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第一章 舞い降りた天使
第8話 悪役令嬢は町人Jにケンカを売る
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「冥夜の悪夢!」
「うわぁああ!」
黒い靄に包まれたジャイロが頭を抱えて悲鳴を上げた。
よかった、僕にはまだ使えないけど、術式は知ってる。幻覚を見せる闇魔法だ。
デゼル、ジャイロに怪我をさせようとまではしないみたい。
「先生!」
真っ青になったスニールがあわてて先生を呼んできた。
ジャイロとデゼルを見比べて、ガタガタ震えながら、スニールが先生に言った。
「サイファが枝を折って、ジャイロがサイファを注意したら、デゼルが……!」
泡を吹いて倒れたジャイロを見下ろしながら、デゼルが冷たく、邪悪にさえ見える微笑みを浮かべたんだ。
背筋が凍るような迫力だったけど、僕は、いつもと違う表情のデゼルに魅せられてた。そんな表情も、すごく綺麗で。
「あれれぇ~! ジャイロ、倒れちゃったぁ! せんせぇ、あのねぇ、デゼルがね。サイファに駄目って言われたのに、闇魔法で枝を折ったのを、ジャイロとスニールが見間違えてぇ! 枝を折るなんて悪い子だって怒ったからぁ、デゼル、こわくなってジャイロに闇魔法を撃っちゃったの、ごめんなさぁい」
――何!?
デゼルは何を言ってるの!?
声の調子も言ってることも、全然、デゼルらしくない。
滅茶苦茶だよ、デゼル!?
はっと、役目を思い出したように、先生があわててジャイロを抱き起こして脈を確かめた。
大丈夫、ジャイロは気絶しているだけ。
「デゼル、もうしないからぁ、マリベル様の権力でぇ、もみけしてもらってください~」
一部始終を見ていた子達と、見ていなかった子達が、それぞれ違う衝撃を受けた様子でざわめいてた。
信じられない。
デゼル、ニヤニヤしてるけど、何を考えてるの!?
「デゼル、君は……!」
「ごめんなさぁい」
先生にもう一度謝ったデゼルが、ぎゅっと、震える手で僕の手を握ったんだ。
……あ。
デゼル、震えてる。
怖いんだ。
「サイファ、デゼルのせいで、殴られてごめんなさぁい」
デゼルが泣きながら、僕の怪我にヒールしてくれた。
こんな、ことって。
いくらデゼルの頭がいいからって、こんなことって!
「サイファ、今日はもう、帰ろう。デゼル、つかれた……」
デゼルが憔悴した顔で、「これ、誰かにあげる」と、ジャイロにもらった木の実を先生に渡してリュックをキノコだけにした。
そのデゼルと一緒にしばらく歩いた。
いったい、なんて声をかけてあげたらいいの。
何もできずにただ、デゼルに庇われた自分が悔しくて、あんまり情けなくて。
みんなが遠くなった頃に、僕は黙ったまま、立ち止まった。
「サイファ、デゼルのこと、嫌いになった……?」
「何言って……! そんなわけない!」
情けないよ、こんなことが言いたいんじゃないのに。
こんなこと、涙声で叫ぶように言うしかできない。
「どうして、デゼルが枝を折ったなんて」
「サイファが折ったんじゃないからよ」
そんなの、おかしいんだ。
デゼルは七歳の女の子なのに、どうして、そのデゼルが僕を庇うの!
僕は強くこぶしを握り締めたけど、何も、できることも、かけてあげられる言葉も見つからない。
「サイファ、みんなの悪意が重いの……今日だけでいい、デゼルの傍にいて。デゼルのこと、嫌いになってなかったら、行かないで」
「嫌いなわけない!」
たまらなくて、デゼルをぎゅっと抱き締めた。
デゼルを嫌いになんて、なるわけないのに。
苦しそうだったデゼルの息が、ふっと、やわらかくなった。
――デゼル?
「よかった……」
「デゼル……? どうしたの、震えてるし、熱があるんじゃ」
「サイファが傍にいてくれたら、へいき……」
平気なんかじゃない。
デゼル、すごく、弱ってる。
途中で歩けなくなってしまったデゼルを、僕は懸命に、僕にできる限り急いで、大人の人のいるところまで運んだんだ。
「デゼル様、どうなさったのですか!」
「マリベル様、今夜はサイファに、デゼルの闇主に、ついていて欲しいの。サイファのおうちに、神殿に泊まるから帰れないって、使者を……」
デゼル、いやだ。
まさか、父さんが帰ってこなくなったみたいに、死んじゃわないよね?
お願いだから、元気になってよ。
僕にできることがあるなら、何でもするから――!!
「うわぁああ!」
黒い靄に包まれたジャイロが頭を抱えて悲鳴を上げた。
よかった、僕にはまだ使えないけど、術式は知ってる。幻覚を見せる闇魔法だ。
デゼル、ジャイロに怪我をさせようとまではしないみたい。
「先生!」
真っ青になったスニールがあわてて先生を呼んできた。
ジャイロとデゼルを見比べて、ガタガタ震えながら、スニールが先生に言った。
「サイファが枝を折って、ジャイロがサイファを注意したら、デゼルが……!」
泡を吹いて倒れたジャイロを見下ろしながら、デゼルが冷たく、邪悪にさえ見える微笑みを浮かべたんだ。
背筋が凍るような迫力だったけど、僕は、いつもと違う表情のデゼルに魅せられてた。そんな表情も、すごく綺麗で。
「あれれぇ~! ジャイロ、倒れちゃったぁ! せんせぇ、あのねぇ、デゼルがね。サイファに駄目って言われたのに、闇魔法で枝を折ったのを、ジャイロとスニールが見間違えてぇ! 枝を折るなんて悪い子だって怒ったからぁ、デゼル、こわくなってジャイロに闇魔法を撃っちゃったの、ごめんなさぁい」
――何!?
デゼルは何を言ってるの!?
声の調子も言ってることも、全然、デゼルらしくない。
滅茶苦茶だよ、デゼル!?
はっと、役目を思い出したように、先生があわててジャイロを抱き起こして脈を確かめた。
大丈夫、ジャイロは気絶しているだけ。
「デゼル、もうしないからぁ、マリベル様の権力でぇ、もみけしてもらってください~」
一部始終を見ていた子達と、見ていなかった子達が、それぞれ違う衝撃を受けた様子でざわめいてた。
信じられない。
デゼル、ニヤニヤしてるけど、何を考えてるの!?
「デゼル、君は……!」
「ごめんなさぁい」
先生にもう一度謝ったデゼルが、ぎゅっと、震える手で僕の手を握ったんだ。
……あ。
デゼル、震えてる。
怖いんだ。
「サイファ、デゼルのせいで、殴られてごめんなさぁい」
デゼルが泣きながら、僕の怪我にヒールしてくれた。
こんな、ことって。
いくらデゼルの頭がいいからって、こんなことって!
「サイファ、今日はもう、帰ろう。デゼル、つかれた……」
デゼルが憔悴した顔で、「これ、誰かにあげる」と、ジャイロにもらった木の実を先生に渡してリュックをキノコだけにした。
そのデゼルと一緒にしばらく歩いた。
いったい、なんて声をかけてあげたらいいの。
何もできずにただ、デゼルに庇われた自分が悔しくて、あんまり情けなくて。
みんなが遠くなった頃に、僕は黙ったまま、立ち止まった。
「サイファ、デゼルのこと、嫌いになった……?」
「何言って……! そんなわけない!」
情けないよ、こんなことが言いたいんじゃないのに。
こんなこと、涙声で叫ぶように言うしかできない。
「どうして、デゼルが枝を折ったなんて」
「サイファが折ったんじゃないからよ」
そんなの、おかしいんだ。
デゼルは七歳の女の子なのに、どうして、そのデゼルが僕を庇うの!
僕は強くこぶしを握り締めたけど、何も、できることも、かけてあげられる言葉も見つからない。
「サイファ、みんなの悪意が重いの……今日だけでいい、デゼルの傍にいて。デゼルのこと、嫌いになってなかったら、行かないで」
「嫌いなわけない!」
たまらなくて、デゼルをぎゅっと抱き締めた。
デゼルを嫌いになんて、なるわけないのに。
苦しそうだったデゼルの息が、ふっと、やわらかくなった。
――デゼル?
「よかった……」
「デゼル……? どうしたの、震えてるし、熱があるんじゃ」
「サイファが傍にいてくれたら、へいき……」
平気なんかじゃない。
デゼル、すごく、弱ってる。
途中で歩けなくなってしまったデゼルを、僕は懸命に、僕にできる限り急いで、大人の人のいるところまで運んだんだ。
「デゼル様、どうなさったのですか!」
「マリベル様、今夜はサイファに、デゼルの闇主に、ついていて欲しいの。サイファのおうちに、神殿に泊まるから帰れないって、使者を……」
デゼル、いやだ。
まさか、父さんが帰ってこなくなったみたいに、死んじゃわないよね?
お願いだから、元気になってよ。
僕にできることがあるなら、何でもするから――!!
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