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弐 夢見た朝
弐 夢見た朝【4】
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「おいしいですかー?」
「おいしーっ!」
子らが大喜びで由良に群がって行く。
霞月は目を丸くして、その様を見ていた。
「ほら、おまえも食えよ」
御影に手渡されたお握りを、呆けたように見る。
「ほら、食べないとなくなるぞ。あいつら、ばかすか食うんだから」
御影の言う通り、皿にいっぱいあったものが、みるみるなくなっていく。
「おむすびーっ」とか、「おにぎりーっ」とか、「おいしーっ」とか。
子らが思い思いの楽しげな声を上げて、大騒ぎでそれを取り合う様を、霞月はただ見ていた。
「こんな……ことをしてくれても、祈祷は……」
御影はふっと笑って霞月を見ると、
「いいさ。その件は、また改めて考える。俺も諦めてはやれないけど、これはただ――」
「ただ?」
「おまえに食わせてやりたくて、持ってきたんだ。食べたんだから言うこと聞けとか言わないから、食えよな」
「……」
「何だよ。食わない気なら、口移しで食わせるぞ」
言うが早いか、御影が本当に彼女に手をかけてきたものだから、霞月は大慌てで抵抗した。
「や、やめろ! やめろ! 食べるから、やめっ……」
「くっ……あはははは」
思い切り笑われて、霞月はびっくりして御影を見た。
「冗談だよ。ほら」
霞月は真っ赤になって、少し恨めしげに御影を見た。
それなのに、御影ときたらにこにこしながら彼女を見ていて。
「~」
それが腹立たしくて仕方がないのに、おいしかった。
こんなにおいしいものを何年ぶりに食べただろうというくらい、おいしかった。
「……」
「うまいだろ?」
霞月はこくりと頷いた。
「霞月様っ。まだまだたくさんありますから、もっと食べて下さいね。御影様は顔良し頭良し性格良しの、ないすばでぃの美女がお好みなんです」
と、いつの間にか寄って来た由良が、にこにこしながら言った。
「えっ……」
それはちょっと無理だ。
「おい由良!」
「……? 何ですか? 御影様がおっしゃったんですよ、霞月様、痩せすぎで抱きがいがないって」
「おまえなあああっ」
霞月は少し驚いて、次には苦笑して、穏やかに首をふった。
「ありがとう。でも、私はいいよ、ヒエを食べるから。これはおいしいから、少しでも、子らに食べさせてやりたい」
霞月は立ち上がると、お握りを一つ取って、食卓に向かった。
「あや、お食べ」
小さくて取れずにいた子が嬉しそうにそれを取る。
はぐはぐと食べるその子を見ながら、霞月が幸せそうに笑っているのを、由良は感極まる思いで眺めた。
「いい人です……!」
「……ああ。おまえと違って、ずっといい女だろ?」
「そうですね。……って、何ですかーっ!?」
御影が笑いながらお握りを一つ取ろうとした手を、由良はぺちっと叩いた。
「御影様なんかにあげませんっ」
「なっ……ふざけんな! 俺、疲れてんだぞ! 今日一日、おまえが落馬しないように俺がどれだけ気を使ったか……! っとに、危なっかしい乗り方しやがって! だいたいなあ、それから休みもせずに霞月助けに行って、何で握り飯の一つも食えないんだよ!」
「もうー。じゃあ、一つだけですからね」
今度は御影が由良をぱかっとやった。
「一つで足りるか! その盆に乗ってる四つ全部よこしな!」
「いやですーっ、いやですーっ」
べーっとやって逃げようとした由良から、御影はひょいと盆ごと取ると、勝手に食べた。
「あーーーっ!!」
「ほら、お前は次! あいつら、まだまだ食べるんだから、次々握れって」
由良はわっと泣いた。
「御影様の馬鹿ぁあっ」
「はん!」
由良のことは放っておいて続きを食べようとして、御影はふと、霞月が遠慮がちに立っているのに気付いた。
「おい、由良行けよ。俺、霞月に話があるから」
「え……?」
言われてふり向き、由良もすぐに頷いた。
「わかりました。御影様、女性には優しくですからね、優しく」
がくっとくるやら腹立たしいやら、御影は疲れた気持ちでこめかみを押さえた。
「俺はおまえ以外の女には、もとから優しいんだよ!」
「なっ、何でですかっ!」
「女じゃないやつは黙ってろ!」
「由良は女ですっ」
いいから行けと追い払うと、由良は泣きながら駆けて行った。
「……御影、奥方にはもっと優しくした方が……」
その様子を見ていた霞月の言葉に、御影はげほげほとむせた。
「――っな……!?」
「あれでは、奥方が可哀相だよ」
真剣な顔でそう言われ、御影はただただ、絶句した。
「おいしーっ!」
子らが大喜びで由良に群がって行く。
霞月は目を丸くして、その様を見ていた。
「ほら、おまえも食えよ」
御影に手渡されたお握りを、呆けたように見る。
「ほら、食べないとなくなるぞ。あいつら、ばかすか食うんだから」
御影の言う通り、皿にいっぱいあったものが、みるみるなくなっていく。
「おむすびーっ」とか、「おにぎりーっ」とか、「おいしーっ」とか。
子らが思い思いの楽しげな声を上げて、大騒ぎでそれを取り合う様を、霞月はただ見ていた。
「こんな……ことをしてくれても、祈祷は……」
御影はふっと笑って霞月を見ると、
「いいさ。その件は、また改めて考える。俺も諦めてはやれないけど、これはただ――」
「ただ?」
「おまえに食わせてやりたくて、持ってきたんだ。食べたんだから言うこと聞けとか言わないから、食えよな」
「……」
「何だよ。食わない気なら、口移しで食わせるぞ」
言うが早いか、御影が本当に彼女に手をかけてきたものだから、霞月は大慌てで抵抗した。
「や、やめろ! やめろ! 食べるから、やめっ……」
「くっ……あはははは」
思い切り笑われて、霞月はびっくりして御影を見た。
「冗談だよ。ほら」
霞月は真っ赤になって、少し恨めしげに御影を見た。
それなのに、御影ときたらにこにこしながら彼女を見ていて。
「~」
それが腹立たしくて仕方がないのに、おいしかった。
こんなにおいしいものを何年ぶりに食べただろうというくらい、おいしかった。
「……」
「うまいだろ?」
霞月はこくりと頷いた。
「霞月様っ。まだまだたくさんありますから、もっと食べて下さいね。御影様は顔良し頭良し性格良しの、ないすばでぃの美女がお好みなんです」
と、いつの間にか寄って来た由良が、にこにこしながら言った。
「えっ……」
それはちょっと無理だ。
「おい由良!」
「……? 何ですか? 御影様がおっしゃったんですよ、霞月様、痩せすぎで抱きがいがないって」
「おまえなあああっ」
霞月は少し驚いて、次には苦笑して、穏やかに首をふった。
「ありがとう。でも、私はいいよ、ヒエを食べるから。これはおいしいから、少しでも、子らに食べさせてやりたい」
霞月は立ち上がると、お握りを一つ取って、食卓に向かった。
「あや、お食べ」
小さくて取れずにいた子が嬉しそうにそれを取る。
はぐはぐと食べるその子を見ながら、霞月が幸せそうに笑っているのを、由良は感極まる思いで眺めた。
「いい人です……!」
「……ああ。おまえと違って、ずっといい女だろ?」
「そうですね。……って、何ですかーっ!?」
御影が笑いながらお握りを一つ取ろうとした手を、由良はぺちっと叩いた。
「御影様なんかにあげませんっ」
「なっ……ふざけんな! 俺、疲れてんだぞ! 今日一日、おまえが落馬しないように俺がどれだけ気を使ったか……! っとに、危なっかしい乗り方しやがって! だいたいなあ、それから休みもせずに霞月助けに行って、何で握り飯の一つも食えないんだよ!」
「もうー。じゃあ、一つだけですからね」
今度は御影が由良をぱかっとやった。
「一つで足りるか! その盆に乗ってる四つ全部よこしな!」
「いやですーっ、いやですーっ」
べーっとやって逃げようとした由良から、御影はひょいと盆ごと取ると、勝手に食べた。
「あーーーっ!!」
「ほら、お前は次! あいつら、まだまだ食べるんだから、次々握れって」
由良はわっと泣いた。
「御影様の馬鹿ぁあっ」
「はん!」
由良のことは放っておいて続きを食べようとして、御影はふと、霞月が遠慮がちに立っているのに気付いた。
「おい、由良行けよ。俺、霞月に話があるから」
「え……?」
言われてふり向き、由良もすぐに頷いた。
「わかりました。御影様、女性には優しくですからね、優しく」
がくっとくるやら腹立たしいやら、御影は疲れた気持ちでこめかみを押さえた。
「俺はおまえ以外の女には、もとから優しいんだよ!」
「なっ、何でですかっ!」
「女じゃないやつは黙ってろ!」
「由良は女ですっ」
いいから行けと追い払うと、由良は泣きながら駆けて行った。
「……御影、奥方にはもっと優しくした方が……」
その様子を見ていた霞月の言葉に、御影はげほげほとむせた。
「――っな……!?」
「あれでは、奥方が可哀相だよ」
真剣な顔でそう言われ、御影はただただ、絶句した。
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