雪月花の物語 ~聖域の悪魔~

冴條玲

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第五章 闇血呪

5-4a. 晩餐の後

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 その後、皇帝の側室も加わって、晩餐の時間は賑やかに過ぎて行った。
 夜の帳が降りた皇帝の居室で、眠たげに寝酒を舐めていたゼルダは、ヴァン・ガーディナの膝ですやすやと寝息を立てている。
 ライゼールからの長旅、立て続けの高等な死霊術、あげくにボロボロ泣いていたから、体力を使い切ったのだろう。晩餐でも、姉妹に随分と尽くしていたし。

「随分、手懐けたな?」

 ヴァン・ガーディナは笑って、ゼルダの手元を示した。

「父上にも懐いていますよ」

 片手で兄皇子にしがみついている割に、もう片方の手は、皇帝の寝着の端を握り締めていたりした。
 皇帝がふっと笑みをこぼす。
 ヴァン・ガーディナに髪を撫でられて、ゼルダが心地好さげに身じろぎした。

「おまえにはいつか、話しておこうと思っていたが。ゼルシアの功罪は、皇室にとっては功が勝るものだ。ゼルダにとってもな」

 あまりにも思いがけず、ヴァン・ガーディナは聞き違えたかと思った。

「母上に、皇室のためになる功がありますか……?」
「山ほどあるぞ。そうだな、確実なところでおまえを生んだ」

 それ、皇室のためなのか。
 ずっと、この命は皇室に仇なすものと思って――

「賭けてもいい、それだけ指摘してやっても、ゼルダは黙るぞ。すごく悩むだろう、この子は、ゼルシアがアルディナンを殺したと思っているからな」
「違うのですか?」

 まさか、方術師が殺したなんて、父皇帝に限って言わないだろう。
 口の端だけで笑った皇帝が、やおら、くつくつ笑った。

「おまえも、ゼルダと同レベルだな?」
「――……」

 何だろう、この屈辱感。

「私が生まれたのは、先代皇帝が四十歳を過ぎた頃だ」

 答えとも思われない、ヴァン・ガーディナが知らなかった先代の話を、ハーケンベルクは唐突に語り出した。

「二十年前のカムラは滅亡寸前だった。おまえだけじゃない、ゼルシアがいなければ、おそらくゼルダも生まれていない。酷い状態だった――」

 悲劇の始まりは、先代の妃が出産できずに死んでしまったことだろう。
 カムラ皇室は伝統的に愛に狂う。唯一無二の妃を愛し抜き、失うと惨事を起こす傾向にあるので、皇子は若い頃から、後宮ハーレムを持たないことは国を滅ぼす罪悪であると叩き込まれる。
 それでも、先代は最愛の妃一人しか、妃を迎えていなかった。
 その妃の死が、暗殺だったのか、不幸だったのかはわからない。
 いずれにしても、先代は二十年もの間、妃と産声を上げることなく息絶えた長男が蘇る日を信じ、別の妃を娶ろうとはしなかった。
 狂気に侵され、重臣達の操り人形だった皇帝の治世下、帝国は荒れ放題で、権力は腐敗した。例えるならば、死後二十年余を経過しながら、白骨化しなかった死霊の腐敗ぶりだろう。
 事ここに至り、さすがに重臣達も、このままでは帝国が滅亡すると危惧し始めた。
 彼らは、蘇った皇子を守る人間が必要だと皇帝を説得し、ようやく、二人目の妃を娶らせる。その皇子がハーケンベルクだ。
 ハーケンベルクは幼い頃から、いつか蘇った皇太子を愛し守るようにと、立派な皇帝補佐になるようにと、先代に繰り返し言い聞かされて育てられた。
 そのつもりだったのは先代だけで、他には誰一人、皇太子が蘇るなどとは信じていなかったのだが。

 先代皇帝のもうろくぶりは酷かった。

 それは、指一本触れていない女性に、酒の席で乱暴されたと涙ながらに訴えられ、その子供を認知してしまったほどだ。
 それが第二皇子シャークスである。
 シャークスの母妃は、もう、そっとして置いて欲しいと願い、その後も、老いた皇帝には指一本触れさせていない。
 ハーケンベルクとシャークスは似ても似つかなかったが、他に兄弟のいないハーケンベルクは、異母兄弟ということもあり、シャークスを弟だと信じていたが――
 あまりにも、馬鹿にした話だった。恐らく、シャークスにはカムラ皇室の血など一滴も流れていまい。裏切られてから調べてみれば、シャークスは早産で、本当に早産であったと考えるより、皇帝の子ではないと考えた方が自然だった。
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