48 / 55
五 祟り
五 祟り【8】
しおりを挟む
「霞月!!」
神の怒りに大気が震えた、刹那。
御影は目を覚ましていた。
神の怒りそのものかのような稲妻が地を打ち、霞月が足場ごと、濁流に呑まれるのを見た。
考える前に体が動いた。
「御影、戻れ! 無理だ!!」
雷雨の中を、無謀にも馬で駆ける影が二つ、見え隠れしていた。
稲妻に驚き、馬がついに止まってしまうと、御影は馬を降り、そのまま川に飛び込もうとした。
「御影!」
追いついた紫苑がその腕をつかみ、風雨に抗うように怒鳴った。
「いくらおまえでも濁流の中など泳げぬ! ましてその傷、無駄に命を落とす気か!」
「黙れ! ならあんたは、由良が流されるのを黙って見てられるのか!! 放せ!!」
押し問答している暇はない。無理だと言われて引き下がれるくらいなら、元より、この場所にいない。
「――なら、私が行く! そなたは下が――」
ドンと、御影が隙をついて紫苑を突き飛ばした。
「飛影はあんたが束ねろ」
そのまま、彼自身は反動で川に落ちていった。
「御影っ!!」
落ちながら、御影は少し笑った。紫苑で救えるものか。
紫苑の覚悟は霞月でなく、御影を死なせまいとするものだ。
御影を死なせないためなら、己も霞月も切り捨てる。
そんなこと、彼が許すと思うなら、甘い。
――兄上、信じてるからな。俺なんかより、あんたの方がよっぽど冷静で有能だろ?――
他の誰にできないことでも、御影にさえできないことでも、紫苑にならできるはずだ。呪羅の呪いにさえ、克ったのだから。
長く続いた戦、百年以上も続いた魂盗り、どちらも紫苑が終わらせたのだ。あの兄はただ、諦めが良すぎるだけだ。
それでも、流されているのが御影であれば、紫苑は必ず追ってくるから。
楽はさせない。
紫苑なら、決して御影がしたような濁流に飛び込む愚は冒さず、確実な手段で助けようとするはずだ。
――この命は手放さない。
紫苑に諦めさせない。
霞月の命も、決して、諦めはしないから――!
荒れ狂う濁流に落ち、感覚の全てが閉ざされる中、御影は懸命に霞月を探した。
「霞月!」
激痛があるはずだった。
深手を負った体はどれほども、動かないはずだった。
それでも、御影はついに彼女を見つけ出していた。
濁流の中、どう泳いだのか。
懸命に伸ばした手が、霞月を掴んだ。
「……ヵ……」
既に大分水を呑み、体力も気力も根こそぎ失った様子の霞月に、御影がわかったか、わからない。
何か言おうとしたようにも見えたが、気のせいだったのかもしれない。
御影は抗う力も、すがりつく力も失った霞月を抱え込むと、懸命に活路を探した。
川は絶望的に荒れ狂い、濁流にみるみる血と体力が呑み込まれて行く。
“ お兄ちゃん ”
闇と、雷光と、濁流だけが支配するはずの世界に。
聞こえるはずのない声がして、振り向いた。
淡く、白い着物を着た、幼い少女の姿が視えた。
それは束の間のことで、次には、轟音と濁流が戻った。
大き過ぎる、黒い塊を連れて。
神の怒りに大気が震えた、刹那。
御影は目を覚ましていた。
神の怒りそのものかのような稲妻が地を打ち、霞月が足場ごと、濁流に呑まれるのを見た。
考える前に体が動いた。
「御影、戻れ! 無理だ!!」
雷雨の中を、無謀にも馬で駆ける影が二つ、見え隠れしていた。
稲妻に驚き、馬がついに止まってしまうと、御影は馬を降り、そのまま川に飛び込もうとした。
「御影!」
追いついた紫苑がその腕をつかみ、風雨に抗うように怒鳴った。
「いくらおまえでも濁流の中など泳げぬ! ましてその傷、無駄に命を落とす気か!」
「黙れ! ならあんたは、由良が流されるのを黙って見てられるのか!! 放せ!!」
押し問答している暇はない。無理だと言われて引き下がれるくらいなら、元より、この場所にいない。
「――なら、私が行く! そなたは下が――」
ドンと、御影が隙をついて紫苑を突き飛ばした。
「飛影はあんたが束ねろ」
そのまま、彼自身は反動で川に落ちていった。
「御影っ!!」
落ちながら、御影は少し笑った。紫苑で救えるものか。
紫苑の覚悟は霞月でなく、御影を死なせまいとするものだ。
御影を死なせないためなら、己も霞月も切り捨てる。
そんなこと、彼が許すと思うなら、甘い。
――兄上、信じてるからな。俺なんかより、あんたの方がよっぽど冷静で有能だろ?――
他の誰にできないことでも、御影にさえできないことでも、紫苑にならできるはずだ。呪羅の呪いにさえ、克ったのだから。
長く続いた戦、百年以上も続いた魂盗り、どちらも紫苑が終わらせたのだ。あの兄はただ、諦めが良すぎるだけだ。
それでも、流されているのが御影であれば、紫苑は必ず追ってくるから。
楽はさせない。
紫苑なら、決して御影がしたような濁流に飛び込む愚は冒さず、確実な手段で助けようとするはずだ。
――この命は手放さない。
紫苑に諦めさせない。
霞月の命も、決して、諦めはしないから――!
荒れ狂う濁流に落ち、感覚の全てが閉ざされる中、御影は懸命に霞月を探した。
「霞月!」
激痛があるはずだった。
深手を負った体はどれほども、動かないはずだった。
それでも、御影はついに彼女を見つけ出していた。
濁流の中、どう泳いだのか。
懸命に伸ばした手が、霞月を掴んだ。
「……ヵ……」
既に大分水を呑み、体力も気力も根こそぎ失った様子の霞月に、御影がわかったか、わからない。
何か言おうとしたようにも見えたが、気のせいだったのかもしれない。
御影は抗う力も、すがりつく力も失った霞月を抱え込むと、懸命に活路を探した。
川は絶望的に荒れ狂い、濁流にみるみる血と体力が呑み込まれて行く。
“ お兄ちゃん ”
闇と、雷光と、濁流だけが支配するはずの世界に。
聞こえるはずのない声がして、振り向いた。
淡く、白い着物を着た、幼い少女の姿が視えた。
それは束の間のことで、次には、轟音と濁流が戻った。
大き過ぎる、黒い塊を連れて。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる