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第三章 闇を彷徨う心を癒したい
第65話 闇主にふさわしい者は
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「ガゼル様、はいと言えない僕がデゼルの闇主で、きっと、許せないと思います。でも――」
ガゼル様の碧の瞳は本当に綺麗で、迷いがなかった。
僕みたいに、わからなくないんだ。
デゼルに何があっても、ガゼル様の想いは変わらないんだ。
僕、情けないな。
「たとえ、僕がこれまで通りではいられなかったとしても、デゼルの気持ちを確かめずに、デゼルをガゼル様にお任せすることは、――僕には――」
目を見張ったガゼル様が、青ざめた額を片手で覆った。
「そう、だね。――すまない、どうかしていたよ。デゼルの気持ちを確かめもせずに、デゼルのためだと思い込むなんて」
「いいえ」
窓際に立ったガゼル様が、窓の外、見えない月を探すようにしながら続けた。
「私は夜明けの公子だから。デゼルを一目見た時にわかったよ、私はデゼルを愛するために生まれてきたんだって。サイファの気持ちは、私がデゼルじゃない妃でも愛せるのか、不安になる気持ちと同じなんだろうね」
……そうなんだ。
ガゼル様にとっては、デゼルがお妃様じゃないことの方がおかしいんだね。
「夜明けの公子と闇巫女は惹かれ合うはずなのに、なぜ、私がデゼルに選ばれないのか、ずっと、わからなかった。でも、デゼルは私の傍にいる時にさらわれたんだ。そのデゼルを、夜明けの守護が失われる前に探し出すことさえできない。サイファ、君は、この事態をどう思った?」
「ガゼル様?」
どうって、ガゼル様のおかげで、デゼルはまだ生きているけど。
この後、どうしようって――
僕を振り向いたガゼル様がたたえていたのは、僕が初めて見る、自嘲的で寂しい微笑みだった。
「私は、闇の女神が視せたのは、私とデゼルが結ばれることで訪れる未来だったんだと思ったよ」
「ガゼル様、そんな!」
ガゼル様が伝わせた涙に、僕はひどくショックを受けた。
デゼルがガゼル様と結ばれていたら、公国が滅んでデゼルも破滅していたと、ガゼル様は考えるの――?
「ガゼル様、一緒にいたのが僕だったら、デゼルをこんな目には遭わせなかったと思われるのですか……? ガゼル様と一緒の時でなかったら、デゼルは今ごろ、命を落としていたに違いないのに?」
涙を見せまいとしたんだと思う。
窓の外に顔を背けていたガゼル様が、ひどく驚いた様子で僕を見た。
「…それは……」
「ガゼル様、今のこの事態が避けがたいものだったとしたら、たとえ生き延びても、デゼルは公妃たる資格を失います。デゼルは公国を滅ぼさないことを最優先に動いてきました。公国が滅ばず、デゼルが公妃たる資格を失う時、ガゼル様が闇主であれば――ガゼル様は、公国とデゼルのいずれかを選ばなければなりません」
目を見張ったガゼル様が、口許を覆って考え込んだ後、かぶりをふった。
「デゼルはきっと、ガゼル様にそんな選択をさせたくなかったんだと思います。デゼルが闇主に求めるのは、デゼルの傍にいても不幸にならないことだから」
「……参ったな、サイファは私に、『僕の方がデゼルのことをわかっています』って、言っているんだけど」
「えぇっ!?」
「その通りみたいだね」
僕、そんなつもりじゃ。
「あの、……僕からしたら、何があっても変わらずにデゼルを愛することを誓えるガゼル様の方が、ずっと、闇主にふさわしく思えて。……だから、その……」
「なに?」
「デゼルを取り戻すことができた時、デゼルが僕よりも、ガゼル様を望むなら、僕が身を引きます」
「そ……」
お怒りになられたのか、表情を厳しくして何か言いかけたガゼル様が、僕の顔を見て、瞳を見て、天を仰いだ。
その後、クスクス笑われた。
「サイファって姿勢は謙虚だけど、これまで通りの愛を誓うことすらできないサイファの方を、デゼルが望むんじゃないかと、それを自然なこととして信じているんだね」
えっ。
えぇと、言われてみれば、僕ってそう??
「サイファはすごいな。他の誰も、夜明けの公子である私と闇巫女を争おうなんて、考えもしないのに。おそらく――デゼルはサイファを望むだろうしね」
僕を望むというよりは、デゼルは臆病だから遠慮して、ガゼル様を望めないんじゃないかと思うんだけど。
でも――
ガゼル様の仰るように、デゼルが僕を望んで選んでくれるなら、それって、とっても嬉しいな。
「そうだね、わかった。覚悟はしておいて。お言葉に甘えて、デゼルを取り戻せたら、もう一度だけ、求婚させてもらうから。そうして、いいんだね?」
「――……はい」
ガゼル様って、やっぱり、すごい。
なお、ガゼル様がデゼルを望まれるなら、公国も公子の地位も捨てなければならないのに。デゼルへの想いが揺らぐことも、夜明けの見えない、永遠の夜が待つかもしれない運命に怖気づくこともないんだ。
ガゼル様の立ち居振る舞いこそは闇主にふさわしいものなんだ。
闇を統べ、夜明けを導く者――
すごく素敵。
僕でも、ガゼル様みたいに素敵な闇主になれるのかな。
それとも――
僕の方が素敵?
デゼルも、ガゼル様も、みんな、僕を愛してくれるんだ。
僕のどこに素敵が隠れてるんだろう。知りたいな。
僕のどこが素敵? ねぇ、デゼル――
ガゼル様の碧の瞳は本当に綺麗で、迷いがなかった。
僕みたいに、わからなくないんだ。
デゼルに何があっても、ガゼル様の想いは変わらないんだ。
僕、情けないな。
「たとえ、僕がこれまで通りではいられなかったとしても、デゼルの気持ちを確かめずに、デゼルをガゼル様にお任せすることは、――僕には――」
目を見張ったガゼル様が、青ざめた額を片手で覆った。
「そう、だね。――すまない、どうかしていたよ。デゼルの気持ちを確かめもせずに、デゼルのためだと思い込むなんて」
「いいえ」
窓際に立ったガゼル様が、窓の外、見えない月を探すようにしながら続けた。
「私は夜明けの公子だから。デゼルを一目見た時にわかったよ、私はデゼルを愛するために生まれてきたんだって。サイファの気持ちは、私がデゼルじゃない妃でも愛せるのか、不安になる気持ちと同じなんだろうね」
……そうなんだ。
ガゼル様にとっては、デゼルがお妃様じゃないことの方がおかしいんだね。
「夜明けの公子と闇巫女は惹かれ合うはずなのに、なぜ、私がデゼルに選ばれないのか、ずっと、わからなかった。でも、デゼルは私の傍にいる時にさらわれたんだ。そのデゼルを、夜明けの守護が失われる前に探し出すことさえできない。サイファ、君は、この事態をどう思った?」
「ガゼル様?」
どうって、ガゼル様のおかげで、デゼルはまだ生きているけど。
この後、どうしようって――
僕を振り向いたガゼル様がたたえていたのは、僕が初めて見る、自嘲的で寂しい微笑みだった。
「私は、闇の女神が視せたのは、私とデゼルが結ばれることで訪れる未来だったんだと思ったよ」
「ガゼル様、そんな!」
ガゼル様が伝わせた涙に、僕はひどくショックを受けた。
デゼルがガゼル様と結ばれていたら、公国が滅んでデゼルも破滅していたと、ガゼル様は考えるの――?
「ガゼル様、一緒にいたのが僕だったら、デゼルをこんな目には遭わせなかったと思われるのですか……? ガゼル様と一緒の時でなかったら、デゼルは今ごろ、命を落としていたに違いないのに?」
涙を見せまいとしたんだと思う。
窓の外に顔を背けていたガゼル様が、ひどく驚いた様子で僕を見た。
「…それは……」
「ガゼル様、今のこの事態が避けがたいものだったとしたら、たとえ生き延びても、デゼルは公妃たる資格を失います。デゼルは公国を滅ぼさないことを最優先に動いてきました。公国が滅ばず、デゼルが公妃たる資格を失う時、ガゼル様が闇主であれば――ガゼル様は、公国とデゼルのいずれかを選ばなければなりません」
目を見張ったガゼル様が、口許を覆って考え込んだ後、かぶりをふった。
「デゼルはきっと、ガゼル様にそんな選択をさせたくなかったんだと思います。デゼルが闇主に求めるのは、デゼルの傍にいても不幸にならないことだから」
「……参ったな、サイファは私に、『僕の方がデゼルのことをわかっています』って、言っているんだけど」
「えぇっ!?」
「その通りみたいだね」
僕、そんなつもりじゃ。
「あの、……僕からしたら、何があっても変わらずにデゼルを愛することを誓えるガゼル様の方が、ずっと、闇主にふさわしく思えて。……だから、その……」
「なに?」
「デゼルを取り戻すことができた時、デゼルが僕よりも、ガゼル様を望むなら、僕が身を引きます」
「そ……」
お怒りになられたのか、表情を厳しくして何か言いかけたガゼル様が、僕の顔を見て、瞳を見て、天を仰いだ。
その後、クスクス笑われた。
「サイファって姿勢は謙虚だけど、これまで通りの愛を誓うことすらできないサイファの方を、デゼルが望むんじゃないかと、それを自然なこととして信じているんだね」
えっ。
えぇと、言われてみれば、僕ってそう??
「サイファはすごいな。他の誰も、夜明けの公子である私と闇巫女を争おうなんて、考えもしないのに。おそらく――デゼルはサイファを望むだろうしね」
僕を望むというよりは、デゼルは臆病だから遠慮して、ガゼル様を望めないんじゃないかと思うんだけど。
でも――
ガゼル様の仰るように、デゼルが僕を望んで選んでくれるなら、それって、とっても嬉しいな。
「そうだね、わかった。覚悟はしておいて。お言葉に甘えて、デゼルを取り戻せたら、もう一度だけ、求婚させてもらうから。そうして、いいんだね?」
「――……はい」
ガゼル様って、やっぱり、すごい。
なお、ガゼル様がデゼルを望まれるなら、公国も公子の地位も捨てなければならないのに。デゼルへの想いが揺らぐことも、夜明けの見えない、永遠の夜が待つかもしれない運命に怖気づくこともないんだ。
ガゼル様の立ち居振る舞いこそは闇主にふさわしいものなんだ。
闇を統べ、夜明けを導く者――
すごく素敵。
僕でも、ガゼル様みたいに素敵な闇主になれるのかな。
それとも――
僕の方が素敵?
デゼルも、ガゼル様も、みんな、僕を愛してくれるんだ。
僕のどこに素敵が隠れてるんだろう。知りたいな。
僕のどこが素敵? ねぇ、デゼル――
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