7 / 49
第5章 利空(4歳)
利空(4歳)1/2
しおりを挟む
ある日、幼稚園の敷地に犬が1匹迷い込んできた。
その犬は園庭を、まるで自分専用のドッグランとでも思っているかのように好き勝手に走り回っていた。
保育士さんたちは、ワーワーキャーキャー大騒ぎになっている園児たちを、とえあえず建物の中に入れた。
普通だったらそういう時はすぐに保健所に連絡するところなんだけど、誰もそれをしなかった。
それどころか皆んな、何とか自分たちで保護できないものかと、そんなことを考えた。
なぜならその犬が、まだ生後間もないと思われる子犬だったからだ。
園児たちが興奮極まりなかった最大の理由は、電池で動く玩具のようなその子犬を触りたくて仕方がなかったことにあった。
だから保育士さんたちは騒ぎの収集がつかなくなる前に、園児を建物に入れたのだった。
「きっと近隣のお宅から逃げ出してきたのね」
「ちょっとだけ預かって様子、見ましょうか」
「飼い主さん、探しに来るかもしれないし」
実際は逃げ出してきたのか単なる捨て犬なのか分からなかったけど、概ね保育士さんたちも好意的な意見が多かった。
人間でも犬でも、子供に対しては特別な感情が沸きやすいのだ。
ただいくら子犬とは言っても衛生管理の話とは別なので、子供たちが生活する場所とは離れたところで保護することにした。
子供たちは子犬を自由に見られなくなってブーイングの嵐だったがそれも仕方ない。
「じゃあ、僕が園内を走り回らないように、囲いにでも入れときましょうか?」
「歩君、そうしてくれる」
「助かるわ」
僕は裏の倉庫にちょっとした囲いを作ってそこに子犬をかくまった。
保育士さんたちは子犬の写真をスマホで撮って、「子犬、預かってます」の貼り紙を作り、幼稚園の入り口に貼った。
さすが保育士さん、こういうの作るの早いし上手だ。
僕が裏の倉庫で子犬を保護するために即席の囲いを作っていると、保育士さんが園児をひとり連れてきた。
4歳児の利空だ。
「歩君、悪いんだけど利空くんがね、どうしてもワンちゃんが見たいって言って聞かないのよ」
「少しここに居させてあげてもいいかしら?」
「僕はいいですよ」
「片付けもまだこれからだし」
子犬が甘えたような声でクーンと鳴いた。
「じゃあ、お願いね」
「利空くん、歩君の邪魔しちゃダメよ」
「わかった」
そう言って保育士さんは教室に戻って行った。
「利空くん、犬、好きなの?」
「大好き!」
「お家でも飼ってるの?」
「うん!」
「でもね、この前、死んじゃったの」
「そうなんだ」
「それは可愛そうだったね」
「その犬ね、ボクが生まれる前からいたの」
「いっつもね、一緒にいたの、兄弟みたく」
「寝るときとかもだよ」
「だからボク、死んじゃったときね、悲しくてすごく泣いたの」
「そっかぁ」
「それは悲しいね」
利空はしゃがみ込んで囲いの中の子犬を目で追っていた。
僕はその肩を抱き寄せた。
利空は僕の胸に頭を預けるようにもたせ掛け、僕の顔を見上げながら言った。
「歩くん、あのね、ボクね、犬の真似できるよ」
「ホント?」
「じゃあ、やってみて」
「ウー、ワンワン」
真似と言っても四つん這いになって単にワンワンと吠えるだけだったけど、そこは神対応しなくっちゃ。
「利空くん、すごい上手」
「本物のワンちゃんとそっくりだよ」
「もう一回、やってみて」
利空は上機嫌になってワンワンワンワンと吠えて見せ、ハァハァハァハァと舌を出して肩で小刻みに息をした。
裏の倉庫に4歳の男の子と2人きり。
ほんの一瞬、妙な静寂が2人の間に漂った。
僕は利空の頭を撫ぜながら、その手で頬へ滑らせた。
柔らかい‥‥
耳たぶを指で摘まむと少しくすぐったがって、首を傾けながら両肩をちょっと上げた。
同じくらい柔らかいのかな、利空のおちんちんも‥‥
止めどない感情が湧き上がってくる。
そして僕は知っている。
幼稚園で過ごすこの時間帯、保育士さんたちは一番忙しくて、だからこんな裏の倉庫になんて誰も人が来ないってことを。
「利空くん‥‥」
「なーに?」
「さっきのワンちゃんの真似スッゴク似てたけど、似てないところがひとつあるよ」
「えっ?」
「どこ?」
「どこが似てないの?」
「ほら、よーく見比べてごらん」
「このワンちゃんと利空くんを」
「えー、わかんないよ」
「どこどこ?」
「歩くん、教えてー」
「いいよ、じゃあ、教えてあげる」
「ほら、よく見てごらん」
「このワンちゃんは、お洋服なんか着てないよ」
「でも、利空くんは?」
そこまで言うと、利空は僕の顔を見て何が閃いたようにパッと明るい笑顔を見せた。
その犬は園庭を、まるで自分専用のドッグランとでも思っているかのように好き勝手に走り回っていた。
保育士さんたちは、ワーワーキャーキャー大騒ぎになっている園児たちを、とえあえず建物の中に入れた。
普通だったらそういう時はすぐに保健所に連絡するところなんだけど、誰もそれをしなかった。
それどころか皆んな、何とか自分たちで保護できないものかと、そんなことを考えた。
なぜならその犬が、まだ生後間もないと思われる子犬だったからだ。
園児たちが興奮極まりなかった最大の理由は、電池で動く玩具のようなその子犬を触りたくて仕方がなかったことにあった。
だから保育士さんたちは騒ぎの収集がつかなくなる前に、園児を建物に入れたのだった。
「きっと近隣のお宅から逃げ出してきたのね」
「ちょっとだけ預かって様子、見ましょうか」
「飼い主さん、探しに来るかもしれないし」
実際は逃げ出してきたのか単なる捨て犬なのか分からなかったけど、概ね保育士さんたちも好意的な意見が多かった。
人間でも犬でも、子供に対しては特別な感情が沸きやすいのだ。
ただいくら子犬とは言っても衛生管理の話とは別なので、子供たちが生活する場所とは離れたところで保護することにした。
子供たちは子犬を自由に見られなくなってブーイングの嵐だったがそれも仕方ない。
「じゃあ、僕が園内を走り回らないように、囲いにでも入れときましょうか?」
「歩君、そうしてくれる」
「助かるわ」
僕は裏の倉庫にちょっとした囲いを作ってそこに子犬をかくまった。
保育士さんたちは子犬の写真をスマホで撮って、「子犬、預かってます」の貼り紙を作り、幼稚園の入り口に貼った。
さすが保育士さん、こういうの作るの早いし上手だ。
僕が裏の倉庫で子犬を保護するために即席の囲いを作っていると、保育士さんが園児をひとり連れてきた。
4歳児の利空だ。
「歩君、悪いんだけど利空くんがね、どうしてもワンちゃんが見たいって言って聞かないのよ」
「少しここに居させてあげてもいいかしら?」
「僕はいいですよ」
「片付けもまだこれからだし」
子犬が甘えたような声でクーンと鳴いた。
「じゃあ、お願いね」
「利空くん、歩君の邪魔しちゃダメよ」
「わかった」
そう言って保育士さんは教室に戻って行った。
「利空くん、犬、好きなの?」
「大好き!」
「お家でも飼ってるの?」
「うん!」
「でもね、この前、死んじゃったの」
「そうなんだ」
「それは可愛そうだったね」
「その犬ね、ボクが生まれる前からいたの」
「いっつもね、一緒にいたの、兄弟みたく」
「寝るときとかもだよ」
「だからボク、死んじゃったときね、悲しくてすごく泣いたの」
「そっかぁ」
「それは悲しいね」
利空はしゃがみ込んで囲いの中の子犬を目で追っていた。
僕はその肩を抱き寄せた。
利空は僕の胸に頭を預けるようにもたせ掛け、僕の顔を見上げながら言った。
「歩くん、あのね、ボクね、犬の真似できるよ」
「ホント?」
「じゃあ、やってみて」
「ウー、ワンワン」
真似と言っても四つん這いになって単にワンワンと吠えるだけだったけど、そこは神対応しなくっちゃ。
「利空くん、すごい上手」
「本物のワンちゃんとそっくりだよ」
「もう一回、やってみて」
利空は上機嫌になってワンワンワンワンと吠えて見せ、ハァハァハァハァと舌を出して肩で小刻みに息をした。
裏の倉庫に4歳の男の子と2人きり。
ほんの一瞬、妙な静寂が2人の間に漂った。
僕は利空の頭を撫ぜながら、その手で頬へ滑らせた。
柔らかい‥‥
耳たぶを指で摘まむと少しくすぐったがって、首を傾けながら両肩をちょっと上げた。
同じくらい柔らかいのかな、利空のおちんちんも‥‥
止めどない感情が湧き上がってくる。
そして僕は知っている。
幼稚園で過ごすこの時間帯、保育士さんたちは一番忙しくて、だからこんな裏の倉庫になんて誰も人が来ないってことを。
「利空くん‥‥」
「なーに?」
「さっきのワンちゃんの真似スッゴク似てたけど、似てないところがひとつあるよ」
「えっ?」
「どこ?」
「どこが似てないの?」
「ほら、よーく見比べてごらん」
「このワンちゃんと利空くんを」
「えー、わかんないよ」
「どこどこ?」
「歩くん、教えてー」
「いいよ、じゃあ、教えてあげる」
「ほら、よく見てごらん」
「このワンちゃんは、お洋服なんか着てないよ」
「でも、利空くんは?」
そこまで言うと、利空は僕の顔を見て何が閃いたようにパッと明るい笑顔を見せた。
20
お気に入りに追加
145
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる