11 / 32
壱 魂留離
第10話 戦の爪痕
しおりを挟む
「――必要だからです」
「必要……?」
「飛影の一族のために、『御影様より長い寿命』が紫苑様に必要だからです」
どういうことかと見つめる由良に、迦陵は「おかわいそうな紫苑様」と目を覆って語り始めた。
「飛影の長は代々、長の末子が継ぐのですわ。そう……本来ならば御影様が長となるはずでした。先の戦で長が急逝し、御影様が若年すぎたため、紫苑様が一時的に長を代行していらっしゃいますが……。このままではいずれ、御影様が長となってしまいます」
「……長の座を譲りたくないのですか? 紫苑様は……」
由良の問いに、迦陵はこぶしをぐっと握り締め、力説した。
「当然ですわ! 御影様と言ったら、容姿端麗頭脳明晰、短気でわがままでけんかっぱやくて浅はか、甘ったれで無計画で直情的で……。悪名高い天下の遊び人、無責任大魔王ですもの! あのような方が長となっては世も末です! 飛影の終わりです! ああ、これほど不出来な弟君を持ってしまわれて、紫苑様はなんてご不幸なんでしょう!!」
……。
最初の二つだけは褒め言葉だったけれど、後はけちょんけちょんだった。御影に何か恨みでもあるのか、という勢いだ。
「あらいけない。こういう言い方をすると、何だか真実味に欠けますわ。迦陵ったら……冗談ごとではないのですわ、由良様。ことは深刻なのです。多くの犠牲を出した戦がどうにか終わり、部族が曲がりなりにもまとまっていられるのは、紫苑様あればこそ。紫苑様だからまとめていられるのです。御影様では……御影様では無理です。まだ怒りや恨みを燻らせている多くの者を、どうして御影様にまとめられましょう。……無理ですわ……」
その時、由良は迦陵の瞳に初めて影を見た。
何かひどく痛みに満ちた、自責の念に満ちた眼差しで、迦陵は虚空を見ていた。
無理ですわ、と繰り返す。今にも泣き出しそうな瞳に見えた。
「迦陵様……?」
「――由良様、長を末子が継ぐのは若い分だけ、長く精力的に一族を率いて行けるからです。だからもし、紫苑様が長寿を得れば――その資格は紫苑様に移ります。あの方でなければ……。本当に、本当にひどい戦だったのです。紫苑様のご両親も、迦陵の身内も、その戦の中で死にました。もう……」
迦陵の瞳に嘘はなく、そこには由良の知らない痛みがあった。
由良は戦は知らない。身内を殺されたこともない。
迦陵の瞳には、亡くなった人を愛していたのだと……
それが一目でわかる悲しみがあった。
由良は何も言えなくなってしまった。
一族の命運を背負っているのは、由良とて同じだ。
けれど、ひどく打ちひしがれた様子の迦陵を見ていると、何も言えなくて――
迦陵は弱く笑うと、柔らかく由良の髪を取った。
「乱れてしまいましたね、由良様。お疲れになったでしょう? お夕食のあと湯浴みをなさったら、罪ほろぼしに――もう一度、迦陵に綺麗にさせて下さいますか? もう、今日は紫苑様とは会われませんし……。昼間のことは、迦陵がいけませんでした。紫苑様のお気持ちも考えず、浅はかでした。ですから、どうか、紫苑様を殺しますなんて……。そんなこと、おっしゃらないで下さい」
答えることができず、由良はただうつむいた。それを見て、迦陵がぽつりと言う。
「迦陵では、身代わりになれませんか」
え……?
「身代わり、ですか?」
迦陵は真剣な瞳で頷くと、どうしても、抱いた男を殺すのかと。
第三者で代えることはできないのかと由良に尋ねた。
「そんなこと――」
由良にはわからなかった。
試した者はいないし、それに……。
由良はただかぶりをふった。迦陵が残念そうに息をつくのが見えた。
「必要……?」
「飛影の一族のために、『御影様より長い寿命』が紫苑様に必要だからです」
どういうことかと見つめる由良に、迦陵は「おかわいそうな紫苑様」と目を覆って語り始めた。
「飛影の長は代々、長の末子が継ぐのですわ。そう……本来ならば御影様が長となるはずでした。先の戦で長が急逝し、御影様が若年すぎたため、紫苑様が一時的に長を代行していらっしゃいますが……。このままではいずれ、御影様が長となってしまいます」
「……長の座を譲りたくないのですか? 紫苑様は……」
由良の問いに、迦陵はこぶしをぐっと握り締め、力説した。
「当然ですわ! 御影様と言ったら、容姿端麗頭脳明晰、短気でわがままでけんかっぱやくて浅はか、甘ったれで無計画で直情的で……。悪名高い天下の遊び人、無責任大魔王ですもの! あのような方が長となっては世も末です! 飛影の終わりです! ああ、これほど不出来な弟君を持ってしまわれて、紫苑様はなんてご不幸なんでしょう!!」
……。
最初の二つだけは褒め言葉だったけれど、後はけちょんけちょんだった。御影に何か恨みでもあるのか、という勢いだ。
「あらいけない。こういう言い方をすると、何だか真実味に欠けますわ。迦陵ったら……冗談ごとではないのですわ、由良様。ことは深刻なのです。多くの犠牲を出した戦がどうにか終わり、部族が曲がりなりにもまとまっていられるのは、紫苑様あればこそ。紫苑様だからまとめていられるのです。御影様では……御影様では無理です。まだ怒りや恨みを燻らせている多くの者を、どうして御影様にまとめられましょう。……無理ですわ……」
その時、由良は迦陵の瞳に初めて影を見た。
何かひどく痛みに満ちた、自責の念に満ちた眼差しで、迦陵は虚空を見ていた。
無理ですわ、と繰り返す。今にも泣き出しそうな瞳に見えた。
「迦陵様……?」
「――由良様、長を末子が継ぐのは若い分だけ、長く精力的に一族を率いて行けるからです。だからもし、紫苑様が長寿を得れば――その資格は紫苑様に移ります。あの方でなければ……。本当に、本当にひどい戦だったのです。紫苑様のご両親も、迦陵の身内も、その戦の中で死にました。もう……」
迦陵の瞳に嘘はなく、そこには由良の知らない痛みがあった。
由良は戦は知らない。身内を殺されたこともない。
迦陵の瞳には、亡くなった人を愛していたのだと……
それが一目でわかる悲しみがあった。
由良は何も言えなくなってしまった。
一族の命運を背負っているのは、由良とて同じだ。
けれど、ひどく打ちひしがれた様子の迦陵を見ていると、何も言えなくて――
迦陵は弱く笑うと、柔らかく由良の髪を取った。
「乱れてしまいましたね、由良様。お疲れになったでしょう? お夕食のあと湯浴みをなさったら、罪ほろぼしに――もう一度、迦陵に綺麗にさせて下さいますか? もう、今日は紫苑様とは会われませんし……。昼間のことは、迦陵がいけませんでした。紫苑様のお気持ちも考えず、浅はかでした。ですから、どうか、紫苑様を殺しますなんて……。そんなこと、おっしゃらないで下さい」
答えることができず、由良はただうつむいた。それを見て、迦陵がぽつりと言う。
「迦陵では、身代わりになれませんか」
え……?
「身代わり、ですか?」
迦陵は真剣な瞳で頷くと、どうしても、抱いた男を殺すのかと。
第三者で代えることはできないのかと由良に尋ねた。
「そんなこと――」
由良にはわからなかった。
試した者はいないし、それに……。
由良はただかぶりをふった。迦陵が残念そうに息をつくのが見えた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり


蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません
片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。
皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。
もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる