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弐 一つ目の夜
第15話 会いたい
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迦陵に連れられながら、由良は半ば無意識に、紫苑の姿を探していた。
紫苑のことばかり、考えていた。
「由良様……?」
「あ……」
何度目だろう。
また、迦陵に返事をしそこねてしまった。
「由良様……紫苑様のことを……?」
由良はどきりとし、とっさに否定しようとした。
けれど「違う」と言いかけて、由良はついに違わないのだと気が付いた。
朝からずっと探していた。
ずっと、あの人のこと、昨夜のこと、初めて会った時のこと――
そんなことばかり考えていた。
色々なことが気になって、確かめたくて……。
けれど、会うことはできない。
彼女には会いたくないと、顔も見たくないと言われているのだ。
はっきりと拒絶されて……。
――でも、それなら昨夜はどうしてあんな?
考えれば考えるほど、混乱ばかりが増した。
混乱して混乱して……。
会いたい。
一目なりと姿が見たい。
「由良様……」
困った顔をした迦陵の向こうに、由良は廊下を渡る紫苑を見つけた。
紫苑様……!
由良はじっと紫苑を見た。
知りたい。確かめたい。本当のことを。
どうして彼女をここに連れてきた?
どうして昨夜は見逃した?
何を考え、何を思っているのか。
そんなはずはないと思うのに、彼に思われている気がして、考えがそこから先に進まなかった。
そんなはずはない。
迦陵がいる。
そんなはず――
――聞く。
由良は意を決し、小走りに紫苑の方へと向かった。
「紫苑様」
紫苑はふり向かなかった。
え?
聞こえなかったのだろうか。声が小さかったのか。
由良は思い切って、紫苑の袖を引いた。
「あの、紫苑さ――」
紫苑はふり向くなり、由良の手を邪険に払った。
由良のことなど見ようともせず、まるでいないかのように無視して過ぎた。
いや、過ぎかけてふと。
紫苑は呼び止めた由良ではなく、迦陵に声をかけた。
「迦陵、早いな。御影を探しているのだが、見ないか?」
紫苑の態度に驚いていた迦陵だが、とにかく、という様子で答えた。
「御影様でしたら……今朝方、馬でお出になるのを見かけました」
紫苑の表情が強張る。怒っているなと、由良でさえわかった。
「……迦陵、もし御影を見たら伝えておいてくれ。今宵、私の部屋へ来るようにと」
迦陵が神妙な顔で頷く。何か、ただならぬ緊張感が漂っていた。
けれど……。
由良はためらったものの、やはりと呼びかけた。
「紫苑様!」
もう、ほとんど涙声だった。
紫苑がやっと、その足を止める。
「――由良、私には迦陵が大切だ。その上で、何か用か」
「……え……」
由良はただ、紫苑を見た。彼女に背を向けたまま、ふり向きもしない飛影の長を。
由良が何も言えないでいると、紫苑はそのまま行ってしまった。
行ってしまった。
「……っ……」
由良は声もなく、ただ涙を伝わせた。
立っていられなくなって、膝からその場に崩れた。
だから。
だから!
由良を抱こうとしたのは、一族のため。
抱けなかったのは、迦陵のため。
馬鹿だ。
何を勘違いしていたのだ。
何を思い上がって……。
彼女への思いなど、もとよりあるはずがなかったのに――!
涙が後から後から溢れ、止まらなかった。
「……由良様……」
やや動揺した声で、迦陵が名を呼んだ。
喉の奥が詰まって、声が出ない。
「大丈夫だから」と言おうとしたが、出たのは泣き声だけだった。
こぼれた嗚咽が、収まらない。
由良はただ、そこで泣き崩れるしかなかった。
「――紫苑様にお話してきます」
静かに言うと、迦陵は急ぎ足で紫苑の後を追った。
紫苑のことばかり、考えていた。
「由良様……?」
「あ……」
何度目だろう。
また、迦陵に返事をしそこねてしまった。
「由良様……紫苑様のことを……?」
由良はどきりとし、とっさに否定しようとした。
けれど「違う」と言いかけて、由良はついに違わないのだと気が付いた。
朝からずっと探していた。
ずっと、あの人のこと、昨夜のこと、初めて会った時のこと――
そんなことばかり考えていた。
色々なことが気になって、確かめたくて……。
けれど、会うことはできない。
彼女には会いたくないと、顔も見たくないと言われているのだ。
はっきりと拒絶されて……。
――でも、それなら昨夜はどうしてあんな?
考えれば考えるほど、混乱ばかりが増した。
混乱して混乱して……。
会いたい。
一目なりと姿が見たい。
「由良様……」
困った顔をした迦陵の向こうに、由良は廊下を渡る紫苑を見つけた。
紫苑様……!
由良はじっと紫苑を見た。
知りたい。確かめたい。本当のことを。
どうして彼女をここに連れてきた?
どうして昨夜は見逃した?
何を考え、何を思っているのか。
そんなはずはないと思うのに、彼に思われている気がして、考えがそこから先に進まなかった。
そんなはずはない。
迦陵がいる。
そんなはず――
――聞く。
由良は意を決し、小走りに紫苑の方へと向かった。
「紫苑様」
紫苑はふり向かなかった。
え?
聞こえなかったのだろうか。声が小さかったのか。
由良は思い切って、紫苑の袖を引いた。
「あの、紫苑さ――」
紫苑はふり向くなり、由良の手を邪険に払った。
由良のことなど見ようともせず、まるでいないかのように無視して過ぎた。
いや、過ぎかけてふと。
紫苑は呼び止めた由良ではなく、迦陵に声をかけた。
「迦陵、早いな。御影を探しているのだが、見ないか?」
紫苑の態度に驚いていた迦陵だが、とにかく、という様子で答えた。
「御影様でしたら……今朝方、馬でお出になるのを見かけました」
紫苑の表情が強張る。怒っているなと、由良でさえわかった。
「……迦陵、もし御影を見たら伝えておいてくれ。今宵、私の部屋へ来るようにと」
迦陵が神妙な顔で頷く。何か、ただならぬ緊張感が漂っていた。
けれど……。
由良はためらったものの、やはりと呼びかけた。
「紫苑様!」
もう、ほとんど涙声だった。
紫苑がやっと、その足を止める。
「――由良、私には迦陵が大切だ。その上で、何か用か」
「……え……」
由良はただ、紫苑を見た。彼女に背を向けたまま、ふり向きもしない飛影の長を。
由良が何も言えないでいると、紫苑はそのまま行ってしまった。
行ってしまった。
「……っ……」
由良は声もなく、ただ涙を伝わせた。
立っていられなくなって、膝からその場に崩れた。
だから。
だから!
由良を抱こうとしたのは、一族のため。
抱けなかったのは、迦陵のため。
馬鹿だ。
何を勘違いしていたのだ。
何を思い上がって……。
彼女への思いなど、もとよりあるはずがなかったのに――!
涙が後から後から溢れ、止まらなかった。
「……由良様……」
やや動揺した声で、迦陵が名を呼んだ。
喉の奥が詰まって、声が出ない。
「大丈夫だから」と言おうとしたが、出たのは泣き声だけだった。
こぼれた嗚咽が、収まらない。
由良はただ、そこで泣き崩れるしかなかった。
「――紫苑様にお話してきます」
静かに言うと、迦陵は急ぎ足で紫苑の後を追った。
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