サイファ ~少年と舞い降りた天使~

冴條玲

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第二章 白馬の王子様

第31話 町人Sは公子様がすべて正しいと思った

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 神殿への帰り道。
 ガゼル公子ほど素敵で立派な方が、デゼルを好きで、婚約してたんだって知ったショックで、僕がとぼとぼ歩いていたら。デゼルが口を開いた。

「サイファ様、ガゼル様のこと、ごめんなさい。私の断り方に誠意が足りなかったの。改めて、きちんとお断りするから。ガゼル様が言ったような覚悟はいらないの。ガゼル様の理想の闇主と、私の理想の闇主は違うの。私はサイファ様に、ガゼル様が求めたほど重い責任も覚悟も求めていないの。それを、ガゼル様にも、わかって頂けるように断るから」

 デゼル、なんて……?
 違う。
 僕は、重い責任や覚悟を求められたことにショックを受けたわけじゃないんだ。
 ガゼル様の理想の闇主と、僕の理想の闇主は、きっと同じ。
 デゼルをきちんと守れて、幸せにしてあげられる闇主が、僕とガゼル様の理想の闇主なんだ。

「そうかな、僕――ガゼル様がすべて、正しいと思った。だって、ガゼル様は生まれた時から、この国の公民すべての暮らしを支える責任と覚悟を負っているのに、自分で選んだデゼル一人、守り抜くと誓えない闇主になんて、僕がガゼル様の立場でも、きっと、渡したくないと思うよ」
「……」
「僕が八つの時にね、母さんが病気になって、父さんがいなくなった。家には一銭も残っていなくて、食べ物もなくて――本当に突然、帰ってこなくなったんだ」

 僕、幸せだったんだって、父さんが帰ってこなくなって初めて気がついた。
 僕がはしゃいで聖闘士セイントごっこするの、カッコいいぞーって褒めてくれるのも、何にもできない僕にご飯を食べさせてくれるのも、守ってくれるのも、父さんと母さんだけだったんだ。

「学校になんて、もう、行っていられなかった。毎日、食べる物を必死に探し回った。家賃と母さんの薬代を、子供でも雇ってくれるところで働いて、なんとかして手に入れないとならなかった」

 さすがに、ごっこ遊びはもう卒業したけど。
 デゼルの前ではごっこの聖闘士セイントじゃなくて、本物の聖闘士セイントでいたい。

「前に、デゼルが言ってくれたこと――ジャイロが僕より弱かったかどうかはともかく、年少のジャイロに暴力をふるうことはできないって、僕は確かに考えてた」
「……」
「デゼル、やっぱり、ガゼル様は正しいと思う。父さんがいなくなって、僕も母さんも本当に怖い思いをしたんだ。今、こうして生きていられるのが不思議なくらいに。デゼルに母さんのような思いはさせたくない。僕が覚悟をするべきなんだ」

 覚悟をすることは怖くない。
 怖いのは、悲しいのは。

「母さん、マリベル様から頂いたお金を見たら、目の色が変わっちゃった。きっと、これでもう、怖い思いをしなくていいと思ったんだね。借金を返せる、病気で苦しい時まで働かなくてよくなると思って――今は、母さんも働いてくれていて、だから、僕はまた、小学校に通えるようになったんだ」

 デゼルは綺麗で、可愛くて、優しいから。
 僕が覚悟して、どんなに頑張っても、僕じゃない誰か――
 たとえば、ガゼル様の方が、デゼルを幸せにできるんじゃないかと思うんだ。
 それが哀しくて、切なくて、あんまり上手にデゼルに笑いかけてあげられなかった。

「僕ね、本当は――父さんは逃げたんじゃなくて、死んでしまったんじゃないかと思ってるんだ。母さんは逃げたんだって言うけど、それは、いつか帰ってきてくれると、信じたいからなんじゃないかって。だって、家にはもともとお金はなかったし、父さんは着替えすら持ち出さずにいなくなったんだ。父さんの帰りを、ずっと、ずっと、待ってる母さんに、父さんはきっと生きてないなんて、言えなくて――」
時空クロノス【Lv1】」
「えっ!?」

 ふいに、デゼルが僕の手をつかんで、涙声で時の神様の御名を宣言したんだ。
 くらっとした後、気がつけば、デゼルと二人きりの寝室で、しゃくり上げて泣くデゼルに抱き締められてた。
 ああ、そうか。
 デゼル、泣いてしまうと思って、あわてて神殿に帰ってきたんだね。

「デゼル……」

 僕も涙声だった。
 ここなら、泣いてもいいのかな。
 抱き締めたデゼルは華奢きゃしゃで、とっても儚くて、優しかった。
 守ってあげたい。
 何があっても大丈夫だよって、僕がいるから心配ないからねって、デゼルがつらい時にはいつでも、手をつないで、笑いかけてあげたい。
 僕はデゼルの闇主になったから、そうして、いいんだと思ってたのに。

「デゼル、ガゼル様は心から、デゼルを好きみたいだった。僕には、僕のすべてを懸けてデゼルを守ることしかできない。僕がデゼルに与えられるものは、ガゼル様に比べたら、――何も――」

 ああ、もう。
 何にも、本当に、何にもないんだ。
 僕には何にもないんだってことが、こんなに悲しく、寂しく思えたのは初めて。
 どうして、今まで気がつかなかったのか不思議なくらい――

「何にも、ないんだ。それでも僕が、デゼルの闇主でいいの?」
「うん……私は、サイファ様がいい……」

 どうして?
 そんなこと、デゼルの本当の気持ちなの?
 僕は、同情や哀れみなら欲しくないんだ。
 そんなのなら、いらないんだ。
 僕には、どんなに考えてもわからない。

「どうしてって、聞いてもいい?」

 デゼルがそっと、僕のほほをなでた。

「あのね、ガゼル様の仰った通り、ガゼル様は私より、ずっと重い責任を負っていらっしゃるの。とても立派な方なの。でも、それは裏を返せば、ガゼル様の求めに応えるなら、私の責任が今よりさらに重くなるということだもの」

 僕は虚を突かれて、デゼルが翳らせた瞳を見詰めた。
 そうか――
 確かに、そうだね。
 ガゼル様と話していて、僕でさえ、圧迫感を感じたもの。
 ガゼル様が僕にかけてきた圧力じゃない。ガゼル様にかかっている圧力なんだ。
 僕とひとつしか違わないのに、ガゼル様はとてつもない重圧に耐えて、闘ってる。
 生まれた途端に背負った、公国と公民を守る、公子様としての使命のために。

「私、闇巫女だけでも、責任を重く感じるの。小学校に通って、少しケンカしたくらいで倒れるのよ? サイファ様は私が元気になるまでついていてくれた。サイファ様が傍にいてくれると、私、本当にラクになれて、心がやすらぐの。心の底から、幸せな気持ちになるの。――私は、ガゼル様の横に並び立てるお妃様になる努力をするより、ありのままの私で許してくれて、傍にいてくれる、大好きなサイファ様に甘やかされていたい、なまけものなの」

 つい、吹き出しちゃった。
 やだな、デゼル。
 デゼルがなまけものだったら、公国はなまけものだらけになっちゃうよ。
 愛しくて、ぎゅっと、デゼルを抱き締めた。

「おかしい。デゼル、なまけものなの?」
「うん。デゼルの夢はなまけものなの。働かないキリギリスになりたい」

 ああもう、可愛いんだから。
 デゼルの髪を優しくなでて、甘いキスを降らせた後、デゼルの可愛い耳をちょっとんでみたら、デゼルがぴくっと震えた。

「…ん……」

 ふふ。ほんとに可愛い。

「それは少し、違うと思うけど。でも、僕のお姫様がお望みなら、甘やかしてあげるよ? デゼルはね、もっと、なまけていいんだよ」
「? ……?」

 デゼルには、もっと、なまけていいっていうのがわからないみたいで、不思議そうにまたたきしてた。
 だけど、お姫様のお望みのままに甘やかしてあげたら、とっても、心地好いみたいで、かすかな甘い吐息しか、聞こえなくなった。
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