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第三章 闇を彷徨う心を癒したい

第62話 町人Sは震えが止まらない

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「サイファ、デゼルは戻っているか!?」
「ガゼル様!? いいえ?」

 デゼルを連れて行ったガゼル様が、一人で神殿に戻ってきたのは、半日ほど経った頃だった。
 真っ青な顔をしたガゼル様が顔を覆うのを見て、僕は、胸が早鐘のように打つのを感じたんだ。

「すまない、デゼルを災禍の女神エリスに連れ去られた」

 僕は目を見開いて、ガゼル様を見た。
 災禍の女神って、まさか。
 三年前、オプスキュリテに見せられた――?

「デゼルはどこへ!?」
「スノウフェザーに空間跳躍したが、ここへ戻って来ないということは、エリスに連れ去られたとしか考えられないな」

 僕はしばらく考えて、口を開いた。

「スノウフェザーは帝国内の寒村です。デゼルが空間跳躍できる場所の中では、一番、人の少ないところだから、水神になって闘おうとしたのかもしれません」
「――なるほど」
「あの、デゼルに何のご用事だったのでしょうか」

 言いにくそうにしたガゼル様が、目を逸らして答えた。
 話す時に、相手から目を逸らすような方ではないんだけど。

「オプスキュリテに見せられた魔物が来るという予感があって、デゼルに『夜明けの守護』をかけた」

 絶句して、僕はガゼル様を見た。
 ガゼル様がデゼルにキスしてオプスキュリテを降臨させた時に、さすがに気になって、『オーブ』について調べたことがあるんだ。
 どうして、僕は震えているんだろう。

「ガゼル様、それって、デゼルがあなたを受け容れたということでしょうか」
「まさか」

 まさか、って。

「抵抗するデゼルに無理強いだよ。デゼルが私を受け容れてくれるくらいなら、サイファであろうと他の誰であろうと、デゼルの闇主として承認したりするものか」

 それまで、目を背けていたガゼル様が、僕に目を戻した。

「今、私が生きているということは、デゼルも間違いなく生きている。『夜明けの守護』が失われる七日以内に手を尽くして探し出さなければ。サイファ、デゼルの居場所に心当たりはない?」
「――ありません」
「スノウフェザーに行ってみるしかないか……」

 ガゼル様の顔には苦悩の色が濃い。
 デゼルのクロノスを使えない以上、往復するだけで七日かかってしまうんだ。
 外したら最後。

「父上に頼んで、公国内についてはデゼルを探してもらっている。私はすぐに帝国に発つつもりだ」
「僕も行きます」
「ありがとう」

 ガゼル様と港で待ち合わせて別れた後、僕は急いで闇主の装束に着替えて、何か手掛かりがあるかもしれないと思って、デゼルの攻略ノートをリュックに入れた。
 袖口に縫い込まれた、『デゼルよりサイファへ 永遠の愛を込めて』の文字を見たら、涙が出そうになったけど、泣いている場合じゃないんだ。
 僕は歯を食い縛って涙をこらえると、急いで港に向かった。


  **――*――**


「すごいな……」

 翌朝から、ガゼル様の船室で、三冊ある攻略ノートを手分けして調べることにしたんだけど。
 少しめくっただけで、ガゼル様が感嘆の声を上げた。

 意味のわからない情報も多いんだけど、とにかく凄い。
 あれもこれも予知してたんだって、闇巫女の凄さを思い知らされるノートだった。

「災禍の女神エリスの情報、スキルが『不要』の一言と×だけなんだが、不要ということは、これらのスキルはデゼルが使えるものなのか?」
「そうですね、クロノスとウンディーネを使っているのはよく見かけます」

 そんな話をしていた時だった。
 急に、ガゼル様が真っ青な顔になって口許を押さえたんだ。
 口許を押さえる手も、見てわかるほどの震え方だった。

「ガゼル様!?」

 洗面台に手を突いたガゼル様が、胃の中身をすべて吐いて、なお、苦しげに全身を痙攣けいれんさせているのを見て、僕はあわててヒールをかけた。
 ひどく荒かった呼吸が、二度目のヒールで、ようやく、落ち着いた頃だった。

 ガゼル様がダンと、こぶしを壁に打ちつけた。

「デゼルが『夜明けの守護』を使ったんだ、こんなになるまで我慢するなんて……!」

 僕は絶句して、倒れそうになった。
 『夜明けの守護』は、デゼルの状態とガゼル様の状態を取り換えることができる、夜明けオーブの魔法。
 たった一夜で、こんなになるって、デゼルはどういう目に遭わされているんだ。
 また、手が震えてきたけど、こぶしを握り締めて耐えた。

 怖いんじゃない。
 怒りのあまり手が震えたことなんて、僕は、初めてだった。

 怒りがいったん鎮まると、次には、涙が出そうになった。
 ガゼル様が『夜明けの守護』をかけて下さっていなかったら、こんなの、デゼルは間違いなく殺されていたんだ。
 ガゼル様は、デゼルを守るために命を懸けて下さっているんだ。
 そのガゼル様より、デゼルは僕を選んでくれたのに。
 どうして、何もしてあげられないんだ。

「サイファ、ラクになった。私がラクな状態でないと、デゼルが次に『夜明けの守護』を使った時に意味がないからな。サイファにヒールが使えて助かるよ」
「ガゼル様……」
「朝食を取ってから、また、手がかりを探そう。朝食の後、私は少しやすみたい」
「はい」
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