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第一章 舞い降りた天使

【Side】 ミスティ ~私の宝物~

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「サイファ、聞いていたの!? 闇巫女様は公子様とご婚約なさっているのよ」
「デゼルはきっと知らないし、――僕を選ぶよ」
「サイファ!」

 サイファはとうとう、私の話を聞かずに出て行ってしまって。
 二ヶ月前に書いてしまった証文の控えに、涙が落ちた。
 どうしたら、いいの。
 サイファが闇巫女様に親しくして頂けて、最初のうちは、もしかしたら、これで闇神殿に助けてもらえるかもしれないと思っていたの。
 だけど、闇巫女様は公子様と婚約なさっていたのよ。
 闇巫女様と親しくしすぎたら、助けてもらうどころじゃないのに。

 二ヶ月前――
 借金のカタに連れて行かれそうになって、返済を待ってもらうために、返せなかったらサイファも売るって、その証文を書いてしまったのよ。
 サイファをどこか遠くの孤児院に逃がして、私一人で死ねばよかったのに、取り返しのつかないことをしてしまった。
 あの時はどうかしていたとしか思えない。
 あと少し待ってくれたらあの人が帰って来てくれるって、あの人が私とサイファを見捨てるはずがない、必ず、帰って来てくれるって、本気で思って、何とかして待ってもらわなきゃって、それしか、考えられなかった。
 だけど、証文を書いてしまって、借金取りが帰った後で、気がついた。
 あの人が帰って来なくなって二年が経つのに、サイファを売ってまで待ってもらえるのは、たったの三ヶ月――

 サイファに渡された革袋の紐を解いて、中身を確かめた。
 あの子はいつも、まだ子供の身で懸命に働いて、もらえたお金はみんな渡してくれる。それでも、私が働いたお金と合わせても、利息にさえ足りない。
 夏休みが終わる頃には、何もかもおしまいになるんだって、気がついた。

 ……おしま…い……?

 革袋から転がり出た十枚の金貨に、私は息を呑んだ。
 休学していた頃にだって、こんなにもらえたことなかった。
 返済には足りないの。
 でも、これだけもらえるなら、あの子、私が死んでしまっても生きていけるんじゃないかしら――
 いくら借金取りだって、闇神殿には手を出せないわよね?
 そうよ、あの子を気に入ってくれている闇巫女様が、きっと、連れて行かせない。
 七歳だって天下の闇巫女様よ、お気に入りのサイファを見捨てるはず、ない。

 いつもはお金だけの革袋の中に、見慣れないお菓子と、小さなメモが入っていた。

『闇神殿で出してもらえるお菓子、母さんにとっておいたんだ。とってもおいしいんだよ。少しだけでごめんね』

 拭っても、拭っても、涙が溢れて止まらなかった。
 サイファ。
 サイファ。
 私とあの人の可愛いサイファを。
 私とあの人の優しいサイファを。
 闇の神様オプスキュリテが助けてくれないはずがなかった。
 そうよ――
 サイファは闇の神様オプスキュリテの神殿にいる、闇の神様オプスキュリテが守ってくれないはずがなかった。
 どうか、闇巫女様の御心が変わることのありませんように。
 どうか、サイファが二度とは見捨てられることのありませんように。
 神様――


  **――*――**


 数日後、私の様子を見に戻ったサイファに聞いたの。

「サイファ、闇神殿に泊まり込めば、多めにお金をもらえるの?」

 サイファはすごく、途惑ったみたいだった。
 だけど、私に無断で、昨日まで泊まり込んでいたくらいだもの。
 闇巫女様と一緒にいたいのよね? 闇神殿で暮らしたいのよね?

「それなら、いいのよ、帰ってこなくて」

 サイファが息を呑んだ。
 サイファの首を絞めて殺すしか、サイファを助ける方法を思いつかないお母さんのところには、もう、帰ってこなくていいの。
 闇神殿なら、闇の神様オプスキュリテがあなたと共にある。
 あの人がいなくなってから、いつも怪我をして、顔色も悪かったサイファが、闇巫女様とのご縁を頂いてから、元気になったもの。
 昔みたいに、楽しそうに笑うようになったもの。
 可愛くておかしいんだよって、弾む声で闇巫女様のことばかり話した。
 そうかと思えば、闇巫女様が編入してきたら四年生のクラスの子達とお友達になれたって、嬉しそうにはしゃいで、ジャイロとケンカしちゃった、楽しかったって笑ってた。

「母さん?」

 これで見納めかもしれない。
 だから、サイファの姿を目に焼きつけておこうと思ったの。
 私の宝物。
 頭をなでてあげたら、まだ途惑っているようだったけど、心地好さそうに目を伏せて、微笑んだ。
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