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第一章 舞い降りた天使
第5話 家庭教師のお仕事
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「デゼルは、読み書きはできるの? ひらがな、わかる?」
デゼル、学校には通ってないって言うから、一年生からかなと思ったんだけど。
「読み書きはできるの、これ、読めるから」
本棚から、おとなの人が読むような分厚い本をデゼルが重たそうに持ってきたから、すごく、びっくりした。
「オ プス キュリテ …」
タイトルがローマ字だったから、僕の方が読むのに時間がかかったみたい。
デゼル、ローマ字まで読めるんだ。
四年生で習うのに。
「これ、なんて読むの?」
「これは巫女で、あと、こっちは信仰」
……どうしよう、読めないだけじゃなくて、聞いても何のことなのかわからない。
うん、ちょっと、デゼルに教えられる読み書きはないみたいだね。
カッコ悪いな、僕。
「じゃあ、算数は――足し算はわかる?」
僕たちの小学校は、読み書きと算数と生活科の三教科で、平日の午前中だけ。
たまに丸一日かけて生活科の校外学習をすることもあるけど。
また、デゼルが可愛らしく、こくんとうなずいた。
「算数もいいの、ぜんぶ、わかるから」
――全部って?
どういう意味だろう。
全部……
「あのね、デゼル。金貨30枚の借金が、働いて返してるのに、1年で金貨100枚に増えてしまうことがある計算、わかる?」
まさか、わかるわけないよね。
僕にも母さんにも、どうして増えたのかわからないんだ。
ただ、ちょっと。
デゼルがぜんぶわかるなんて言うから、聞いてみただけ。
「1年で3倍以上? うーんと、1.1の2乗の2乗の3乗で約3.14だから……」
わかるわけないと思ったのに、デゼルが可愛らしい小さな手で、エクセルが欲しいっていう謎の言葉をつぶやきながら、すごく複雑な小数計算を始めて。
「ええとね、月利10%でも年利200%を超えるから、3倍の金貨90枚にはなるよ。金貨100枚に増えるなら月利11%以上かな」
僕、息を呑んだんだ。
デゼルがした計算の意味、全然、わからないんだけど。
僕の家の借金は、確かに、月利12%だったから。
僕と母さんで何度も計算して、金貨30枚なら、月に金貨3枚と銀貨6枚の利息だと思って借りたのに、借りてしまった後で、こうりがしに違うって言われて。
そんなこと、何も知らないデゼルが言うんだから、ほんとに、僕と母さんの計算の方が間違ってたんだ。
「サイファ様、間違ってもトイチとかで借りちゃ駄目だよ。1年で30倍になるからね」
「えぇっ」
どういう計算なの!?
どうしよう、もうすぐ借金が金貨300枚になるなんて、とても言えないよ。
ほんとに、デゼルの家庭教師のお仕事、頑張らなくちゃ。
1時間で銀貨1枚の、すごく割のいいお仕事なんだから。
デゼル、読み書きも算数も僕よりできるみたいで、教えてあげられることが何かあるのか、不安になってきたけど……。
「じゃあ、生活科?」
聞いてみたら、デゼルが可愛らしい握りこぶしで、こくっとうなずいた。
よかった、そうだよね。
デゼル、食べられる草がどれかとか、魚の獲り方とか、料理の仕方とか、わからないみたいだったし。
僕、生活科は得意だよ。
本当なら五年生だから、四年生の子供たちと比べてクラスで2番でも、自慢にはならないけど。
1番はジャイロ。
生活科は男の子と女の子で科目が少し違って、僕、女の子向けの料理とか洗濯の方が得意なの恥ずかしかったんだけど、デゼルができなくて、教えてあげられるなら、得意でよかった。
男の子向けの科目は、その、お金がかかるんだ。
工具や彫刻刀を買うお金がないから、ほとんど壊れかけたお古を譲ってもらって使ってるけど、壊れかけっていうか壊れてるっていうか……。
ジャイロのおうちはお母さんがいない父子家庭で、お金だけはあるけど、ほとんど、お姉さんと二人で生活してるみたい。
お父さんは家にお金を入れる以外のことは何もしないみたいで、だから、お母さんがするはずのことはお姉さんが、お父さんがするはずのことはジャイロが全部するみたい。
ジャイロは体格もいいから、誰も生活科ではジャイロに敵わないんだ。
僕でも、デゼルの家庭教師で借金を返せたら、おとなになれるかな?
それよりも、三年後に、公国が滅びてしまう予定なんだっけ。
どうにかしなくちゃね。
すごく、たいへんなことのような気もするけど。
デゼルと二人なら、何でもできるような気がするから不思議。
一人じゃないって、こんなに、幸せで前向きな気持ちになれて、楽しいことだったんだね。
デゼルの嬉しそうな笑顔を見るたびに、楽しそうな笑い声を聞くたびに、擦り切れてしまいそうだった心と体に力が湧いてきて、まだ、頑張れると思えたんだ。
家庭教師を始めてすぐは、デゼルがあんなこと言い出すなんて、思いもよらなかったから。
デゼル、学校には通ってないって言うから、一年生からかなと思ったんだけど。
「読み書きはできるの、これ、読めるから」
本棚から、おとなの人が読むような分厚い本をデゼルが重たそうに持ってきたから、すごく、びっくりした。
「オ プス キュリテ …」
タイトルがローマ字だったから、僕の方が読むのに時間がかかったみたい。
デゼル、ローマ字まで読めるんだ。
四年生で習うのに。
「これ、なんて読むの?」
「これは巫女で、あと、こっちは信仰」
……どうしよう、読めないだけじゃなくて、聞いても何のことなのかわからない。
うん、ちょっと、デゼルに教えられる読み書きはないみたいだね。
カッコ悪いな、僕。
「じゃあ、算数は――足し算はわかる?」
僕たちの小学校は、読み書きと算数と生活科の三教科で、平日の午前中だけ。
たまに丸一日かけて生活科の校外学習をすることもあるけど。
また、デゼルが可愛らしく、こくんとうなずいた。
「算数もいいの、ぜんぶ、わかるから」
――全部って?
どういう意味だろう。
全部……
「あのね、デゼル。金貨30枚の借金が、働いて返してるのに、1年で金貨100枚に増えてしまうことがある計算、わかる?」
まさか、わかるわけないよね。
僕にも母さんにも、どうして増えたのかわからないんだ。
ただ、ちょっと。
デゼルがぜんぶわかるなんて言うから、聞いてみただけ。
「1年で3倍以上? うーんと、1.1の2乗の2乗の3乗で約3.14だから……」
わかるわけないと思ったのに、デゼルが可愛らしい小さな手で、エクセルが欲しいっていう謎の言葉をつぶやきながら、すごく複雑な小数計算を始めて。
「ええとね、月利10%でも年利200%を超えるから、3倍の金貨90枚にはなるよ。金貨100枚に増えるなら月利11%以上かな」
僕、息を呑んだんだ。
デゼルがした計算の意味、全然、わからないんだけど。
僕の家の借金は、確かに、月利12%だったから。
僕と母さんで何度も計算して、金貨30枚なら、月に金貨3枚と銀貨6枚の利息だと思って借りたのに、借りてしまった後で、こうりがしに違うって言われて。
そんなこと、何も知らないデゼルが言うんだから、ほんとに、僕と母さんの計算の方が間違ってたんだ。
「サイファ様、間違ってもトイチとかで借りちゃ駄目だよ。1年で30倍になるからね」
「えぇっ」
どういう計算なの!?
どうしよう、もうすぐ借金が金貨300枚になるなんて、とても言えないよ。
ほんとに、デゼルの家庭教師のお仕事、頑張らなくちゃ。
1時間で銀貨1枚の、すごく割のいいお仕事なんだから。
デゼル、読み書きも算数も僕よりできるみたいで、教えてあげられることが何かあるのか、不安になってきたけど……。
「じゃあ、生活科?」
聞いてみたら、デゼルが可愛らしい握りこぶしで、こくっとうなずいた。
よかった、そうだよね。
デゼル、食べられる草がどれかとか、魚の獲り方とか、料理の仕方とか、わからないみたいだったし。
僕、生活科は得意だよ。
本当なら五年生だから、四年生の子供たちと比べてクラスで2番でも、自慢にはならないけど。
1番はジャイロ。
生活科は男の子と女の子で科目が少し違って、僕、女の子向けの料理とか洗濯の方が得意なの恥ずかしかったんだけど、デゼルができなくて、教えてあげられるなら、得意でよかった。
男の子向けの科目は、その、お金がかかるんだ。
工具や彫刻刀を買うお金がないから、ほとんど壊れかけたお古を譲ってもらって使ってるけど、壊れかけっていうか壊れてるっていうか……。
ジャイロのおうちはお母さんがいない父子家庭で、お金だけはあるけど、ほとんど、お姉さんと二人で生活してるみたい。
お父さんは家にお金を入れる以外のことは何もしないみたいで、だから、お母さんがするはずのことはお姉さんが、お父さんがするはずのことはジャイロが全部するみたい。
ジャイロは体格もいいから、誰も生活科ではジャイロに敵わないんだ。
僕でも、デゼルの家庭教師で借金を返せたら、おとなになれるかな?
それよりも、三年後に、公国が滅びてしまう予定なんだっけ。
どうにかしなくちゃね。
すごく、たいへんなことのような気もするけど。
デゼルと二人なら、何でもできるような気がするから不思議。
一人じゃないって、こんなに、幸せで前向きな気持ちになれて、楽しいことだったんだね。
デゼルの嬉しそうな笑顔を見るたびに、楽しそうな笑い声を聞くたびに、擦り切れてしまいそうだった心と体に力が湧いてきて、まだ、頑張れると思えたんだ。
家庭教師を始めてすぐは、デゼルがあんなこと言い出すなんて、思いもよらなかったから。
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