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第四章 叶わない願いはないと信じてる

第108話 叶わない願いはないと信じてる【前編】

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「ねぇ、サイファ様。あのね」
「なぁに?」

 その夜。
 エトランジュにミルクを飲ませながら、デゼルがとっても甘い声で、僕を誘ってくれたんだ。

「二週間くらい、十年分、まとめてやすめないかなぁ」

 吹き出しちゃった。
 もぉ。デゼルったらほんとに。
 この十年、僕達、やすみらしいやすみも取らずに頑張ってきたんだね。
 ずっと、楽しかったから、やすんでないって気がつかなかった。

「ネプチューン様の副官をクビになっても構わなければ、いくらでも。僕は構わないよ?」
「うん、公国に帰ろう? もう、帝国にいなくていいの」

 そうなんだ、じゃあ――
 
 僕達、近衛隊と衛兵隊には叱られそう?
 陛下とケイナ様の披露宴の設営から警備まで、近衛隊と衛兵隊はこれから大仕事になるんだ。
 でも、頃合いかもしれない。
 僕もデゼルも、帝国に永住するつもりじゃないから、もう、各隊の副隊長に任せて引き継いでしまった方がいいよね。
 僕達にとって、帝国での役職は、非業の死を遂げる運命にあった多くの人々を、破滅から救うための足掛かりにすぎなかったもの。
 デゼルが授かった啓示によれば、僕達は決戦の日を最後に、どう転んでも帝国からは姿を消す運命だったんだって。
 陛下が起こすはずだった悲劇は、もう、終わったから。
 これまで、高熱でふらふらでもやすみたいなんて言わなかったデゼルが、ようやく、やすみたいって言ってくれたんだ。
 叶えてあげたい。
 陛下のご結婚なんて、僕達、祝ってあげなくていい気がするしね。

「いいよ、わかった。でも、最低限の引き継ぎはしたいから、おやすみは明日の午後からでいい?」
「うん、私も。闇主たちをね、ジャイロに任せて帝国に置いて行こうと思うの」

 闇主たち、か。
 そうだね。
 彼らのことは、ジャイロに任せよう。
 ジャイロなら、きっと、悪いようにはしない。
 なんだかんだ、ジャイロって僕ほど冷酷じゃないから。


  **――*――**


 それからの十二日間を、僕はデゼルとエトランジュと、とても楽しく、幸せに過ごしたんだ。

 景色の綺麗な湖に出かけてボートに乗ったり。
 僕の右腕の代わりに、右はデゼルが漕いでくれようとしたけど、うまく漕げなかったみたい。
 デゼルったら、水神になってボートを走らせたり。
 僕が「ずるしないで」って笑ったら、デゼルもエトランジュも楽しげな笑い声を立てて、はしゃいでた。二人とも、僕の笑顔を見つけると大喜びなんだから。
 水神のデゼルがいろんな風に水を降らせたり、巻き上げたりしてエトランジュを楽しませた後、獲った魚を湖の岸辺で焼いて食べたのが、とっても、美味しかった。

 雪山にも行った。鍾乳洞にも行った。
 夜はかまくらをつくって、雪の中で星空を眺めたりもした。
 とても、綺麗だった。
 だけど、オーロラの夜空を眺めていたデゼルがふいに落とした涙に、僕はひどく驚いたんだ。

「どうしたの?」

 胸に抱き寄せたデゼルは儚い優しさで、心地好さそうに目を伏せた。
 僕――
 デゼルが何かを続けるために動き出すのは、おやすみの後だと思って、その時には、話してもらうつもりでいたんだけど。
 今、聞いた方がいいのかもしれない。
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