魂盗り

冴條玲

文字の大きさ
上 下
20 / 32
弐 一つ目の夜

第19話 見てはいけなかったもの

しおりを挟む
 その翌日。
 由良はぼんやりと、迦陵が使っている控えの間へと向かっていた。
 どうしてだろう。
 由良のことなど何とも思っていないと知っているのに、彼が愛しているのは迦陵なのだとわかっているのに、紫苑に心奪われている。

 胸が苦しくて――

 忘れようと懸命に、逃げることだけ考えようとしていたのに。
 あの人の腕の中は、どうしてあんなに安心するのだろう。どうしてあんなになくしがたいのだろう。
 苦しい由良は、とぼとぼとやたら静かに歩いていた上、声をかけるのを忘れて迦陵の部屋のふすまを開けた。

 ……え?

 迦陵、だ。
 衣が迦陵のものだし、ここは迦陵の部屋だし。

「……迦陵様、髪、切られたのですか……?」

 由良の声に、ぎょっとした様子で化粧をしていた迦陵がふり向く。

 え?

 迦陵じゃない――?
 部屋を間違えたか、別人が迦陵の化粧台を使っているかと思ったけれど、どこかで、これは迦陵だと感じた。
 次には、見てはいけないものを見た気がした。
 次には――
 迦陵があわてて駆け寄ってきて、由良を部屋の中に引き込み、ぱしんとふすまを閉めた。

「か……み、御影様……!?」
「あら~」

 引きつった笑顔を浮かべて迦陵――もとい、御影が言う。

「いやですわ、由良様ったら、どうして声をかけずに入って来るかしら!?」
「そ、そんなことより御影様、どういうことなのですか! こんな……」

 御影は再び化粧道具に手をかけ、アザをどうにかごまかすべく、ぱたぱたと化粧をしながら答えた。

「もう、どっちだっていいじゃありませんの。迦陵でも御影でも、大差ありませんわ~」
「ありますっ!!」

 あらどこに、と、かつらをつけながら御影が言う。

「だ、だって御影様、由良の着替えとか、沐浴の手伝いとか、なさったじゃありませんか!!」

 顔を真っ赤にして言う由良に、御影のどこかあきれた視線が向けられた。

「由良様の小さな胸なんて、どうでもいいですわ。女性には不自由しておりませんもの。……って言うか、由良様、それが肝心なことですの?」

 あまりの言いように、由良は抗議しかけて沈黙した。もっと肝心なこと――?

「み、御影様、紫苑様とこ、こ、恋……!?」

 すっかり女装を終えた御影が由良に向き直り、にこりと微笑みかける。

「由良様、もし紫苑様にこのこと告げ口なさったら……」

 え、と。
 由良はいきなり、御影に壁際に追い詰められた。
 首筋に、鋭利な刃物が押し当てられる。

「……殺すから」

 囁いた声は御影のものだった。低い、本物の殺気をはらんだ冷酷な声。
 解放されると、由良はへなへなとへたり込んだ。
 こわい。
 御影はこわい。
 紫苑の弟とも思われないほど感情的で――残酷だ。
 その上頭がいい。
 具体的にどう、というわけではない。ただ、あっさり魂盗りの本質を見抜いたことも、御影と迦陵という全く別の人間としてそつなく二重生活をこなしていることも、尋常ではないと思う。

「し、紫苑様は……紫苑様は、ご存知ないのですか……?」

 当たり前でしょう、と御影が笑う。
 もう、その声は迦陵のものになっていた。
 裏声なのか、御影のものとは全く違う高い声。どうやって出しているんだろう?

「いやですわ、由良様。紫苑様に知られたら、殺されるに決まっているじゃありませんの☆ 迦陵も腕には多少、覚えがございますけど? 紫苑様にだけは、およそかなう気がしませんわ~☆」

 ころころと笑いながらそんなことを言う。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...