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第三章 闇を彷徨う心を癒したい

第56話 町人Sは時間が足りない

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 楽しい時って、過ぎるのが本当にはやい。
 気がついたら、僕はあっという間に中学生になってしまっていた。

 やりたいことはたくさんあって、時間はいくらあっても足りない。

 だって、闇の神様オプスキュリテより高次の神様に紡がれた運命を変えられなければ、今年で僕達の公国は滅んでしまうんだ。
 その前に楽しいことをめいっぱいしておきたい気持ちと、運命を変えるためにできそうなことがあるなら時間の許す限りしておきたい気持ちと。

 僕、闇主になってよかったって、心底、思うんだ。

 闇主として、夜は毎日、デゼルと一緒に眠ったし、夕飯も毎日、デゼルと一緒につくったけど、それでも、デゼルと過ごせる時間があと半年もないとしたら、全然、足りないから。
 だって、毎日、夜までにはすごく疲れてるから、ちょっと話して手をつないだら、僕とデゼルはすとんと眠りに落ちてしまって、気がついたらもう朝なんだ。
 一緒に過ごしたって感じがしない。
 だからって、別々に眠りたいわけではないんだけど。
 朝、となりにデゼルがいて、おはようのキスから始まる毎日って、素敵だし。
 朝ご飯を一緒に食べて、手をつないで学校に登校するまでの時間が、一番、デゼルとゆっくりできる時間かもしれない。
 お互いに時間が足りないからって、下校はクロノスの魔法で済ませてしまうことが多いんだ。
 帝国で動くのなんて、それこそ冒険。
 闇主としてデゼルを守り抜くために気を張ってるし、ジャイロも一緒だし、やっぱり、デゼルと一緒に過ごしてるって感じはしない。
 うまく言えないけど、冒険してる、闇主してるって感じなんだ。
 それはそれで楽しくて、胸が躍るんだけどね。
 こういうの、中二病って言うんだって。
 ジャイロに「おまえさぁ、真顔で『公国を救うために』とか『隻眼の魔女』とか、中二病もいいところのワード口にするのやめねぇ?」って、言われて。
 何が病気なんだろう。
 僕、休学したせいでまだ中学一年生だけど、年齢としては中学二年生だから、中学二年生がかかる病気になら、かかってもおかしくはないんだ。
 でも、僕が言ってること、おかしくないよね?
 まだ十歳のデゼルも僕と同じこと言ってるし。
 たぶん、ジャイロは公国の運命を視てないから、何か勘違いしてるんだ。
 僕もデゼルもガゼル様も、公国の運命を視たんだ。
 中二病で幻覚を見たんじゃない。
 あの時、闇の神様オプスキュリテがデゼルに降臨したのは、たくさんの人が見て大騒ぎになったんだから。

 時間は本当に足りなかったけど、だからこそ、お互いの誕生日には、デゼルと二人で丸一日かけてめいっぱい遊んだよ。
 朝から晩まで一緒にいても、僕達の誕生日休暇は、本当にあっという間。
 さっき、夜が明けたばかりな気がするのに、気がついたら日が暮れてしまってて。
 僕の十二歳の誕生日にはアスレチックに、十三歳の誕生日には鍾乳洞と氷穴に。
 デゼルの九歳の誕生日には景色の綺麗な渓流に、十歳の誕生日には山奥の猫カフェに遊びに行ったんだ。
 とっても、楽しかったよ。

 あと、デゼルの誕生日の夜には、毎年、僕の想いは減ってないよって、デゼルを安心させてあげるために契った。
 もちろん、クロノスを使って。
 だって――
 闇の使徒の破滅をほとんど阻止できた今だからこそ、きっと、運命は変えられるって信じられるけど。
 去年までは、神様が紡ぐ運命を変えるなんてことができるのか、やっぱり、自信は持てなかったんだ。
 それに、闇の神様オプスキュリテの幻に視た邪神が、これまでのところ絡んできていない。
 公国の滅亡とデゼルの破滅の阻止は、他の闇の使徒の破滅の阻止より難しいんじゃないのかな。
 万が一にも、あの幻に視た通りの破滅が待つとしたら、デゼルがあんまり――


 そうだ、借りたお金はみんな返せたよ。
 母さんへの仕送りは続けてるけど、母さん、僕があげたお金はほとんど使わないで、貯めてくれてるみたいなんだ。
 母さんて病気がちだし、いざという時の備えはあった方が安心だから、母さんの好きにさせてるけど。
 でも、僕も自分で貯めてるから、少しでも僕に返したいっていう考えなら、もっと、母さんがラクをするのに使ってくれていいんだけどな。
 だって、お金には本当に困ってないんだ。
 闇神殿なんて丸ごとデゼルのもので、衣食住はもちろん侍女や侍従もたくさん。
 ほとんど何だって、手続きさえすれば、神殿の予算で買ってもらえるから。
 借りたお金をみんな返せてからは、なるべく、僕たちが暮らすのに必要なものは、僕が買ってあげるようにしてるんだけどね。
 神殿の予算が余れば、困ってる人達に食事を配ったりとか、家のない人達に毛布を配ったりとか、そういうことに回せるから。
 闇巫女様は大公陛下と対等な地位って、こういうこと。
 だから、闇巫女様と大公陛下が公国を守るためなら命だって懸けて下さること、僕は当たり前みたいに思っていたんだけど。
 トランスサタニアン帝国の王侯貴族も教会も、民を守るどころか、自分たちを守るために民に命を懸けさせていて、びっくりしたんだ。
 ネプチューン皇子を見て、白馬の王子様だと感じなかった僕の直感は、すごく正しかったみたい。


 僕、本当に、オプスキュリテ公国に生まれてきてよかった。
 こんなに素敵な国って、きっと、他にはないんだ。
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