
しゃくりあげて、全身を震わせて、僕が抱き締めるのをやめたら、壊れてしまいそうだった。
デゼルがこんな風に泣くのを見るのは初めて。
「サイファ様、サイファ様……!!」
よかった、壊れてない。
何が起きたのかわからないまま、とにかく、渾身の力でデゼルを抱き締めて、頬をすり寄せたら、しゃくり上げるデゼルの呼吸が、ようやく、落ち着いてきた。
僕もようやく、事態を把握できてきた。
「デゼル、どこにいたんだ! こんなになって……」
「私……」
「デゼルがどこにいたか、知りたいのね?」
知らない女性の声に、デゼルがびくっと身を震わせた。
振り向けば、凄絶な美しさの女神様がいた。比喩じゃない。
鮮やかな青藍の髪も、とがった耳も、息を呑むほど妖艶な美しさだったけど、人間のものじゃない。
闇の神様の幻に視た、デゼルの傍に邪悪な微笑みを湛えて佇んでいた、女神様だった。
ガゼル様は悪魔だって仰ったけど――
「あなたは……?」
「はじめまして、あたしは災禍の女神エリス。デゼルにね、サイファを闇主から解放して欲しいと頼まれてきたの」
「えっ……!?」
闇主から解放って、デゼル、僕がもういらない!?
絶対に違う、そんなわけないんだ。
僕の腕の中で、デゼルは僕にしがみついてガクガク震えてるんだから。
デゼルが今ほど僕を必要としたことなんて、これまでなかった。瀕死のデゼルの、壊れる寸前の魂が、僕を呼び求めてる。
それくらい、僕にだってわかるんだから。
「デゼルはね、グノースの洞窟で、たくさんの男達と夢中で交わっていたのよ」
そうでなくても華奢だったのに、すっかり、瘦せ細ったデゼルの身体が震えた。僕が抱いてあげていても、まだ、怖いんだ。
デゼルの絶え絶えの息遣いが、僕を奮わせた。
僕がデゼルの闇主なんだ。必ず、僕がデゼルを守る。
「デゼルはそれはもう、気持ちよさそうにしていたわよ? たくさんの男達の汚らわしいものを、おいしそうにくわえて。気持ちよさのあまり涙まで流して悦んでいたものねぇ?」
災禍の女神エリス様――
なんて、憐れな方だろう。スニールと同じなんだ。
デゼルが教えてくれた時には、わからなかった。
だけど、今。
デゼルをどこまでも傷つけ、貶め、終わりのない苦しみを与えるためだけの言葉を愉しげに並べるエリス様を見ていたら、僕にもようやく、わかった気がした。
こんなにまでデゼルを痛めつけ、その魂が色をなくすほど打ち据えても。
エリス様の魂は、まだ、癒されることがないんだ。たった、ひとときさえ。
呪わしい言葉を並べ続けるエリス様に、デゼルが震える声で懇願した。
「やめ…て……」
可哀相に。
ぎゅっと、庇うようにデゼルを抱いたら、デゼルが泣きながら、僕の胸に顔を埋めてきた。
「デゼルはね、傷物なんてものじゃない。誰よりも穢れた汚物よ」
「……」
どうしてだろう、エリス様はご自身をそこまで穢れた存在だと蔑まれているんだ。
こんなにまでしなければ、デゼルよりは悲惨じゃないと思えないなんて。
「デゼル、サイファをあなたの闇主から解放したいのよね?」
「――はい」
「言ってごらんなさい? 『お願いします、女神様。デゼルは穢され尽くした汚物です』」
ちゃんと、あたしの目を見てねと、エリス様が仰った。
ねぇ、デゼル。
どうして、僕をデゼルの闇主から解放したいの?
デゼルのすべてが僕を求めてるのに、デゼルはエリス様に言われた通りにしたんだ。
「――お願いします、女神様。デゼルは穢され尽くした汚物です」
「ああ、上手に言えたわね。いい子ね、デゼル。魂に刻み込まれた」
「は……あぁ…っ……!」
立っていられなくなったデゼルが、その場に崩れ落ちた。
「あたしの目を見て認めた言葉は、永遠にあなたの魂に刻まれる烙印になるのよ?」
「…ん……あぁっ……!」
デゼルの綺麗な蒼の瞳から、後から後から、大粒の涙が零れ落ちた。それなのに、耐えようとするんだ。
行かないでって、願ったらいいのに。
どうして、言わないの?
僕、知ってるよ。デゼル、心の底から、そう望んでる。
だから、涙が止まらないんだ。
僕をデゼルの闇主から解放したいなんて、デゼルは望んでないのに、心を殺して、エリス様に従うから。
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