66 / 139
第三章 闇を彷徨う心を癒したい
第62話 町人Sは震えが止まらない
しおりを挟む
「サイファ、デゼルは戻っているか!?」
「ガゼル様!? いいえ?」
デゼルを連れて行ったガゼル様が、一人で神殿に戻ってきたのは、半日ほど経った頃だった。
真っ青な顔をしたガゼル様が顔を覆うのを見て、僕は、胸が早鐘のように打つのを感じたんだ。
「すまない、デゼルを災禍の女神エリスに連れ去られた」
僕は目を見開いて、ガゼル様を見た。
災禍の女神って、まさか。
三年前、オプスキュリテに見せられた――?
「デゼルはどこへ!?」
「スノウフェザーに空間跳躍したが、ここへ戻って来ないということは、エリスに連れ去られたとしか考えられないな」
僕はしばらく考えて、口を開いた。
「スノウフェザーは帝国内の寒村です。デゼルが空間跳躍できる場所の中では、一番、人の少ないところだから、水神になって闘おうとしたのかもしれません」
「――なるほど」
「あの、デゼルに何のご用事だったのでしょうか」
言いにくそうにしたガゼル様が、目を逸らして答えた。
話す時に、相手から目を逸らすような方ではないんだけど。
「オプスキュリテに見せられた魔物が来るという予感があって、デゼルに『夜明けの守護』をかけた」
絶句して、僕はガゼル様を見た。
ガゼル様がデゼルにキスしてオプスキュリテを降臨させた時に、さすがに気になって、『オーブ』について調べたことがあるんだ。
どうして、僕は震えているんだろう。
「ガゼル様、それって、デゼルがあなたを受け容れたということでしょうか」
「まさか」
まさか、って。
「抵抗するデゼルに無理強いだよ。デゼルが私を受け容れてくれるくらいなら、サイファであろうと他の誰であろうと、デゼルの闇主として承認したりするものか」
それまで、目を背けていたガゼル様が、僕に目を戻した。
「今、私が生きているということは、デゼルも間違いなく生きている。『夜明けの守護』が失われる七日以内に手を尽くして探し出さなければ。サイファ、デゼルの居場所に心当たりはない?」
「――ありません」
「スノウフェザーに行ってみるしかないか……」
ガゼル様の顔には苦悩の色が濃い。
デゼルのクロノスを使えない以上、往復するだけで七日かかってしまうんだ。
外したら最後。
「父上に頼んで、公国内についてはデゼルを探してもらっている。私はすぐに帝国に発つつもりだ」
「僕も行きます」
「ありがとう」
ガゼル様と港で待ち合わせて別れた後、僕は急いで闇主の装束に着替えて、何か手掛かりがあるかもしれないと思って、デゼルの攻略ノートをリュックに入れた。
袖口に縫い込まれた、『デゼルよりサイファへ 永遠の愛を込めて』の文字を見たら、涙が出そうになったけど、泣いている場合じゃないんだ。
僕は歯を食い縛って涙を堪えると、急いで港に向かった。
**――*――**
「すごいな……」
翌朝から、ガゼル様の船室で、三冊ある攻略ノートを手分けして調べることにしたんだけど。
少しめくっただけで、ガゼル様が感嘆の声を上げた。
意味のわからない情報も多いんだけど、とにかく凄い。
あれもこれも予知してたんだって、闇巫女の凄さを思い知らされるノートだった。
「災禍の女神エリスの情報、スキルが『不要』の一言と×だけなんだが、不要ということは、これらのスキルはデゼルが使えるものなのか?」
「そうですね、クロノスとウンディーネを使っているのはよく見かけます」
そんな話をしていた時だった。
急に、ガゼル様が真っ青な顔になって口許を押さえたんだ。
口許を押さえる手も、見てわかるほどの震え方だった。
「ガゼル様!?」
洗面台に手を突いたガゼル様が、胃の中身をすべて吐いて、なお、苦しげに全身を痙攣させているのを見て、僕はあわててヒールをかけた。
ひどく荒かった呼吸が、二度目のヒールで、ようやく、落ち着いた頃だった。
ガゼル様がダンと、こぶしを壁に打ちつけた。
「デゼルが『夜明けの守護』を使ったんだ、こんなになるまで我慢するなんて……!」
僕は絶句して、倒れそうになった。
『夜明けの守護』は、デゼルの状態とガゼル様の状態を取り換えることができる、夜明けの魔法。
たった一夜で、こんなになるって、デゼルはどういう目に遭わされているんだ。
また、手が震えてきたけど、こぶしを握り締めて耐えた。
怖いんじゃない。
怒りのあまり手が震えたことなんて、僕は、初めてだった。
怒りがいったん鎮まると、次には、涙が出そうになった。
ガゼル様が『夜明けの守護』をかけて下さっていなかったら、こんなの、デゼルは間違いなく殺されていたんだ。
ガゼル様は、デゼルを守るために命を懸けて下さっているんだ。
そのガゼル様より、デゼルは僕を選んでくれたのに。
どうして、何もしてあげられないんだ。
「サイファ、ラクになった。私がラクな状態でないと、デゼルが次に『夜明けの守護』を使った時に意味がないからな。サイファにヒールが使えて助かるよ」
「ガゼル様……」
「朝食を取ってから、また、手がかりを探そう。朝食の後、私は少しやすみたい」
「はい」
「ガゼル様!? いいえ?」
デゼルを連れて行ったガゼル様が、一人で神殿に戻ってきたのは、半日ほど経った頃だった。
真っ青な顔をしたガゼル様が顔を覆うのを見て、僕は、胸が早鐘のように打つのを感じたんだ。
「すまない、デゼルを災禍の女神エリスに連れ去られた」
僕は目を見開いて、ガゼル様を見た。
災禍の女神って、まさか。
三年前、オプスキュリテに見せられた――?
「デゼルはどこへ!?」
「スノウフェザーに空間跳躍したが、ここへ戻って来ないということは、エリスに連れ去られたとしか考えられないな」
僕はしばらく考えて、口を開いた。
「スノウフェザーは帝国内の寒村です。デゼルが空間跳躍できる場所の中では、一番、人の少ないところだから、水神になって闘おうとしたのかもしれません」
「――なるほど」
「あの、デゼルに何のご用事だったのでしょうか」
言いにくそうにしたガゼル様が、目を逸らして答えた。
話す時に、相手から目を逸らすような方ではないんだけど。
「オプスキュリテに見せられた魔物が来るという予感があって、デゼルに『夜明けの守護』をかけた」
絶句して、僕はガゼル様を見た。
ガゼル様がデゼルにキスしてオプスキュリテを降臨させた時に、さすがに気になって、『オーブ』について調べたことがあるんだ。
どうして、僕は震えているんだろう。
「ガゼル様、それって、デゼルがあなたを受け容れたということでしょうか」
「まさか」
まさか、って。
「抵抗するデゼルに無理強いだよ。デゼルが私を受け容れてくれるくらいなら、サイファであろうと他の誰であろうと、デゼルの闇主として承認したりするものか」
それまで、目を背けていたガゼル様が、僕に目を戻した。
「今、私が生きているということは、デゼルも間違いなく生きている。『夜明けの守護』が失われる七日以内に手を尽くして探し出さなければ。サイファ、デゼルの居場所に心当たりはない?」
「――ありません」
「スノウフェザーに行ってみるしかないか……」
ガゼル様の顔には苦悩の色が濃い。
デゼルのクロノスを使えない以上、往復するだけで七日かかってしまうんだ。
外したら最後。
「父上に頼んで、公国内についてはデゼルを探してもらっている。私はすぐに帝国に発つつもりだ」
「僕も行きます」
「ありがとう」
ガゼル様と港で待ち合わせて別れた後、僕は急いで闇主の装束に着替えて、何か手掛かりがあるかもしれないと思って、デゼルの攻略ノートをリュックに入れた。
袖口に縫い込まれた、『デゼルよりサイファへ 永遠の愛を込めて』の文字を見たら、涙が出そうになったけど、泣いている場合じゃないんだ。
僕は歯を食い縛って涙を堪えると、急いで港に向かった。
**――*――**
「すごいな……」
翌朝から、ガゼル様の船室で、三冊ある攻略ノートを手分けして調べることにしたんだけど。
少しめくっただけで、ガゼル様が感嘆の声を上げた。
意味のわからない情報も多いんだけど、とにかく凄い。
あれもこれも予知してたんだって、闇巫女の凄さを思い知らされるノートだった。
「災禍の女神エリスの情報、スキルが『不要』の一言と×だけなんだが、不要ということは、これらのスキルはデゼルが使えるものなのか?」
「そうですね、クロノスとウンディーネを使っているのはよく見かけます」
そんな話をしていた時だった。
急に、ガゼル様が真っ青な顔になって口許を押さえたんだ。
口許を押さえる手も、見てわかるほどの震え方だった。
「ガゼル様!?」
洗面台に手を突いたガゼル様が、胃の中身をすべて吐いて、なお、苦しげに全身を痙攣させているのを見て、僕はあわててヒールをかけた。
ひどく荒かった呼吸が、二度目のヒールで、ようやく、落ち着いた頃だった。
ガゼル様がダンと、こぶしを壁に打ちつけた。
「デゼルが『夜明けの守護』を使ったんだ、こんなになるまで我慢するなんて……!」
僕は絶句して、倒れそうになった。
『夜明けの守護』は、デゼルの状態とガゼル様の状態を取り換えることができる、夜明けの魔法。
たった一夜で、こんなになるって、デゼルはどういう目に遭わされているんだ。
また、手が震えてきたけど、こぶしを握り締めて耐えた。
怖いんじゃない。
怒りのあまり手が震えたことなんて、僕は、初めてだった。
怒りがいったん鎮まると、次には、涙が出そうになった。
ガゼル様が『夜明けの守護』をかけて下さっていなかったら、こんなの、デゼルは間違いなく殺されていたんだ。
ガゼル様は、デゼルを守るために命を懸けて下さっているんだ。
そのガゼル様より、デゼルは僕を選んでくれたのに。
どうして、何もしてあげられないんだ。
「サイファ、ラクになった。私がラクな状態でないと、デゼルが次に『夜明けの守護』を使った時に意味がないからな。サイファにヒールが使えて助かるよ」
「ガゼル様……」
「朝食を取ってから、また、手がかりを探そう。朝食の後、私は少しやすみたい」
「はい」
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
気づいたら隠しルートのバッドエンドだった
かぜかおる
ファンタジー
前世でハマった乙女ゲームのヒロインに転生したので、
お気に入りのサポートキャラを攻略します!
ザマァされないように気をつけて気をつけて、両思いっぽくなったし
ライバル令嬢かつ悪役である異母姉を断罪しようとしたけれど・・・
本編完結済順次投稿します。
1話ごとは短め
あと、番外編も投稿予定なのでまだ連載中のままにします。
ざまあはあるけど好き嫌いある結末だと思います。
タグなどもしオススメあったら教えて欲しいです_|\○_オネガイシヤァァァァァス!!
感想もくれるとうれしいな・・・|ョ・ω・`)チロッ・・・
R15保険(ちょっと汚い言葉遣い有りです)
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった
白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」
な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし!
ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。
ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。
その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。
内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います!
*ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。
*モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。
*作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。
*小説家になろう様にも投稿しております。
【完結】役立たずになったので身を引こうとしましたが、溺愛王子様から逃げられません
Rohdea
恋愛
───あなたのお役に立てない私は身を引こうとした……のに、あれ? 逃げられない!?
伯爵令嬢のルキアは、幼い頃からこの国の王太子であるシグルドの婚約者。
家柄も容姿も自分よりも優れている数多の令嬢を跳ね除けてルキアが婚約者に選ばれた理由はたった一つ。
多大な魔力量と貴重な属性を持っていたから。
(私がこの力でシグルド様をお支えするの!)
そう思ってずっと生きて来たルキア。
しかしある日、原因不明の高熱を発症した後、目覚めるとルキアの魔力はすっからかんになっていた。
突然、役立たずとなってしまったルキアは、身を引く事を決めてシグルドに婚約解消を申し出る事にした。
けれど、シグルドは──……
そして、何故か力を失ったルキアと入れ替わるかのように、
同じ属性の力を持っている事が最近判明したという令嬢が王宮にやって来る。
彼女は自分の事を「ヒロイン」と呼び、まるで自分が次期王太子妃になるかのように振る舞い始めるが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる