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天地が逆さになったベルメル
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「あぁ、見たのおまえ」
レイデン様が、ゼルダ皇子が他の部署へ行ってしまった後で、そう仰いました。
「あの、頭が混乱して……皇女様ではなくて、皇子様で、えと、領主様に愛されておいでなのですか? 憎まれておいでなのですか?」
「知らんがな。おまえな、ヴァン・ガーディナ皇子がゼルダ皇子をどう思っているかは、考え違いをすると命がないぞ。それよりも、ゼルダ皇子がヴァン・ガーディナ皇子をどう思っているかを考えて、納得しておけばいいだろう」
「え、えと……?」
「何だ、鈍いやつだな。俺は、ひと目でピンと来たぞ。お姫様は、王子様に恋してるってな」
ふ、吹くかと思いました。
「いいか、ゼルダ皇子は、隠しおおせているおつもりだ。だから、言うな。お妃様の機嫌を損ねて、実家に帰られては、我々が困るんだ」
補佐官のゼルダ皇子が皇都に帰ってしまったら、報告書をヴァン・ガーディナ皇子に直に提出しないとならん、命がいくつあっても足りないぞと、レイデン様が深刻そうに仰います。
「でも、そんなに恐ろしい方でしょうか? 何だか、優しそうな感じで、叱られませんでした……」
「馬鹿だな、直前までゼルダ皇子がいたんだろう? しかも、ゼルダ皇子が泣いていたなら、領主様はご機嫌が麗しいに決まってる」
それは、何だか鬼畜な話です。領主様は、ゼルダ皇子を愛されておいでなのか、憎まれておいでなのか、ミステリーです。
レイデン様がふっと、穏やかな顔をなさいました。
「ラインハルト、おまえも、郷里では神童とも呼ばれていたなら、わかるだろう。そんな風に呼ばれても、我々とて人間、報告書の何割かは間違っているものだ。ゼルダ皇子は、我々の報告書にすべて目を通して、精査してヴァン・ガーディナ皇子にお届けしている。ゼルダ皇子はとても優秀で、それ以上に心優しい、雪の王子が愛でる、花のお妃様なのだ」
「?」
レイデン様のお言葉に、途中から、僕はついて行けませんでした。最初の方は、わかったのに。
「我々は専門分野で、八割方は正しく仕事ができる。だが、ゼルダ皇子はすべての分野で、我々の仕事を理解できる御方なのだ。ヴァン・ガーディナ皇子にいたっては、間違うのを見たことがないしな。おそらく、ヴァン・ガーディナ皇子とて、それなりの間違いはするのだろうが。ヴァン・ガーディナ皇子の間違いを、間違いだとわかる者がいないんだ」
「……」
そ、それは、何だか空恐ろしい話です。
「そして、ヴァン・ガーディナ皇子が間違いを許すのは、私の知る限り、ゼルダ皇子だけだ。どうしてなのかは、憶測の域を出ないとしてもな。我々が提出すれば死を賜る大失態も、提出するのがゼルダ皇子であれば、お命までは取られない」
「お仕置きはされるのですか」
「されるな。だからこそ、部下の間違いなのに、見落とした自分の間違いとして報告して下さるゼルダ皇子は、優しく聡明で、稀に優秀な補佐官様だと思わんか。ヴァン・ガーディナ皇子が寵を与えるのも、別段、不思議ではないだろう」
――不思議なんて最初から、ありません、レイデン様。
よく見れば、ゼルダ皇子は女装も何もしていなくて、どうして少女と見誤ったのか、僕の目が、どうかしていたようなのです。
でも。
ヴァン・ガーディナ皇子にどうかされたゼルダ皇子は、もとより、花も欺く美少年、正真正銘の、傾城の美姫にしか見えなかったのです。
だから、僕にはどうして、天地が逆さになったのか、わかりませんでした。
レイデン様が、ゼルダ皇子が他の部署へ行ってしまった後で、そう仰いました。
「あの、頭が混乱して……皇女様ではなくて、皇子様で、えと、領主様に愛されておいでなのですか? 憎まれておいでなのですか?」
「知らんがな。おまえな、ヴァン・ガーディナ皇子がゼルダ皇子をどう思っているかは、考え違いをすると命がないぞ。それよりも、ゼルダ皇子がヴァン・ガーディナ皇子をどう思っているかを考えて、納得しておけばいいだろう」
「え、えと……?」
「何だ、鈍いやつだな。俺は、ひと目でピンと来たぞ。お姫様は、王子様に恋してるってな」
ふ、吹くかと思いました。
「いいか、ゼルダ皇子は、隠しおおせているおつもりだ。だから、言うな。お妃様の機嫌を損ねて、実家に帰られては、我々が困るんだ」
補佐官のゼルダ皇子が皇都に帰ってしまったら、報告書をヴァン・ガーディナ皇子に直に提出しないとならん、命がいくつあっても足りないぞと、レイデン様が深刻そうに仰います。
「でも、そんなに恐ろしい方でしょうか? 何だか、優しそうな感じで、叱られませんでした……」
「馬鹿だな、直前までゼルダ皇子がいたんだろう? しかも、ゼルダ皇子が泣いていたなら、領主様はご機嫌が麗しいに決まってる」
それは、何だか鬼畜な話です。領主様は、ゼルダ皇子を愛されておいでなのか、憎まれておいでなのか、ミステリーです。
レイデン様がふっと、穏やかな顔をなさいました。
「ラインハルト、おまえも、郷里では神童とも呼ばれていたなら、わかるだろう。そんな風に呼ばれても、我々とて人間、報告書の何割かは間違っているものだ。ゼルダ皇子は、我々の報告書にすべて目を通して、精査してヴァン・ガーディナ皇子にお届けしている。ゼルダ皇子はとても優秀で、それ以上に心優しい、雪の王子が愛でる、花のお妃様なのだ」
「?」
レイデン様のお言葉に、途中から、僕はついて行けませんでした。最初の方は、わかったのに。
「我々は専門分野で、八割方は正しく仕事ができる。だが、ゼルダ皇子はすべての分野で、我々の仕事を理解できる御方なのだ。ヴァン・ガーディナ皇子にいたっては、間違うのを見たことがないしな。おそらく、ヴァン・ガーディナ皇子とて、それなりの間違いはするのだろうが。ヴァン・ガーディナ皇子の間違いを、間違いだとわかる者がいないんだ」
「……」
そ、それは、何だか空恐ろしい話です。
「そして、ヴァン・ガーディナ皇子が間違いを許すのは、私の知る限り、ゼルダ皇子だけだ。どうしてなのかは、憶測の域を出ないとしてもな。我々が提出すれば死を賜る大失態も、提出するのがゼルダ皇子であれば、お命までは取られない」
「お仕置きはされるのですか」
「されるな。だからこそ、部下の間違いなのに、見落とした自分の間違いとして報告して下さるゼルダ皇子は、優しく聡明で、稀に優秀な補佐官様だと思わんか。ヴァン・ガーディナ皇子が寵を与えるのも、別段、不思議ではないだろう」
――不思議なんて最初から、ありません、レイデン様。
よく見れば、ゼルダ皇子は女装も何もしていなくて、どうして少女と見誤ったのか、僕の目が、どうかしていたようなのです。
でも。
ヴァン・ガーディナ皇子にどうかされたゼルダ皇子は、もとより、花も欺く美少年、正真正銘の、傾城の美姫にしか見えなかったのです。
だから、僕にはどうして、天地が逆さになったのか、わかりませんでした。
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