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第二章 白馬の王子様
第33話 悪役令嬢は町人Sと二人で出国はしなかったけど
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「そういえば、サイファ様の誕生日はいつ?」
「7月27日。デゼルは?」
僕達は今、カモメが飛んでいたりする海の上。
豪華客船に乗って、トランスサタニアン帝国の港を目指しているところ。
「9月7日」
「乙女座だね、デゼルらしい」
僕は獅子座だよ。
似合わないって言われることが多くて残念だけど、かっこいいから、僕、こっそり気に入ってるんだ。
「サイファ様、誕生日はどんなお祝いが嬉しい?」
「デゼルがいてくれたら、嬉しい。時の神殿まで一緒に歩いた日だったから、楽しかったよ。デゼルは?」
父さんが帰ってこなくなって、誕生日に一人じゃないのも、安心できて楽しいのも、当たり前じゃなかったんだって、思い知ったから。
誕生日を大好きなデゼルと一緒に過ごせて、ようやく、安心できる僕の居場所を取り戻せたような気がしたんだ。
だから、母さんとデゼルの誕生日には、今度は僕が一緒にいてお祝いしてあげたい。
「私も、サイファ様が傍にいてくれるのが嬉しいな」
よかった。
僕と一緒にいたがる誰かがいてくれるのって、すごく嬉しくて、自信がわいてくるんだ。それがデゼルなら、なおさら。
三日の予定の船旅で、二人で行かないようにガゼル様に釘を刺されたから、ジャイロも一緒なんだけど。
ジャイロは船酔いが酷いみたいで、船室で苦しそうに唸ってた。
せっかく、豪華客船に乗るなんてすごい経験ができてるのに、気持ち悪いだけなんて、可哀相なんだけど。
船酔いはヒールでは癒せなくて、デゼルにも、どうしようもないみたい。
デゼルと一緒の客室に戻ると、デゼルが書きかけの手紙の続きに取り掛かったから、誰にどんな手紙を書いてるのか、少し気になって聞いてみたんだ。
「読んでもいい?」
「うん」
さっそく、読んでみてびっくりしたよ。
ガゼル様へのお手紙なのはすぐにわかったけど、最初から最後まで、難しい漢字と難しい言葉がたくさん並んでるんだ。
政教分離って……?
辞書を引いたら、読み方はセイキョウブンリ。
政教の意味は政治と宗教だったけど、これに分離がつくとどういう意味になるんだろう。そこまでは辞書にも載ってなくて。
だって、政治と宗教を分離するって、最初から別だよね? 分離してない状態がわからないから、分離する意味もわからない。
御代とか、読み方の見当もつかなくて、デゼルに聞いてみたら、読み方はミヨだって。
「……僕がこの手紙を読もうとするのって、デゼルの邪魔になる?」
「ううん、読んでくれるなら、その方がいい。今度、ガゼル様にお会いする時には、この内容でお断りするつもりだから」
えっ。
じゃあ、これ、婚約をお断りしたいっていうお手紙なんだ。
どうして、それがこんな長文になるんだろう。
「婚約をお断りさせて下さい」じゃ、駄目なんだ……。
身分の高い人達って大変なんだね。
だけど、他人事じゃなくて、僕も当事者になるんだ。
ほんとなら、僕がこのお手紙を書けなくちゃいけないんだと思う。
だから、辞書を片手に、頑張って読んだよ。すごく、時間がかかったけど。
「デゼルって、ほんとにすごいね」
「どうかな、サイファ様の目から見ても、ガゼル様に失礼じゃないかな」
失礼だなんて、全然、そんな内容じゃない。
「僕だったら、こんな手紙をもらえたら嬉しいよ。――だけど」
「よかった。――だけど?」
「余計に、つらくはなりそうかな」
ほどほどにねってデゼルの頭をなでたら、ふにゃって、デゼルが可愛らしく笑うんだ。――もぉ、あんまり可愛いと、デゼルを構って遊びたくなっちゃうよ? そんな場合じゃないのに、デゼルって可愛すぎるんだ。
まだ、手紙を書いてるデゼルを邪魔しないように、ほっぺをつついたりして構いたいのを我慢して、僕はジャイロの様子を見るために、船室を出た。
僕ばっかりデゼルと一緒で、少し、悪いなと思ってたから。
だけど、ジャイロは船酔いがものすごく気持ち悪そうで、それどころじゃなかったみたい。僕が差し入れたリンゴも、うろんな目で一瞥しただけで、食べようとはしなかった。
どうして、ジャイロだけ気持ち悪いのかな。
僕もデゼルも、全然、平気なんだけど。
お父さんがゴリラだからなのかな……。
**――*――**
ジャイロにとっては、まるで永遠かのようだった、長い長い三日間の船旅がようやく終わって。
僕たちは無事に、トランスサタニアン帝国の港に辿り着いた。
おえぇえええってなってるジャイロの背中を、せめてと思って、さすってあげたんだけど。
げっそりしたジャイロが痛々しかった。
この三日間、ジャイロはほとんど食べてないんだ。食べても吐いちゃって。
それにしても、この国ってなんだか――
空も、海も、街並みも灰色に見えるのは、どうしてだろう?
よく見たら、海は実際に濁ってて、汚い泡やゴミが浮かんでた。
空にも、真っ黒な煙をもうもうと吐き出す煙突が何本も見えたから、きっと、灰色に見えるのは気のせいじゃないんだ。
港の隅に、クライス様のお屋敷の庭園にあったのと同じようなオブジェがあって、それに手をかざしたデゼルが、僕達のところにてててって、可愛らしく駆け戻ってくる。
わ、デゼル、転びそう。
ヒヤヒヤしたけど、なんとか、転ばなかった。
デゼル、よく転ぶから、いつもは僕が手をつないであげるんだけど、僕、ジャイロの背中をさすってあげてたから。
「ジャイロ、つらそうね。今回はここまでにして、いったん、帰ろうか」
「えっ」
僕も驚いたけど、それより、ジャイロの顔がゾンビみたいな、土気色になった。
ようやく降りたのに、またすぐ、船に戻れとか拷問だよね……。
「クロノスで帰るから、二人とも、手をつないでね?」
「あ、そうか。今度からはいつでも、ここまで魔法で来られるようになったんだ?」
「うん」
「ジャイロ、よかったね。帰りはもう、船に乗らなくていいんだって」
「……マジか……」
喜ぶと思ったのに、ジャイロはげんなりした顔。
「だったらなぁ、最初から、二人でいったんここまで来いよ……」
「でも、ガゼル様が二人だけで来たらダメって」
「それ、大人と行けって意味だったんじゃねぇ? 今さらだから、いーけどよ……」
「そうね。ジャイロが船酔いするって知ってたら、クレイに頼めばよかったかも」
デゼルが申し訳なさそうに言って差し出した手を、壊さないか心配してるみたいな顔で、おっかなびっくり、ジャイロが取った。
その頬に、少し、赤みがさしてて。
ふふ、夢みたいに可愛いデゼルと手をつなげるの、役得だよね。
ジャイロ、そうでなくても、女の子と手をつなぐのなんて、初めてじゃないのかな。
「時空【Lv1】」
時の神殿から帰還した時みたいに、視界がぐにゃりとゆがんだ。
「7月27日。デゼルは?」
僕達は今、カモメが飛んでいたりする海の上。
豪華客船に乗って、トランスサタニアン帝国の港を目指しているところ。
「9月7日」
「乙女座だね、デゼルらしい」
僕は獅子座だよ。
似合わないって言われることが多くて残念だけど、かっこいいから、僕、こっそり気に入ってるんだ。
「サイファ様、誕生日はどんなお祝いが嬉しい?」
「デゼルがいてくれたら、嬉しい。時の神殿まで一緒に歩いた日だったから、楽しかったよ。デゼルは?」
父さんが帰ってこなくなって、誕生日に一人じゃないのも、安心できて楽しいのも、当たり前じゃなかったんだって、思い知ったから。
誕生日を大好きなデゼルと一緒に過ごせて、ようやく、安心できる僕の居場所を取り戻せたような気がしたんだ。
だから、母さんとデゼルの誕生日には、今度は僕が一緒にいてお祝いしてあげたい。
「私も、サイファ様が傍にいてくれるのが嬉しいな」
よかった。
僕と一緒にいたがる誰かがいてくれるのって、すごく嬉しくて、自信がわいてくるんだ。それがデゼルなら、なおさら。
三日の予定の船旅で、二人で行かないようにガゼル様に釘を刺されたから、ジャイロも一緒なんだけど。
ジャイロは船酔いが酷いみたいで、船室で苦しそうに唸ってた。
せっかく、豪華客船に乗るなんてすごい経験ができてるのに、気持ち悪いだけなんて、可哀相なんだけど。
船酔いはヒールでは癒せなくて、デゼルにも、どうしようもないみたい。
デゼルと一緒の客室に戻ると、デゼルが書きかけの手紙の続きに取り掛かったから、誰にどんな手紙を書いてるのか、少し気になって聞いてみたんだ。
「読んでもいい?」
「うん」
さっそく、読んでみてびっくりしたよ。
ガゼル様へのお手紙なのはすぐにわかったけど、最初から最後まで、難しい漢字と難しい言葉がたくさん並んでるんだ。
政教分離って……?
辞書を引いたら、読み方はセイキョウブンリ。
政教の意味は政治と宗教だったけど、これに分離がつくとどういう意味になるんだろう。そこまでは辞書にも載ってなくて。
だって、政治と宗教を分離するって、最初から別だよね? 分離してない状態がわからないから、分離する意味もわからない。
御代とか、読み方の見当もつかなくて、デゼルに聞いてみたら、読み方はミヨだって。
「……僕がこの手紙を読もうとするのって、デゼルの邪魔になる?」
「ううん、読んでくれるなら、その方がいい。今度、ガゼル様にお会いする時には、この内容でお断りするつもりだから」
えっ。
じゃあ、これ、婚約をお断りしたいっていうお手紙なんだ。
どうして、それがこんな長文になるんだろう。
「婚約をお断りさせて下さい」じゃ、駄目なんだ……。
身分の高い人達って大変なんだね。
だけど、他人事じゃなくて、僕も当事者になるんだ。
ほんとなら、僕がこのお手紙を書けなくちゃいけないんだと思う。
だから、辞書を片手に、頑張って読んだよ。すごく、時間がかかったけど。
「デゼルって、ほんとにすごいね」
「どうかな、サイファ様の目から見ても、ガゼル様に失礼じゃないかな」
失礼だなんて、全然、そんな内容じゃない。
「僕だったら、こんな手紙をもらえたら嬉しいよ。――だけど」
「よかった。――だけど?」
「余計に、つらくはなりそうかな」
ほどほどにねってデゼルの頭をなでたら、ふにゃって、デゼルが可愛らしく笑うんだ。――もぉ、あんまり可愛いと、デゼルを構って遊びたくなっちゃうよ? そんな場合じゃないのに、デゼルって可愛すぎるんだ。
まだ、手紙を書いてるデゼルを邪魔しないように、ほっぺをつついたりして構いたいのを我慢して、僕はジャイロの様子を見るために、船室を出た。
僕ばっかりデゼルと一緒で、少し、悪いなと思ってたから。
だけど、ジャイロは船酔いがものすごく気持ち悪そうで、それどころじゃなかったみたい。僕が差し入れたリンゴも、うろんな目で一瞥しただけで、食べようとはしなかった。
どうして、ジャイロだけ気持ち悪いのかな。
僕もデゼルも、全然、平気なんだけど。
お父さんがゴリラだからなのかな……。
**――*――**
ジャイロにとっては、まるで永遠かのようだった、長い長い三日間の船旅がようやく終わって。
僕たちは無事に、トランスサタニアン帝国の港に辿り着いた。
おえぇえええってなってるジャイロの背中を、せめてと思って、さすってあげたんだけど。
げっそりしたジャイロが痛々しかった。
この三日間、ジャイロはほとんど食べてないんだ。食べても吐いちゃって。
それにしても、この国ってなんだか――
空も、海も、街並みも灰色に見えるのは、どうしてだろう?
よく見たら、海は実際に濁ってて、汚い泡やゴミが浮かんでた。
空にも、真っ黒な煙をもうもうと吐き出す煙突が何本も見えたから、きっと、灰色に見えるのは気のせいじゃないんだ。
港の隅に、クライス様のお屋敷の庭園にあったのと同じようなオブジェがあって、それに手をかざしたデゼルが、僕達のところにてててって、可愛らしく駆け戻ってくる。
わ、デゼル、転びそう。
ヒヤヒヤしたけど、なんとか、転ばなかった。
デゼル、よく転ぶから、いつもは僕が手をつないであげるんだけど、僕、ジャイロの背中をさすってあげてたから。
「ジャイロ、つらそうね。今回はここまでにして、いったん、帰ろうか」
「えっ」
僕も驚いたけど、それより、ジャイロの顔がゾンビみたいな、土気色になった。
ようやく降りたのに、またすぐ、船に戻れとか拷問だよね……。
「クロノスで帰るから、二人とも、手をつないでね?」
「あ、そうか。今度からはいつでも、ここまで魔法で来られるようになったんだ?」
「うん」
「ジャイロ、よかったね。帰りはもう、船に乗らなくていいんだって」
「……マジか……」
喜ぶと思ったのに、ジャイロはげんなりした顔。
「だったらなぁ、最初から、二人でいったんここまで来いよ……」
「でも、ガゼル様が二人だけで来たらダメって」
「それ、大人と行けって意味だったんじゃねぇ? 今さらだから、いーけどよ……」
「そうね。ジャイロが船酔いするって知ってたら、クレイに頼めばよかったかも」
デゼルが申し訳なさそうに言って差し出した手を、壊さないか心配してるみたいな顔で、おっかなびっくり、ジャイロが取った。
その頬に、少し、赤みがさしてて。
ふふ、夢みたいに可愛いデゼルと手をつなげるの、役得だよね。
ジャイロ、そうでなくても、女の子と手をつなぐのなんて、初めてじゃないのかな。
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