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第一章 舞い降りた天使

第27話 生まれて初めて

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 時の神殿を訪ねた翌日。
 目が覚めたら、たくさん歩いて疲れたみたいで、デゼルが珍しく朝寝坊をしてたんだ。いつも、デゼルの方が僕より早いか、僕が目を覚ました気配でデゼルも起きてしまうから、デゼルの寝顔をゆっくり見られたのって、今日が初めて。
 とっても可愛い。
 ふにふにのほっぺ、ちょっとつついてみたけど起きなかった。
 よっぽど疲れたんだね。
 デゼルの額に優しく、いつものおはようのキスをして、僕はなるべく音を立てないように起き出すと、パジャマを着替えた。
 デゼルが寝ている間に、母さんに会ってこようと思って。
 ほとんど家出みたいにして、闇神殿に泊まり込んでるの、母さん、どう思ってるんだろう。ここにいるのは知らせてあるから、家出ではないんだけど。



「母さん……?」

 ただいまって、後ろめたくて小声になっちゃった。
 公国を滅亡から救おうとしてるデゼルを手伝うために、闇神殿に泊まり込んでるんだから、悪いことをしてるわけじゃない、はずなんだけど。
 僕とデゼルがどんなに頑張ったって、運命は変えられないかもしれない。
 期待されたら困るし、パニックが起きたらもっと困るから、誰にも内緒って、デゼルから言われてるんだ。
 僕もその方がいいと思って、母さんにも誰にも内緒にしてるから。
 母さん、僕が非行少年になったと思って、心配したり、悲しんだりしているかもしれない。
 もともと、先生やクラスのみんなには悪い子だと思われていて、先生からのお手紙を母さんに渡さずに捨てていたことだけは、本当だし。
 なにも、それ以外の悪いことはしてないんだよ?
 したことにされて、してないって、誰も信じてくれなかっただけ。
 窒息しそうに重たくて、灰色だったはずの僕の毎日は、たった一人、信じてくれるデゼルが同じクラスに編入してきたら、まるで、これまでのことがただの悪夢だったみたいに、明るく優しく輝き始めて、息をするのがとてもラクになったんだ。
 だけど、これまでのことが、なかったことになったわけじゃないから。
 母さんが心配して先生に相談しに行ったりしたら、僕の非行の話になるかもしれない。
 その話にならなくても、闇巫女様は公子様と婚約してるんだから駄目なのよとか、気持ちは変わるのよとか、また、言われるのかもしれない。
 気持ちが重たくて、後ろめたくて、うつむきがちにしていた僕に、怒っているようでも、不安そうでもない母さんの声がかけられて、びっくりしたんだ。

「サイファ、闇神殿に泊まり込めば、多めにお金をもらえるの?」

 僕、そんなこと、考えてもみなかった。
 だって、病気のデゼルの傍についていたり、公国が滅ばないように手伝ったりするのに、お金をもらうの?
 僕、そんな、お金が欲しくてデゼルの傍にいるんじゃないのに、そう思われるの、いやだ。
 借金がたくさんあって、そんなこと言っていられないのは、わかってるけど。
 僕って、わがままなのかな。
 いやだよ、そんなの。

「デゼルに聞いてみないとわからないけど、……たぶん、もらえると思う……」

 いやだって、聞いてみたくないって言えずにいたら、母さんが目の色を変えて笑ったんだ。
 なんだろう、なんだか怖かった。
 今にも、壊れてしまいそうに見えた。――母さん?

「それなら、いいのよ、帰ってこなくて」

 どくんと、心臓が跳ねた。

 えっ……?
 母さん、なんて?

 帰ってこなくていいって、それ、闇神殿に泊まり込めばお金をもらえるなら、帰ってきたらいけない……?

 なんだろう、胸がドキドキしてきた。
 母さんも、父さんも、僕のこと、売ったり、捨てたりできるくらい、いらなかったんだって、言われた気がして。
 どうしよう、涙が出そう。

 冷たい母さんの手が、優しく僕の髪をなでた。

「母さん?」

 どうしたんだろう。
 母さんこそ、泣いてるみたいに見えた。
 僕の髪をなでる母さんの手は、優しくて、心地好くて、僕がいらない人の手には、思えなかった。

 僕がいらないんじゃなくて、お金がいるのかな……。
 そうだよね、いやだなんて、やっぱり、わがままなんだ。

 僕が借りてきた金貨三十枚の借金が、もう三百枚になってしまって。
 このまま増えたら、どうなるんだろう。
 借金って、いくら増えてもいいものなのか、僕も、不安だった。

 デゼルに……聞いてみなくちゃいけないんだね……。
 借りてきたのも、返せなかったのも、僕なんだから……。


 仕方ないってわかってるのに、着替えや宿題を持って家を出た後、少しだけ泣いた。
 すごく、つらくて、握り締めたこぶしが震えた。
 デゼルの体調が悪い時に、お金をくれるなら傍についててあげるって、言わないといけないんだ。
 僕には、いざという時に、デゼルの傍に必ずついててあげることさえ、できないんだ。

 死にたいって思ったのも、無駄に河原で小石を投げたのも、生まれて初めてだった。
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