囮になった見習い騎士には、愛され生活が待っていた。

朝顔

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最終章

25、今を信じる

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 色とりどりの華やかなドレスがフロアに花を咲かせる。音楽に合わせて、体を密着させて踊る男女。
 どこからともなく、楽しそうに笑いながら話す声が聞こえて来る。
 最初は刺激的な光景に思えたが、何日も続けて見ていたら、すっかり慣れてしまった。
 今日も壁に背中を貼りつけて、リカルドは会場全体を穴が空くほど眺めていた。
 見知った顔はない。
 怪しい動きをする者もいない。
 どこまでも平和なパーティーの様子に、ずっと気を張っていたので疲れてしまった。
 争いといえば、ダンスのパートナーを巡っての令嬢のキャットファイトくらいで、とても皇太子を狙った連中が起こしたものには見えなかった。

 パーティーには慣れたが、衣装にはなかなか慣れない。
 今日もピンクのコートに白ズボン、中は水玉柄のドレスシャツという、直視できない格好なので、鏡を見ることはやめた。
 皇太子を狙う者が現れたら、隠れている騎士達が出て来るはずだが、そんな様子もない。
 おそらく騎士達も、音楽を聴きながら、暇を持て余しているだろう。
 有事の際は、壁に飾られている剣を取って、戦う覚悟でいたが、そんな空気は少しも感じないので気が抜けてしまった。
 即位式を明日に控えて、皇太子がいつまでも会場の様子を眺めているのはさすがにおかしい。
 襲撃はないと判断したセイブリアンが、怪しまれないうちに皇太子役の騎士に合図を送って、早々に下がらせた。

「リカルド、こっちへ」

 どうなっているのか分からないまま、立っていたら、セイブリアンに呼ばれて、定位置から離れることになった。
 セイブリアンはカーテンで仕切られたバルコニーへ出て行った。
 貴族の密会の場所として知られているが、人が来ない場所で、きっと状況報告だろうと思ってリカルドも後に続いた。
 バルコニーへ出ると、セイブリアンが月明かりを浴びながら立っていた。
 子供のような色合いのリカルドと違って、セイブリアンは上下黒で、さりげなく宝石の飾りがついた大人の装いだった。
 燃えるような赤い髪との対比が美しく見えて、リカルドは吸い寄せられるように、セイブリアンの隣に立った。

「手伝ってもらって、収穫がなくて悪かった。これだけ待っても来ないということは、こちらの動きがバレたのかもしれないな。この件を知っているなら、おそらく内部で情報を漏らしたやつがいる。それも、ユリウス皇太子に近しい者だ」

「明日は、危険ではないのですか? これだけ人が集まれば、厳戒態勢とはいえ、招待客から下働きまで、全員を把握できません。内部に協力者がいるなら、せめて見つけ出すまでは延期をした方が……」

「ここまで来てそれはできない。兄は皇帝になったら、すぐに兄弟達の力を奪うつもりだ。対立関係の強い兄弟は、特に徹底的にやる。今の立場ではその権限がない、だから少しでも早く、一番上に立たなければいけない」

 争いを終わらせるために。
 そう言って月を見上げたセイブリアンの横顔は、決意に満ちていた。
 自分の力は小さくて、何の助けにもならないかもしれない。
 それでも、セイブリアンが少しでも前に進めるように、後ろから精一杯押す気持ちはある。
 必要なら手を取って、引っ張ってあげたい。
 強い視線でセイブリアンを見つめると、セイブリアンはリカルドに向かって手を伸ばしてきた。
 視線をその手に向けたリカルドは、ぐっと息を呑み込んでから、そこに自分の手を重ねた。

「リカルド、お前に好きだと伝えたことだが……」

「あ……」

「返事は即位式が終わってからと言ったが、いつでもかまわない。ただ、これだけは伝えたい」

「……はい」

「お前が誰を好きでも、俺の気持ちは変わらない。立場を押し付けたくないなんて偉そうなこと言ったが、本当は俺を選んでほしい、俺だけを見てほしいと思っている。たとえ、別の人間に気持ちがあっても、それが過去のものであったとしても、関係ない。俺のことを見てほしい」

「あの……」

「分かっている、自分でも傲慢だということは分かっているんだ。だけど、リカルドの幸せを願うのに、その相手が自分じゃないというのは、どうしても認められなくて……」

「ちょっ、ちょっと待ってください」

 離さないとばかりに、手を強く握られて、必死に訴えかけられているが、どうも話が膨らみすぎているように感じてしまい、リカルドは熱の入ったセイブリアンを止めた。

「他とか別の人、というのは何ですか? すぐに返事をしなかったから、他に好きな人がいると思われたのですか?」

「いっ、いや、あのそれは……ルーセントからリカルドには……好きな相手がいるようだと聞いて……」

「ああっ、それは……!」

 ルーセントに、忘れられない相手について相談をした時に、そんな話になっていたことを思い出した。
 詳細を伝えていなかったので、偏った情報がセイブリアンに伝わってしまったのだと分かった。

「誤解……、というわけでないのですが、ルーセントさんに上手く話せていなくて……」

「分かった、大丈夫だ。俺が先走り過ぎたんだな。だが、告白を撤回するつもりはない。誰に思いを寄せていても、どうにかしてでも振り向かせてみせる!」

 どうもこの兄弟は、恋愛については、余計な糸を持ち込んで、勝手に絡ませていくクセがあるようだ。
 勢いが色んな方向に飛んでいるセイブリアンを見て、リカルドの方は少し冷静になることができた。
 まずは落ち着いてくださいと言って、セイブリアンの肩を叩いて宥めた。

「……過去に好きだったとか、俺だって聞きたいです。リリーローズ様との婚約の話があったと聞きました。先日の再会の時は、みんなの前で抱きつかれて、とても仲が良さそうでしたね」

「あっ……あれは!! すまない……だが、抱き返してはいないし、鼻の下を伸ばしていたわけじゃない。子供の頃は、まともに人と話せなくて、リリーには姉のように世話になったんだ。婚約は周りが言い出したことで、俺に気持ちはなかった。リリーがあんな場所で、子供のように振る舞うなんて、何か考えがあると思って……振り解くわけにもいかず……動けなかったというか……」

「それでは、セイブリアン様の初恋は……?」

「だから言っているだろう……リカルドだ」

 汗を流しながら、必死に言葉を紡いでいるセイブリアンを見て、リカルドのモヤモヤしていた気持ちは消えていった。
 寝言はきっと、過去の夢を見ていただけだ。
 気にはなるけれども、リカルドの知っているセイブリアンは、剣一筋で生きてきた人で、いつも誠実だった。
 セイブリアンの言葉を信じようと、リカルドは顔を上げた。

「分かりました。子供時代を支えてくれて、幼馴染として築いてきた関係がありますからね。セイブリアン様の言うことを信じます」

「そ……そうか……よ、よかった……」

「その代わり、今度はちゃんと上手く断ってくださいね。嫉妬しちゃいますから」

「分かった。もちろん、そうする」

 子供のように小さくなって、こくこくと頷いたセイブリアンだったが、少し考えて、ハッと気がついたように顔を上げた。

「いつでもいいんでしたよね。今、返事を言っていいですか?」

 セイブリアンの目が、ゆっくりと大きく開いていく様を見ながら、リカルドはにっこりと笑った。

「俺も好きです。セイブリアン様のこと」

「え……」

 目を開いたまま、セイブリアンは固まってしまったので、手を伸ばしたリカルドは、セイブリアンの頬を指でツンツンと突いてみた。

「あの……返事をしたんですけど」

「ほ……本当なのか?」

 壊れた人形みたいに、カクカクと動きながら話すセイブリアンを見て、リカルドはぷっと笑ってしまった。
 こんなに可愛い顔が見れるなら、あんなに悩んだ時間は何だったのか、なぜ早く返事をしなかったんだと思ってしまった。

「も……もう一度……」

「え……それは……」

 セイブリアンに両肩を掴まれて、穴が開きそうなくらい強い視線で迫られたので、恥ずかしくて真っ赤になったリカルドは、仕方なくまた、小声で好きですと告げた。
 すると、同じように赤い顔になったセイブリアンは、飛びつくように勢いよく、リカルドを抱きしめてきた。
 ずっと欲しかったセイブリアンの温もりと力強さを感じて、リカルドは嬉しくて目を閉じた。

「好きな相手というのは、俺だったんだな」
 
「ええ、ルーセントさんには、恋愛相談をしていたというか……」

「相談をする相手を間違えている。あいつは学生時代、誰も近寄るなと周囲を威嚇して、今も恋愛はおろか、女性と目を合わせて話すことができない男だぞ」

「そうだったんですね。でも、色々と勇気づけてくれて、良い人です」

 ルーセントの話をしていたが、興味はないとばかりに、ゴソゴソとやっていたセイブリアンは、リカルドのかぶっていたカツラを外してしまった。
 パサっとバルコニーの床に、金髪のカツラが落ちると、リカルドの黒い髪が夜風にふわっと揺れた。

「ああ、やはり、この方がいい。黒髪がリカルドには一番似合っている。手触りも違う。こっちの方が好きだ」

「えっ……ちょっ……」

 リカルドの髪に顔を埋めたセイブリアンは、頭にキスを落としてきたので、驚いてしまった。

「汗臭いですよ」

「構わない。全部好きだ」

 さらっととんでもないことを言ってくるので、リカルドはまた顔が熱くなった。
 剣一筋だった男が、恋愛に染まると、かなりの破壊力を持つのかもしれない。

「愛してる、リカルド」

「俺も……」

 好きですと言おうとした言葉は、セイブリアンに唇を奪われて、飲み込まれてしまった。
 バルコニーの下には、警備兵達が並んで有事に備えているという大変な時だ。
 けれど、想いが通じ合ったことを確認した二人は、熱く抱き合って唇を重ねた。
 今この時間だけは、二人だけのもの。
 全てを忘れて、夢中で抱き合いながら、どんどん深くなっていく口付けに酔いしれた。

「ユリウスと話し合いを重ねて、事態に備えているが、明日はなるべく俺の近くにいてくれ」

「はい……」

 セイブリアンは何かあった時、ユリウスのために迅速に動かなければいけない。
 その時、少しでもセイブリアンの力になりたい。
 もしもの時は、盾になってでも、セイブリアンを守る。
 セイブリアンの背中に手を回したリカルドは、ぎゅっとしがみついて決意に心を燃やした。

 遠くから聞こえる軽快な音楽。
 月夜の下で、セイブリアンと抱き合った。
 まるで、二人だけでラストダンスを踊っているみたいだった。

 
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