楽しい幼ちん園

てつじん

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第5章 利空(4歳)

利空(4歳)1/2

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ある日、幼稚園の敷地に犬が1匹迷い込んできた。
その犬は園庭を、まるで自分専用のドッグランとでも思っているかのように好き勝手に走り回っていた。
保育士さんたちは、ワーワーキャーキャー大騒ぎになっている園児たちを、とえあえず建物の中に入れた。

普通だったらそういう時はすぐに保健所に連絡するところなんだけど、誰もそれをしなかった。
それどころか皆んな、何とか自分たちで保護できないものかと、そんなことを考えた。
なぜならその犬が、まだ生後間もないと思われる子犬だったからだ。
園児たちが興奮極まりなかった最大の理由は、電池で動く玩具のようなその子犬を触りたくて仕方がなかったことにあった。
だから保育士さんたちは騒ぎの収集がつかなくなる前に、園児を建物に入れたのだった。

「きっと近隣のお宅から逃げ出してきたのね」
「ちょっとだけ預かって様子、見ましょうか」
「飼い主さん、探しに来るかもしれないし」

実際は逃げ出してきたのか単なる捨て犬なのか分からなかったけど、概ね保育士さんたちも好意的な意見が多かった。
人間でも犬でも、子供に対しては特別な感情が沸きやすいのだ。
ただいくら子犬とは言っても衛生管理の話とは別なので、子供たちが生活する場所とは離れたところで保護することにした。
子供たちは子犬を自由に見られなくなってブーイングの嵐だったがそれも仕方ない。

「じゃあ、僕が園内を走り回らないように、囲いにでも入れときましょうか?」

「歩君、そうしてくれる」
「助かるわ」

僕は裏の倉庫にちょっとした囲いを作ってそこに子犬をかくまった。
保育士さんたちは子犬の写真をスマホで撮って、「子犬、預かってます」の貼り紙を作り、幼稚園の入り口に貼った。
さすが保育士さん、こういうの作るの早いし上手だ。

僕が裏の倉庫で子犬を保護するために即席の囲いを作っていると、保育士さんが園児をひとり連れてきた。
4歳児の利空りくだ。

「歩君、悪いんだけど利空くんがね、どうしてもワンちゃんが見たいって言って聞かないのよ」
「少しここに居させてあげてもいいかしら?」

「僕はいいですよ」
「片付けもまだこれからだし」

子犬が甘えたような声でクーンと鳴いた。

「じゃあ、お願いね」

「利空くん、歩君の邪魔しちゃダメよ」

「わかった」

そう言って保育士さんは教室に戻って行った。

「利空くん、犬、好きなの?」

「大好き!」

「お家でも飼ってるの?」

「うん!」
「でもね、この前、死んじゃったの」

「そうなんだ」
「それは可愛そうだったね」

「その犬ね、ボクが生まれる前からいたの」
「いっつもね、一緒にいたの、兄弟みたく」
「寝るときとかもだよ」
「だからボク、死んじゃったときね、悲しくてすごく泣いたの」

「そっかぁ」
「それは悲しいね」

利空はしゃがみ込んで囲いの中の子犬を目で追っていた。
僕はその肩を抱き寄せた。
利空は僕の胸に頭を預けるようにもたせ掛け、僕の顔を見上げながら言った。

「歩くん、あのね、ボクね、犬の真似できるよ」

「ホント?」
「じゃあ、やってみて」

「ウー、ワンワン」

真似と言っても四つん這いになって単にワンワンと吠えるだけだったけど、そこは神対応しなくっちゃ。

「利空くん、すごい上手」
「本物のワンちゃんとそっくりだよ」
「もう一回、やってみて」

利空は上機嫌になってワンワンワンワンと吠えて見せ、ハァハァハァハァと舌を出して肩で小刻みに息をした。

裏の倉庫に4歳の男の子と2人きり。
ほんの一瞬、妙な静寂が2人の間に漂った。
僕は利空の頭を撫ぜながら、その手で頬へ滑らせた。

柔らかい‥‥

耳たぶを指で摘まむと少しくすぐったがって、首を傾けながら両肩をちょっと上げた。

同じくらい柔らかいのかな、利空のおちんちんも‥‥

止めどない感情が湧き上がってくる。
そして僕は知っている。
幼稚園で過ごすこの時間帯、保育士さんたちは一番忙しくて、だからこんな裏の倉庫になんて誰も人が来ないってことを。

「利空くん‥‥」

「なーに?」

「さっきのワンちゃんの真似スッゴク似てたけど、似てないところがひとつあるよ」

「えっ?」
「どこ?」
「どこが似てないの?」

「ほら、よーく見比べてごらん」
「このワンちゃんと利空くんを」

「えー、わかんないよ」
「どこどこ?」
「歩くん、教えてー」

「いいよ、じゃあ、教えてあげる」
「ほら、よく見てごらん」
「このワンちゃんは、お洋服なんか着てないよ」
「でも、利空くんは?」

そこまで言うと、利空は僕の顔を見て何が閃いたようにパッと明るい笑顔を見せた。
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