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第三章 たとえ、光の神を敵に回しても。

第16話 たとえ、光の神を敵に回しても。

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 闇主って、こんなに気分のいいものだったんだ。
 闇主である私こそが、世界中の誰よりもエトランジュに愛され必要とされている。
 その証として得た闇の魔力。最高に気分がいいよ。

 グレイスの時とは違う。
 私より地位の高い女性に生殺与奪を握られて、一生、心を殺して過ごすしかなくなるのかと、グレイスと婚約していた頃には気が重かったけれど。
 エトランジュの闇主の立場に、そういう憂鬱はまったく感じないんだ。
 絆そのものは、婚約よりも結婚よりも強いくらいなのに。
 エトランジュと一緒の時には、ごく自然に公子として振る舞えて、一緒にいて疲れることも、苛立つこともない。
 相性がいいんだろうね。
 だって、ルーカスに対するエトランジュ、私に対する時とは別人みたいで。
 エトランジュは決して、言いたいことを言えない女の子じゃない。
 容姿だけでいいなら、ルーカスを選んだろうし。
 エトランジュと一緒にいると、すごく自信がわいてくるよ。
 きっと、エトランジュなら、この容姿でなくても、公子でなくても、私を愛してくれたって。
 この世界に私が必要とされているって。
 エトランジュは公国にも私にも必要な存在なんだ。聖サファイアには渡せない。


 私は闇主の礼装に袖を通すと、不敵に微笑んだ。
 父が餞別せんべつだと言って、この装束を持たせた意味が、ずっと、わからなかった。
 婚約して、結婚してから契るべきなのに、婚約すらしないうちから契る前提で闇主の礼装を持たせたんじゃ、順番が違う。
 だけど、エトランジュの闇主になる覚悟が決まってみれば、よく、わかった。
 闇巫女との契りは神前での誓い。
 エトランジュは闇の女神オプスキュリテの依り代なんだ。
 順番も何もない。神の御前に誓ったことなら遂行するまで。
 私は生涯を懸けて、傍にいてエトランジュを愛し守る者になることを誓ったんだ。

 それに、契るくらいはしないと、この期に及んではエトランジュを連れ戻せない。
 聖サファイアがやすやすと、エトランジュの帰国を認めるはずはないから。
 グレイスの評価が高ければ、もう少し、やりようもあっただろうけど。


 それにしても――
 エトランジュが心配していたのは、闇主にかかる呪いのこと。
 闇主となった者には、闇巫女が死ぬと同時に命を落とす恐るべき呪いがかかるんだ。
 この呪いのことを聞いた時には、闇の女神オプスキュリテの独占欲なんだろうと考えたけど、エトランジュを知って考えが変わったよ。
 愛しい人を独占したいと望むのが女神か人か、そんなことは、よく考えてみれば、わかりきったことだったんだ。
 父の代で復活した、月齢の首飾り。
 闇主にかかる呪いから闇主を守ってくれるこの秘宝は、闇巫女と夜明けの公子の祝福を合わせてはじめて魔力を得る。
 闇主の力欲しさに闇巫女と契って、もてあそんだあげく、邪魔にして始末するような者を闇巫女に近づかせないために――
 闇主は公国において、大公陛下の次席。
 夜明けの公子オーブ・オプスキュリテさえも凌ぐ地位と魔力を与えられる者。
 エトランジュの父君のサイファ様は本当に立派な方だけど、公子でない者が闇主になって、歴代の闇主に遜色しない守護者ガーディアンとして務め上げた事例なんて、他にはないんだ。
 相応の代償を求めなければ、ふさわしくない者が闇主の力欲しさに、ただでさえ世にも可憐な美少女として生まれてくる闇巫女に群がってくるのは避けられない。
 想像しただけでゾっとするよ。
 だからこそ、命の限り闇巫女を守り抜くという務めを果たせなかった闇主には、その命で償ってもらわないとね。
 なんてことを考えそうなのは、エトランジュじゃなくて私なんだ。
 夜明け前アヴァローヴである私からエトランジュを奪ったあげく、守り切れないような者を許すものか。呪いがなければ、その時には、この手で斬り殺すまで。

 おそらくは、月齢の首飾りで夜明けの公子オーブ・オプスキュリテを守ることを条件に、闇の女神オプスキュリテの方が初代に従ったんじゃないのかな。
 私が初代でも、闇の女神オプスキュリテがエトランジュのようだったら、そうさせるから。


 もうすぐ、夜が明ける。
 光の十二使徒との闘いに赴かないとね。
 私のエトランジュを聖サファイアには渡せない。
 返してもらうよ、金華様。

 ――たとえ、光の女神リュミエールを敵に回しても。
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