サイファ ~少年と舞い降りた天使~

冴條玲

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第四章 叶わない願いはないと信じてる

最終話 最後の願い

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『デゼル、私の願いがすべて叶うようにと君が願った。だから、願いのルールの変更だ。私はサクリファイスを望まない』

 時が動き出して、神様は何事もなかったかのように、デゼルの傍にいた。
 デゼルはもちろん、天使の人達すら、時が止まっていたことなんて知らないみたい。

『断っておくけど、最後の願いをかけたら、君がこれまでに得た、すべての神々からの祝福を失うことは変わらない。それでもよければ、私に願いをおかけ。いいかい、願いのルールが変更された。――叶わない願いはない』

 最後の願いをかけたら、デゼルが授かっていた神々からの祝福はみんな、なくなってしまうんだね。
 水神の力だけじゃなく、大地母神の力も、風神の力も、他の人が授かったようにしていてよかったかも。
 みんながいっぺんに神の祝福を失うなら、きっと、誰も、失望されない。
 人が魔物になる災いが過ぎたから、災いを祓うために与えられていた神の祝福もまた失われたんだって、納得するよね。

「最後の願いをかけます」

 デゼルは臆病だから、本当に、叶わない願いはないのか、信じられないみたい。
 震える声で、神様に願いをかけた。

「神様、どうか、サイファとエトランジュを返して下さい」

 デゼルが何を願ったのか、エトランジュにもわかったんだ。
 エトランジュを返してって願ってもらえたのが、僕もだけど、エトランジュもとっても嬉しそうだった。
 僕とエトランジュは微笑みあって、そして――


  **――*――**


「サイファ……」

 気がつくと、僕はエトランジュを抱いて、デゼルの腕の中にいた。
 死神みたいな骸骨の大鎌に一薙ひとなぎにされて、エトランジュとデゼルが危ないと思って、……どうしたんだっけ。
 僕の腕の中で、エトランジュも不思議そうに、きょろきょろとあたりを見回してた。

「エトランジュ……!」

 わっ。
 デゼルが僕にしがみついて泣き出して、びっくりしちゃった。

「うわぁああああん!」

 わ、わ。
 すごく泣いてる、すごく泣いてる、どうしたんだろう。
 エトランジュもびっくりして、目をまんまるにしてデゼルを見てる。

 デゼルを宥めるために抱いてあげようとして、僕、右腕が動くことに気がついたんだ。

「サイファ様!」
「デゼル、どうして泣いてるの……? 僕の右腕、どうして動くんだろう」
「左目も開いたよ、神様が、助けてくれたの……」

 何日ぶりだろう、デゼルを両腕で力強く抱き締めたら、すごく心地好かった。
 よく、大切なものは失って初めて気がつくっていうけど、僕の場合は失って、取り戻して初めて気がつくみたい。片腕で抱き締めた時の物足りなさが、どこからくるものなのか、僕にはわからなかったんだ。
 僕のために頑張ってくれるデゼルが健気で、あれはあれで悪くなかったし。
 でも、僕はデゼルとエトランジュをきちんと守りたいから、両腕とも動くなら、その方がずっと嬉しい。
 大切な二人をきちんと守れる僕を、取り戻せてよかった。
 デゼルがしゃくり上げながら、僕にぎゅっとしがみついてくる。

 あの骸骨、きっと、夢じゃなかったんだ。
 デゼルも見たんだ。だから、泣いてるんだろうね。
 あんなの見たら怖いもの。
 あの骸骨が神様だったのかな。見た目は怖かったけど、デゼルのお願いを聞いて、僕の目と腕を癒してくれる優しい神様だったのかもしれない。

 ガクガク震えながら泣くデゼルを、泣きやむまで、抱いていてあげた。
 デゼルがなかなか泣きやめないから、優しくキスを降らせたら、デゼルの呼吸がひとつキスを降らせるたびに落ち着いて、やわらかくなってくるのが、とっても面白い。

「あおー」

 エトランジュが小さな手で、僕の真似をしてデゼルを宥めようと背中をぺちぺち叩くんだ。
 可愛い。

 ふいに、デゼルが神様、ってささやいた気がした。
 そうしたら、爽やかな風が吹き抜けて。

 ――何かの気配が、しなくなった。

 なんだろう。
 デゼルもエトランジュもいるのに寂しく感じることがあるなんて。

 デゼルの傍に、いつも感じていた優しい気配が消えてしまって。

「神様が、お帰りになったの?」
「うん」

 僕、少し不安になって、闇の魔力を舞わせてみた。
 よかった、なくなってない。

闇の神様オプスキュリテは私たちと共にあるよ。だって、闇の神様オプスキュリテが帰る場所は公国だから」

 そうか、終わったんだ。
 公国が滅亡する運命も、デゼルが破滅する運命も、僕達は乗り越えたんだ。
 エリス様にお帰り頂くためなら、腕一本の犠牲くらい構わなかったけど、僕のために、デゼルが続けてくれた最後の願かけも。
 闇の神様オプスキュリテが『より高次の神』と呼んだ神々が、デゼルの傍からいなくなったんだ。


 だけど、闇の神様オプスキュリテはいるんだ。
 ずっと、僕達と共に――


 デゼルと一緒に、エトランジュを連れて帰ろう。
 闇の神様オプスキュリテとガゼル様が待つ、僕達の公国へ。
 僕はなぜか、知っていた。
 もう誰も、僕達に石を投げたりしないって。
 帰ろう、僕達が生まれ育った公国へ。
 エトランジュのための新しい物語が、きっと、僕達を待っているから。
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