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最終章
30、炎の剣
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ミケーレに家族の話をされたリカルドは、油断をしてしまった。
振り向いたリカルドに向かって、ミケーレの卑劣な刃が迫ってきた。
終わりだ。
どうして信じたのか……
戦意を失ったと思い込んでしまった。
最後に残した温情が、命取りになった。
剣を抜いて受け止める時間はない。
終わったと思って下を向いた時、轟音を立てて、炎が地を這う雷のように足元を駆け抜けていった。
残った炎がバチバチと音を立てて、地面を焦がしているのが見えて、リカルドはハッとして顔を上げた。
「え……」
目の前に迫っていたミケーレは、信じられないという顔をして、小刻みに震えていた。
その手から剣がスルリと落ちて地面に突き刺さった。
「う…………ゔ…………ゔうっ……」
喉から搾り出すような呻き声。
口の横から血がこぼれて、線になって顎へ流れた。
ミケーレの胸には、背中から剣が突き刺さり、胸まで貫通していた。
その剣は真っ赤に燃え上がっていて、辺りに煙と焦げる臭いが立ち込めてきた。
瞳孔が開き、口から泡を吹いて、ミケーレは膝から崩れ落ちた。
ミケーレが目の前から消えて、その後ろに見えたのは、待ち焦がれていたセイブリアンの姿だった。
目は赤く光り、腕を前にした姿勢から、走ってきたセイブリアンが、ミケーレに向かって剣を投げたのだと分かった。
それはリカルドも初めて見た、セイブリアンの剣気を帯びた炎の剣だった。
セイブリアンの内部から精製されるもので、一度使うと消滅するが、通常の火よりも熱く、触れただけで激しい痛みを感じると言われている。
恐ろしい攻撃を目の当たりにして、リカルドは震えたが、それは恐怖ではなく、歓喜だった。
「リカルド……ハァハァ……まに……あった」
「せ……セイブリアンさま!!」
リカルドが走り出すと、セイブリアンも走り出した。
死を覚悟して、もう二度と会えないと思っていたくらいだ。
嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
セイブリアンの近くまで来ると、リカルドは地面を蹴って飛び上がり、セイブリアンはしっかりとリカルドを受け止めて、力強く抱きしめた。
「遅くなって悪かった。離れるべきではなかった。もう……もう二度と……離しはしない」
「私も、離れません……ずっと……お側にいます」
抱き合って再会を喜びあった二人は、確かめるようにお互いの顔を確認した。
セイブリアンは急いで駆けつけてくれたのか、心臓の音が速くて息が上がっていたが、傷は一つもなかった。
「よかった……お元気そうですね」
「よくない」
セイブリアンはリカルドを抱き上げたまま、ムッとした顔をしていた。
リカルドが目を瞬かせると、フゥと息を吐いた。
「ミケーレを追い詰めたのはよくやった、と言いたいところだが、ヤツの演技に騙されて背中を見せるなど、悪手もいいところだ」
「あの……それは……」
「分かっている。あいつは、お前の若さや純粋さを知っていて利用した。殺しても、殺しても足りないくらいだ」
地面に転がっているミケーレを見ると、炎の剣が体を燃やし尽くして、すでに変わり果てた姿になっていた。
リカルドが呆然と、その様子を見ていると、セイブリアンの手がわずかに震えていることに気づいた。
慌てて地面に降りたリカルドは、セイブリアンの手を取った。
「手が……震えて……どうされたのですか?」
「炎の剣は、一撃必殺の最終攻撃。確実に相手を仕留めるほどの強大な攻撃力ですが、その反動でセイブリアン様は、しばらく剣を握ることはできません」
「あっ、ルーセントさん!!」
いつの間にか隣にルーセントが来ていて、涼しい顔をして話しかけてきた。
皇宮騎士団長のラノックとの戦いはどうなったのか、辺りを探して見ていると、ルーセントはあっちだと言って指をさしてきた。
すると、すでに騎士達に取り囲まれて、ロープで体を巻かれているラノックの姿が見えた。
どうやら、ルーセントが倒して、生かしたまま取り押さえたようだった。
「リカルド! お前、心配させるなよ!!」
ルーセントの後ろからボロボロに泣いているアルジェンが出てきて、リカルドに抱きついてきた。
涙を流して、心配してくれてたアルジェンに、リカルドはありがとうと言って抱きしめ返した。
「ユリウス様は馬車の中で手当てを受けています。怪我を負っていますが、命に別状はないと思われます。ベイリーの騎士はそれぞれ重傷でして、陛下の指示で、先に搬送しております」
「そうかみんな、よくやってくれた。第三皇子の宮はすでに取り囲んでいるが、まだ残党の襲撃があるかもしれない。急ぎ、陛下を皇宮までお連れする。よし、みんなもう一踏ん張りだ!」
ルーセントの報告を聞いて、セイブリアンはテキパキと指示を出した。
後から駆けつけてきてくれた仲間達によって、森に放たれた火は消火されていた。
バリケードになっていた木々はどかされ、次々と馬車が入ってきて、負傷している者はそれに乗せられて行った。
ラノックの移送を手配しているうちに、神殿に攻め込んできた貴族の反対派は制圧され、神殿内にいた賓客達は、誰一人として怪我もなく無事だと連絡が入った。
あっという間に事態が収束していくのを、リカルドは口を開けたまま眺めてしまった。
手伝いたいが、腕の怪我を心配されて、動くなと言われてしまった。
腕に布を巻いた状態で、傷口を押さえて立っていたリカルドの元に、セイブリアンが戻ってきたのは、ミケーレを倒してからそれほど時間が経っていない。
ベイリーの騎士達の連携がとれた動きに、見事としか言いようがなかった。
「皇宮までの道の安全が確認できた。リカルドは、俺と、ユリウスの乗る馬車に」
「はい!」
やっと自分が役に立てそうだと、リカルドは張り切って馬車に向かった。
しかし、セイブリアンを手伝おうとしたのに、お前を持ち上げる力くらいあると言われて、子供のように抱っこされて中に押し込まれてしまった。
「……ん、リカルド、怪我は……大丈夫か?」
「ユリウス様、気が付かれたのですね」
馬車の中で寝ていたユリウスは、人が乗り込んで来たので目覚めたようだ。
ぼんやりした目をしていたが、リカルドのことを見つけると、すまないと謝ってきた。
「こんなの、怪我のうちに入りません。陛下は、しっかり休んで、怪我を治してください」
「ああ、ありがとう。他の者はみんな、手当を受けたか?」
「大丈夫だ。重篤な者は先に運んでいる。俺達もそろそろ行こう」
準備ができたからか、セイブリアンが乗り込んできて、リカルドの隣に座った。
ユリウスは座席で横になっていたが、セイブリアンの姿を見て、起き上がろうとしていた。
「ユリ、無理はするな。聖水を飲んだからと言って、すぐに治るわけではない」
「寝ていたら話ができん。血は止まったし、だいぶ、楽になった。ああ、リカルド、ありがとう」
体を起こしたいと言うユリウスのために、リカルドが横から支えて、やっと背もたれに体を預けることができた。
「私が死んだら、第三皇子派とセイブリアン派で、そうとうな争いになっていたな。それを考えると、生きていてよかったと思う」
「当たり前だ。こんなに早く、死なれちゃ困る。リリーだって、悲しむだろう」
「ああ、そうだな……リリーに早く、会いたい」
ユリウスが穏やかな顔でリリーローズの名前を呼んだので、セイブリアンは何か気がついたようだった。
「その気持ち、ちゃんとリリーに伝えてやれよ。いつまでも子供のように見ていないで」
「ああ、分かっている。リカルドに教えられたからな」
「え……」
聞き役に徹していたら、話を向けられて、リカルドは驚いてしまった。
セイブリアンが何かあったのかという目で、見てきたので、リカルドはごまかすように、はははっと笑ってみせた。
「この忙しい時に悪いが、しばらく動けそうにない」
「分かっている、安静にしていろ。代行は任せてくれ。全快したら、帝国民の前での表明式が待っているからな」
「ああ、よろしく頼む」
帝国では即位式とは別に、国民の前で即位を報告する表明式というものが行われる。
こちらに関しては、期限は決められていないが、表明式を行った日が、祝日になると聞いていた。
「それと、とりあえず、皇宮騎士団が機能できるように、早急に人手が必要だ。代行者として、まともなやつを選んでみるが、しつこいくらい相談に行くから、覚悟しておいてくれ」
「ははは……、確かにそうだな。幼い頃から相談役になってくれた、ラノックを信用しすぎた私がバカだった。人望の厚いお前が羨ましい」
リカルドはユリウスを支えるために隣に残っていたが、クスッと笑ったユリウスは、リカルドの手を掴んできた。
「特にこのリカルドだ。良い拾い物をしたな。優しい目をしているが、うちに秘めた強さは、私達以上だ」
「そ、そんな……恐れ多いです」
「この髪も、目も、リリーと同じだ。そう考えると、二人は似ているように見える。特にこの可愛らしい鼻とか……」
ユリウスが顔を近づけてきたが、怪我人を押し返すことができなくて、リカルドが焦った時、二人の間にヌッと手が伸びてきた。
がっしりと腕を掴まれて、気がつくとセイブリアンの隣に戻っていた。
「これはこれは……、嫉妬するリアンを見られるなんて、生きていて良かった。二人が付き合っていることは聞いているから心配するな」
「なっ、いっ、いつの間に!?」
「森の入口までは同じ馬車に乗っていたんだ。リカルドは、なかなか有能だ。そばに置いておきたいくらいだ」
「それはダメだ。リカルドはベイリーの騎士で、俺の専属護衛騎士だ」
「そうか……ベイリーの騎士ね」
そう言ったユリウスは考えるように目線を上げた後、リカルドの方を見て、ニコッと笑った。
セイブリアンもじっと見てくるので、顔も体型もよく似た二人に見られてしまった。リカルドは、獅子に睨まれたネズミになったような思いになって、心臓がバクバクと跳ね上がってしまった。
「可愛いなぁ。リアンはこうやって、いつも遊んでいるのか?」
「バカなことを言っていないで、少し寝ていろ。着いたら起こしてやる」
ムッとしたセイブリアンを見て、ユリウスは笑いながらも、眠気がきたのか、今度は素直に横になった。
その後は、ユリウスを起こさないように、二人は目と口を閉じて、ただ馬車の音を聞いた。
セイブリアンとの出会いから、今までの思い出を瞼の裏に浮かべて、静かな時間は過ぎていった。
皇宮に到着すると、表玄関にはリリーローズの姿があった。
騎士や侍女に止められながら、必死に振り解こうとしている姿を見て、到着前に目が覚めていたユリウスは、早く止めろと指示を出した。
馬車が止まり、リカルドがドアを開けて降りると、次にセイブリアンが降りてきた。
二人で手を伸ばしてユリウスを支えると、ユリウスは、ふらつきながらも自分の足で馬車を降りた。
「ユリ!! ユリウス様!!」
リリーローズが叫びながら、護衛の手を振り払って走り出した。
ユリウスは歩くことなどできないはずだが、リリーと名前を呼んで、足を引き摺りながら歩き出した。
「り……リリー、リリー」
リカルドとセイブリアンは、途中まで支えていたが、ユリウスは大丈夫だと言って二人を下がらせた。
走ってきたリリーローズは、傷ついてボロボロのユリウスを見て、足を止めた後、口に手を当ててポロポロと涙を流した。
やっとリリーローズの側までたどり着いたユリウスは、会いたかったと言って、リリーローズを抱きしめた。
「すまない……悪かった……」
「ど……どうして、謝るのですか?」
「ずっと言えなくて、悪かった」
「え……」
「愛している、リリー。出会った時からずっと……君のことが好きだった」
リリーローズの喉元が上下して、息を呑む音が聞こえてきた。
涙で顔を濡らしていたリリーローズは、驚いたように目を開いて、ユリウスを見つめた。
「怖かったんだ……。私は自分に自信がなくて、いつもこっそり君を眺めていた幼い頃から変わらない。君がいつか、私の元を離れていってしまうんじゃないかと……」
「そんなっ、そんなこと……あるはずがありません! 私が愛しているのは、ユリ、あなたです」
「こんな時になって、やっと気づいたんだ。もうダメだと思った時、浮かんできたのはリリーの笑顔だった。君に会いたくて……愛を伝えたくて……その前に死ねないと。やっと……伝えられてよかった」
見つめ合った二人は、目を潤ませて、しっかりと抱き合った。
二人の間にあった雪が溶けていくように見えた。
同じように心配していたのか、騎士や使用人達も温かい目で二人の様子を見つめていた。
「ユリ、怪我がひどいように見えるわ。体は大丈夫なの?」
「治療は必要だが、命に別状はない。神殿から治療用の聖水を取り寄せて飲ませたところだ。安静が必要だから、しっかり看護してやってくれ」
セイブリアンが、ユリウスの状態をリリーローズに伝えると、リリーローズはもちろんよと言って力強く頷いた。
そこに屈強な護衛騎士が走ってきて、ユリウスが歩かなくていいように両側から支えた。
事態の収束をセイブリアンに任せて、ユリウスは部屋に戻り、治療を受けることになった。
ユリウスは先に運ばれて行ったが、リリーローズは残ってセイブリアンの方に近づいてきた。
「リアン、ありがとう。ユリを守ってくれたのね」
「俺は遅れをとって役に立たなかった。礼はリカルドに言ってくれ。ユリを守って、襲撃してきた敵を倒したのはリカルドだ」
「まぁ、それじゃあ。リカルドは、皇帝を守ったのね」
「そ、そんなっ、他の騎士も戦っていますし、俺は、できることだけ必死に……」
ミケーレを倒したが、油断して殺されそうになった立場なので、とんでもないとリカルドが両手を振っていると、ツカツカと歩いてきたリリーローズは、リカルドの手を掴んだ。
そして、その手を自分の方に引き寄せた。
「ベイリーの騎士、リカルド。それだけではないわね。貴方は皇帝の命を守った、これは大きな功績よ」
「皇后陛下……」
「貴方は立派なアルカンテーゼ帝国の騎士よ」
私が認めると言って、リリーローズは、リカルドの手の甲に祝福のキスをした。
リカルドが顔を上げると、微笑んで頷いているセイブリアンと目が合った。
「ありがとう……ございます」
感動して唇が震えてしまったリカルドは、上手く話せなかったが、何とかお礼の言葉を伝えた。
神殿から、即位が完了したことを知らせる鐘が、改めて鳴らされた。
その音は風に乗って皇宮まで届き、リカルドの胸にも響いた。
振り向いたリカルドに向かって、ミケーレの卑劣な刃が迫ってきた。
終わりだ。
どうして信じたのか……
戦意を失ったと思い込んでしまった。
最後に残した温情が、命取りになった。
剣を抜いて受け止める時間はない。
終わったと思って下を向いた時、轟音を立てて、炎が地を這う雷のように足元を駆け抜けていった。
残った炎がバチバチと音を立てて、地面を焦がしているのが見えて、リカルドはハッとして顔を上げた。
「え……」
目の前に迫っていたミケーレは、信じられないという顔をして、小刻みに震えていた。
その手から剣がスルリと落ちて地面に突き刺さった。
「う…………ゔ…………ゔうっ……」
喉から搾り出すような呻き声。
口の横から血がこぼれて、線になって顎へ流れた。
ミケーレの胸には、背中から剣が突き刺さり、胸まで貫通していた。
その剣は真っ赤に燃え上がっていて、辺りに煙と焦げる臭いが立ち込めてきた。
瞳孔が開き、口から泡を吹いて、ミケーレは膝から崩れ落ちた。
ミケーレが目の前から消えて、その後ろに見えたのは、待ち焦がれていたセイブリアンの姿だった。
目は赤く光り、腕を前にした姿勢から、走ってきたセイブリアンが、ミケーレに向かって剣を投げたのだと分かった。
それはリカルドも初めて見た、セイブリアンの剣気を帯びた炎の剣だった。
セイブリアンの内部から精製されるもので、一度使うと消滅するが、通常の火よりも熱く、触れただけで激しい痛みを感じると言われている。
恐ろしい攻撃を目の当たりにして、リカルドは震えたが、それは恐怖ではなく、歓喜だった。
「リカルド……ハァハァ……まに……あった」
「せ……セイブリアンさま!!」
リカルドが走り出すと、セイブリアンも走り出した。
死を覚悟して、もう二度と会えないと思っていたくらいだ。
嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
セイブリアンの近くまで来ると、リカルドは地面を蹴って飛び上がり、セイブリアンはしっかりとリカルドを受け止めて、力強く抱きしめた。
「遅くなって悪かった。離れるべきではなかった。もう……もう二度と……離しはしない」
「私も、離れません……ずっと……お側にいます」
抱き合って再会を喜びあった二人は、確かめるようにお互いの顔を確認した。
セイブリアンは急いで駆けつけてくれたのか、心臓の音が速くて息が上がっていたが、傷は一つもなかった。
「よかった……お元気そうですね」
「よくない」
セイブリアンはリカルドを抱き上げたまま、ムッとした顔をしていた。
リカルドが目を瞬かせると、フゥと息を吐いた。
「ミケーレを追い詰めたのはよくやった、と言いたいところだが、ヤツの演技に騙されて背中を見せるなど、悪手もいいところだ」
「あの……それは……」
「分かっている。あいつは、お前の若さや純粋さを知っていて利用した。殺しても、殺しても足りないくらいだ」
地面に転がっているミケーレを見ると、炎の剣が体を燃やし尽くして、すでに変わり果てた姿になっていた。
リカルドが呆然と、その様子を見ていると、セイブリアンの手がわずかに震えていることに気づいた。
慌てて地面に降りたリカルドは、セイブリアンの手を取った。
「手が……震えて……どうされたのですか?」
「炎の剣は、一撃必殺の最終攻撃。確実に相手を仕留めるほどの強大な攻撃力ですが、その反動でセイブリアン様は、しばらく剣を握ることはできません」
「あっ、ルーセントさん!!」
いつの間にか隣にルーセントが来ていて、涼しい顔をして話しかけてきた。
皇宮騎士団長のラノックとの戦いはどうなったのか、辺りを探して見ていると、ルーセントはあっちだと言って指をさしてきた。
すると、すでに騎士達に取り囲まれて、ロープで体を巻かれているラノックの姿が見えた。
どうやら、ルーセントが倒して、生かしたまま取り押さえたようだった。
「リカルド! お前、心配させるなよ!!」
ルーセントの後ろからボロボロに泣いているアルジェンが出てきて、リカルドに抱きついてきた。
涙を流して、心配してくれてたアルジェンに、リカルドはありがとうと言って抱きしめ返した。
「ユリウス様は馬車の中で手当てを受けています。怪我を負っていますが、命に別状はないと思われます。ベイリーの騎士はそれぞれ重傷でして、陛下の指示で、先に搬送しております」
「そうかみんな、よくやってくれた。第三皇子の宮はすでに取り囲んでいるが、まだ残党の襲撃があるかもしれない。急ぎ、陛下を皇宮までお連れする。よし、みんなもう一踏ん張りだ!」
ルーセントの報告を聞いて、セイブリアンはテキパキと指示を出した。
後から駆けつけてきてくれた仲間達によって、森に放たれた火は消火されていた。
バリケードになっていた木々はどかされ、次々と馬車が入ってきて、負傷している者はそれに乗せられて行った。
ラノックの移送を手配しているうちに、神殿に攻め込んできた貴族の反対派は制圧され、神殿内にいた賓客達は、誰一人として怪我もなく無事だと連絡が入った。
あっという間に事態が収束していくのを、リカルドは口を開けたまま眺めてしまった。
手伝いたいが、腕の怪我を心配されて、動くなと言われてしまった。
腕に布を巻いた状態で、傷口を押さえて立っていたリカルドの元に、セイブリアンが戻ってきたのは、ミケーレを倒してからそれほど時間が経っていない。
ベイリーの騎士達の連携がとれた動きに、見事としか言いようがなかった。
「皇宮までの道の安全が確認できた。リカルドは、俺と、ユリウスの乗る馬車に」
「はい!」
やっと自分が役に立てそうだと、リカルドは張り切って馬車に向かった。
しかし、セイブリアンを手伝おうとしたのに、お前を持ち上げる力くらいあると言われて、子供のように抱っこされて中に押し込まれてしまった。
「……ん、リカルド、怪我は……大丈夫か?」
「ユリウス様、気が付かれたのですね」
馬車の中で寝ていたユリウスは、人が乗り込んで来たので目覚めたようだ。
ぼんやりした目をしていたが、リカルドのことを見つけると、すまないと謝ってきた。
「こんなの、怪我のうちに入りません。陛下は、しっかり休んで、怪我を治してください」
「ああ、ありがとう。他の者はみんな、手当を受けたか?」
「大丈夫だ。重篤な者は先に運んでいる。俺達もそろそろ行こう」
準備ができたからか、セイブリアンが乗り込んできて、リカルドの隣に座った。
ユリウスは座席で横になっていたが、セイブリアンの姿を見て、起き上がろうとしていた。
「ユリ、無理はするな。聖水を飲んだからと言って、すぐに治るわけではない」
「寝ていたら話ができん。血は止まったし、だいぶ、楽になった。ああ、リカルド、ありがとう」
体を起こしたいと言うユリウスのために、リカルドが横から支えて、やっと背もたれに体を預けることができた。
「私が死んだら、第三皇子派とセイブリアン派で、そうとうな争いになっていたな。それを考えると、生きていてよかったと思う」
「当たり前だ。こんなに早く、死なれちゃ困る。リリーだって、悲しむだろう」
「ああ、そうだな……リリーに早く、会いたい」
ユリウスが穏やかな顔でリリーローズの名前を呼んだので、セイブリアンは何か気がついたようだった。
「その気持ち、ちゃんとリリーに伝えてやれよ。いつまでも子供のように見ていないで」
「ああ、分かっている。リカルドに教えられたからな」
「え……」
聞き役に徹していたら、話を向けられて、リカルドは驚いてしまった。
セイブリアンが何かあったのかという目で、見てきたので、リカルドはごまかすように、はははっと笑ってみせた。
「この忙しい時に悪いが、しばらく動けそうにない」
「分かっている、安静にしていろ。代行は任せてくれ。全快したら、帝国民の前での表明式が待っているからな」
「ああ、よろしく頼む」
帝国では即位式とは別に、国民の前で即位を報告する表明式というものが行われる。
こちらに関しては、期限は決められていないが、表明式を行った日が、祝日になると聞いていた。
「それと、とりあえず、皇宮騎士団が機能できるように、早急に人手が必要だ。代行者として、まともなやつを選んでみるが、しつこいくらい相談に行くから、覚悟しておいてくれ」
「ははは……、確かにそうだな。幼い頃から相談役になってくれた、ラノックを信用しすぎた私がバカだった。人望の厚いお前が羨ましい」
リカルドはユリウスを支えるために隣に残っていたが、クスッと笑ったユリウスは、リカルドの手を掴んできた。
「特にこのリカルドだ。良い拾い物をしたな。優しい目をしているが、うちに秘めた強さは、私達以上だ」
「そ、そんな……恐れ多いです」
「この髪も、目も、リリーと同じだ。そう考えると、二人は似ているように見える。特にこの可愛らしい鼻とか……」
ユリウスが顔を近づけてきたが、怪我人を押し返すことができなくて、リカルドが焦った時、二人の間にヌッと手が伸びてきた。
がっしりと腕を掴まれて、気がつくとセイブリアンの隣に戻っていた。
「これはこれは……、嫉妬するリアンを見られるなんて、生きていて良かった。二人が付き合っていることは聞いているから心配するな」
「なっ、いっ、いつの間に!?」
「森の入口までは同じ馬車に乗っていたんだ。リカルドは、なかなか有能だ。そばに置いておきたいくらいだ」
「それはダメだ。リカルドはベイリーの騎士で、俺の専属護衛騎士だ」
「そうか……ベイリーの騎士ね」
そう言ったユリウスは考えるように目線を上げた後、リカルドの方を見て、ニコッと笑った。
セイブリアンもじっと見てくるので、顔も体型もよく似た二人に見られてしまった。リカルドは、獅子に睨まれたネズミになったような思いになって、心臓がバクバクと跳ね上がってしまった。
「可愛いなぁ。リアンはこうやって、いつも遊んでいるのか?」
「バカなことを言っていないで、少し寝ていろ。着いたら起こしてやる」
ムッとしたセイブリアンを見て、ユリウスは笑いながらも、眠気がきたのか、今度は素直に横になった。
その後は、ユリウスを起こさないように、二人は目と口を閉じて、ただ馬車の音を聞いた。
セイブリアンとの出会いから、今までの思い出を瞼の裏に浮かべて、静かな時間は過ぎていった。
皇宮に到着すると、表玄関にはリリーローズの姿があった。
騎士や侍女に止められながら、必死に振り解こうとしている姿を見て、到着前に目が覚めていたユリウスは、早く止めろと指示を出した。
馬車が止まり、リカルドがドアを開けて降りると、次にセイブリアンが降りてきた。
二人で手を伸ばしてユリウスを支えると、ユリウスは、ふらつきながらも自分の足で馬車を降りた。
「ユリ!! ユリウス様!!」
リリーローズが叫びながら、護衛の手を振り払って走り出した。
ユリウスは歩くことなどできないはずだが、リリーと名前を呼んで、足を引き摺りながら歩き出した。
「り……リリー、リリー」
リカルドとセイブリアンは、途中まで支えていたが、ユリウスは大丈夫だと言って二人を下がらせた。
走ってきたリリーローズは、傷ついてボロボロのユリウスを見て、足を止めた後、口に手を当ててポロポロと涙を流した。
やっとリリーローズの側までたどり着いたユリウスは、会いたかったと言って、リリーローズを抱きしめた。
「すまない……悪かった……」
「ど……どうして、謝るのですか?」
「ずっと言えなくて、悪かった」
「え……」
「愛している、リリー。出会った時からずっと……君のことが好きだった」
リリーローズの喉元が上下して、息を呑む音が聞こえてきた。
涙で顔を濡らしていたリリーローズは、驚いたように目を開いて、ユリウスを見つめた。
「怖かったんだ……。私は自分に自信がなくて、いつもこっそり君を眺めていた幼い頃から変わらない。君がいつか、私の元を離れていってしまうんじゃないかと……」
「そんなっ、そんなこと……あるはずがありません! 私が愛しているのは、ユリ、あなたです」
「こんな時になって、やっと気づいたんだ。もうダメだと思った時、浮かんできたのはリリーの笑顔だった。君に会いたくて……愛を伝えたくて……その前に死ねないと。やっと……伝えられてよかった」
見つめ合った二人は、目を潤ませて、しっかりと抱き合った。
二人の間にあった雪が溶けていくように見えた。
同じように心配していたのか、騎士や使用人達も温かい目で二人の様子を見つめていた。
「ユリ、怪我がひどいように見えるわ。体は大丈夫なの?」
「治療は必要だが、命に別状はない。神殿から治療用の聖水を取り寄せて飲ませたところだ。安静が必要だから、しっかり看護してやってくれ」
セイブリアンが、ユリウスの状態をリリーローズに伝えると、リリーローズはもちろんよと言って力強く頷いた。
そこに屈強な護衛騎士が走ってきて、ユリウスが歩かなくていいように両側から支えた。
事態の収束をセイブリアンに任せて、ユリウスは部屋に戻り、治療を受けることになった。
ユリウスは先に運ばれて行ったが、リリーローズは残ってセイブリアンの方に近づいてきた。
「リアン、ありがとう。ユリを守ってくれたのね」
「俺は遅れをとって役に立たなかった。礼はリカルドに言ってくれ。ユリを守って、襲撃してきた敵を倒したのはリカルドだ」
「まぁ、それじゃあ。リカルドは、皇帝を守ったのね」
「そ、そんなっ、他の騎士も戦っていますし、俺は、できることだけ必死に……」
ミケーレを倒したが、油断して殺されそうになった立場なので、とんでもないとリカルドが両手を振っていると、ツカツカと歩いてきたリリーローズは、リカルドの手を掴んだ。
そして、その手を自分の方に引き寄せた。
「ベイリーの騎士、リカルド。それだけではないわね。貴方は皇帝の命を守った、これは大きな功績よ」
「皇后陛下……」
「貴方は立派なアルカンテーゼ帝国の騎士よ」
私が認めると言って、リリーローズは、リカルドの手の甲に祝福のキスをした。
リカルドが顔を上げると、微笑んで頷いているセイブリアンと目が合った。
「ありがとう……ございます」
感動して唇が震えてしまったリカルドは、上手く話せなかったが、何とかお礼の言葉を伝えた。
神殿から、即位が完了したことを知らせる鐘が、改めて鳴らされた。
その音は風に乗って皇宮まで届き、リカルドの胸にも響いた。
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主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!
汀
BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!
【完結】乙女ゲーの悪役モブに転生しました〜処刑は嫌なので真面目に生きてたら何故か公爵令息様に溺愛されてます〜
百日紅
BL
目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でしたーー。
最後は処刑される運命の悪役モブ“サミール”に転生した主人公。
死亡ルートを回避するため学園の隅で日陰者ライフを送っていたのに、何故か攻略キャラの一人“ギルバート”に好意を寄せられる。
※毎日18:30投稿予定
薄幸な子爵は捻くれて傲慢な公爵に溺愛されて逃げられない
くまだった
BL
アーノルド公爵公子に気に入られようと常に周囲に人がいたが、没落しかけているレイモンドは興味がないようだった。アーノルドはそのことが、面白くなかった。ついにレイモンドが学校を辞めてしまって・・・
捻くれ傲慢公爵→→→→→貧困薄幸没落子爵
最後のほうに主人公では、ないですが人が亡くなるシーンがあります。
地雷の方はお気をつけください。
ムーンライトさんで、先行投稿しています。
感想いただけたら嬉しいです。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました
織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?
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