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弐 夢見た朝
弐 夢見た朝【1】
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「由良っ!」
翌、早朝。
夜が明ける頃から動き回っていた御影は、朝食の用意を終えたばかりの由良をつかまえると、有無を言わさず引っ張り出した。
「み、御影様!? 何ですか!? どこに行かれるのですか!? 由良はこれから、小夜を起こしに行くんですよっ」
「今日はいいいから。ってか、一泊二日で呪羅の里まで行くから。族長命令なんだから、文句言うなよな」
「えええー!? 聞いてません、何ですか! そんなこと、紫苑様に相談してからでないと駄目ですっ! 急に言われたって困ります!」
御影は全然聞いていないようで、さっさと由良を抱きかかえると、馬に無理やり跨らせてしまった。
「こんなの、人さらいですーっ!」
「人さらいで結構。おい、おまえ前走れよ。遅いんだから」
御影がパンと尻を叩いて馬を走らせるものだから、由良は悲鳴を上げてそれにしがみついた。
「きゃああああっ」
御影に問答無用で追い立てられて出発する由良を、紫苑が微笑ましげな表情で、小夜を抱えて見送っている。
しかし、そこは紫苑のことで、抜かりなかった。
御影には断らず、護衛を二人ほどつけている。
少し間を空けて追わせるのだ。
由良はもちろん、御影もどうやら気になる女性がいるらしく、見境がなくなっている。二人共に心配な状態で、まさか放っておくような紫苑ではなかった。
「無事に帰ってくるといいが……」
ただのカンながら、おそらく、何とかするんだろうと案外楽観的に、紫苑は奥に戻った。
**――*――**
いよいよ食うに困り、霞月は見回りの目を盗んで、山に入っていた。
見つかれば殺されるし、山自体が、安全な場所ではない。
それでも、子らをこのまま餓死させるわけにはいかないから。
ぱきっ
足元でわずかに、踏んだ小枝が鳴った。
何かないかと探しながら、山の奥へ、奥へと進む。
なかなか目ぼしいものは見つからなかった。
見回りの目を盗んで山に入るのは、霞月だけではないのだ。
山深くない辺りのものは、既に取り尽くされている。
マムシもいるし、毒虫も、――熊もいる。
それでも、その山の奥に入って行くしかなくて。
一人きりで進んでいると、ひどく不安で恐ろしかった。
その恐怖を紛らわせようとするかのように、霞月は飾り紐を一本、握り締めていた。
御影のものだ。
馬にさらわれた時に、はずみで取ってしまったのだ。
御影が助けてくれるとは、思っていない。
ただ。
彼女を守ってくれる者は、戦火の中で皆、死んでしまったから。
守り手を求める気持ちを、その紐を握り締めることで紛らわせていた。今は強くなければならない。
命を懸けて守ってもらった命だから、今度は、霞月が守る番だった。託された子らを。
あの子らのために、なんとしても無事に、食料を取って帰らなければ……。
小一時間ほど進んだ頃に、霞月はどうやら、食べられそうな木の実を見つけて手を伸ばした。いや、伸ばしかけてふと、その動きを止めた。
木の枝に、蛇が巻きついていたのだ。
何の蛇だろう。毒蛇だろうか。
あれの他にも、近くにいるかもしれない――
霞月は緊張しながら辺りの様子をうかがい、逡巡した後、そろそろとその木の実に手を伸ばした。
蛇の様子をうかがいながら、刺激しないように、木の実を取っていく。
いくつか実をもいだ頃、ふいに蛇が動き出し、彼女目がけて降ってきたものだから、霞月は悲鳴を上げて飛び退いた。蛇は霞月など一顧だにせず、そのまま、するすると草の間に消えていった。
「……くっ……」
逃げ出したい思いを必死に堪えて、霞月は採取に戻った。
食べ物を集めて帰らなければ、子らが飢える。
可哀相だ。
子らが、待っているのだから――
翌、早朝。
夜が明ける頃から動き回っていた御影は、朝食の用意を終えたばかりの由良をつかまえると、有無を言わさず引っ張り出した。
「み、御影様!? 何ですか!? どこに行かれるのですか!? 由良はこれから、小夜を起こしに行くんですよっ」
「今日はいいいから。ってか、一泊二日で呪羅の里まで行くから。族長命令なんだから、文句言うなよな」
「えええー!? 聞いてません、何ですか! そんなこと、紫苑様に相談してからでないと駄目ですっ! 急に言われたって困ります!」
御影は全然聞いていないようで、さっさと由良を抱きかかえると、馬に無理やり跨らせてしまった。
「こんなの、人さらいですーっ!」
「人さらいで結構。おい、おまえ前走れよ。遅いんだから」
御影がパンと尻を叩いて馬を走らせるものだから、由良は悲鳴を上げてそれにしがみついた。
「きゃああああっ」
御影に問答無用で追い立てられて出発する由良を、紫苑が微笑ましげな表情で、小夜を抱えて見送っている。
しかし、そこは紫苑のことで、抜かりなかった。
御影には断らず、護衛を二人ほどつけている。
少し間を空けて追わせるのだ。
由良はもちろん、御影もどうやら気になる女性がいるらしく、見境がなくなっている。二人共に心配な状態で、まさか放っておくような紫苑ではなかった。
「無事に帰ってくるといいが……」
ただのカンながら、おそらく、何とかするんだろうと案外楽観的に、紫苑は奥に戻った。
**――*――**
いよいよ食うに困り、霞月は見回りの目を盗んで、山に入っていた。
見つかれば殺されるし、山自体が、安全な場所ではない。
それでも、子らをこのまま餓死させるわけにはいかないから。
ぱきっ
足元でわずかに、踏んだ小枝が鳴った。
何かないかと探しながら、山の奥へ、奥へと進む。
なかなか目ぼしいものは見つからなかった。
見回りの目を盗んで山に入るのは、霞月だけではないのだ。
山深くない辺りのものは、既に取り尽くされている。
マムシもいるし、毒虫も、――熊もいる。
それでも、その山の奥に入って行くしかなくて。
一人きりで進んでいると、ひどく不安で恐ろしかった。
その恐怖を紛らわせようとするかのように、霞月は飾り紐を一本、握り締めていた。
御影のものだ。
馬にさらわれた時に、はずみで取ってしまったのだ。
御影が助けてくれるとは、思っていない。
ただ。
彼女を守ってくれる者は、戦火の中で皆、死んでしまったから。
守り手を求める気持ちを、その紐を握り締めることで紛らわせていた。今は強くなければならない。
命を懸けて守ってもらった命だから、今度は、霞月が守る番だった。託された子らを。
あの子らのために、なんとしても無事に、食料を取って帰らなければ……。
小一時間ほど進んだ頃に、霞月はどうやら、食べられそうな木の実を見つけて手を伸ばした。いや、伸ばしかけてふと、その動きを止めた。
木の枝に、蛇が巻きついていたのだ。
何の蛇だろう。毒蛇だろうか。
あれの他にも、近くにいるかもしれない――
霞月は緊張しながら辺りの様子をうかがい、逡巡した後、そろそろとその木の実に手を伸ばした。
蛇の様子をうかがいながら、刺激しないように、木の実を取っていく。
いくつか実をもいだ頃、ふいに蛇が動き出し、彼女目がけて降ってきたものだから、霞月は悲鳴を上げて飛び退いた。蛇は霞月など一顧だにせず、そのまま、するすると草の間に消えていった。
「……くっ……」
逃げ出したい思いを必死に堪えて、霞月は採取に戻った。
食べ物を集めて帰らなければ、子らが飢える。
可哀相だ。
子らが、待っているのだから――
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