囮になった見習い騎士には、愛され生活が待っていた。

朝顔

文字の大きさ
上 下
25 / 34
最終章

25、ダンスはお預け

しおりを挟む
 即位式までの間、皇宮では毎夜パーティーが開かれる。
 辺りが暗くなると、皇宮の表玄関にはたくさんの馬車が詰めかけて、華やかな装いの男女が会場に花を咲かせた。
 主催は皇太子だが、出席するかは当日になっても分からない。
 出席したとしても皇太子は二階の席からパーティーの様子を眺めるだけらしい。リリーローズが招待客への対応をすると聞いていた。

 ラッパの音が鳴って、セイブリアンのエスコートで、リリーローズは豪華に彩られた会場に入った。
 二人が仲良しなところを見るのは、複雑な気分だったが、あっという間に大勢の人に囲まれたリリーローズを見て、そんな気分は飛んで行ってしまった。
 リリーローズは一人一人の手を握って、笑顔を振り撒いて、熱心に語りかけて挨拶をしていた。
 周囲から子供のように扱われていると嘆いていたが、こうして見ると立派にホストとしての役目を果たしているので、驚いてしまった。
 もしかしたら、周囲が思っている以上に、リリーローズは……
 そう考えていた時、トンと肩を叩かれた。

「こんなところにいるとは……。入口近くで待っていてくれと話しただろう」

「セイブリアン様」

 人々の波から離れて、壁沿いの端っこで小さくなっていたリカルドは、早速入場したばかりのセイブリアンに見つけられてしまった。

「で……でも、こんな格好でっ、とても恥ずかしくて……!!」

「気にすることはない。ドレスコードはないし、みんな競うように派手な服を着ている」

「そ、そうですけど……、ぴぴ……ピンクですよ! フリフリだし、子供や、可愛い女性が着る色じゃないですか!」

 先に行って待っているように言われたリカルドは、一人でこっそり会場入りしたが、問題は用意された服だった。
 男性用の服ではあるのだが、白いズボンにピンク色のコート、リボンシャツは白の大きなレースがふんだんにあしらわれていて、箱を開けた瞬間、見てはいけないものを見てしまったと、震えながら蓋を閉めた。
 急いでセイブリアンの元へ走って、誰か別の人の衣装が来てしまいましたと報告したが、それでいい、急遽用意したにしては良いものがあってよかったと言われたのだ。
 遊びではなく任務であるはずが、こんなに目立ってしまったら逆効果だと言って首を振ったが、嬉々として箱から服を取り出したセイブリアンに、その場で着せられてしまった。
 しかもこの姿を絵師に描かせようなどと冗談を言われて、卒倒しそうになった。

「いつもの髪ではないが、金髪もよく似合っているな。また別の可愛らしさがある」

「だっ…………やめてくださ……」

 絶対似合っていないのに、変なことを言われて、リカルドは前髪で自分の顔を隠した。
 いちおう変装用にと、金髪のカツラをかぶっているので、この国では一般的な髪色となっているが、それに見合うような顔をしていないので恥ずかしすぎる。
 そんなリカルドを見て、セイブリアンは嬉しそうに笑って、頬を撫でてきた。
 その様子に気づいた人達が、あれは誰だろうと見てくるが、お構いなしに可愛がってくるので困ってしまう。
 リカルドはパーティーで、セイブリアンから、フランティア人を探すという命を受けた。
 こんなところで、遊んでいたら、見逃してしまうかもしれない。
 セイブリアンに向かって目で訴えると、セイブリアンは分かったと言って手を上げた。

「二階の皇族用の席を見ろ、音楽が始まってしばらくすると、あそこにユリウス皇太子が座る。周囲の様子をよく見て、怪しい奴がいないか探るんだ」

「分かりました」

 セイブリアンが着替えをする間に、何が起きているのか、聞くことができた。
 即位式を前にして、皇太子反対派の動きが活発になっていること。
 単独で帝国を攻めた第二騎士団は解体され、ミケーレは謹慎処分となったが、その後行方をくらませたこと。
 ミケーレは戦争に関わる事業をしていて、終戦になることを望んでいない。
 皇太子と敵対関係の第三皇子と繋がり、排除するために動いているのではないかということだった。
 自国や他国の要人もたくさん来ているので、大勢が集まるパーティーや即位式は、皇太子を狙う絶好の機会だ。
 二階の皇族用の席には、白い布がかけられていて、中の様子がぼんやりと見えるくらいだ。
 パーティーに出る皇太子役は、ベイリーから来た腕の立つ騎士が務めている。
 
「俺はダンスには参加しない。適当に話しながら会場を回っている」

「え……踊らないのですか?」

 てっきり、リリーローズの相手をするのかと思ったが違うらしい。
 リカルドの視線を受けてセイブリアンはクスッと笑った。

「なんだ? 俺と踊りたいのか?」

「へ? なっ、そ、そんな……」

「見つけたら知らせるだけでいい。頼むぞ」

 そう言ったセイブリアンは、颯爽と人集りの中へ入って行ってしまった。
 リカルドはフゥと息を吐いた後、会場を見渡しながら、一人一人顔を確認していくことにした。
 帝国の流行なのか、誰もが目を引くような色使いで、飾りが派手な服を着ている。
 この中にいたら、ピンクと白の服でも目立たないかもしれない。
 そう自分に思い込ませて、リカルドは水を運んできた給仕から、グラスを一つもらって喉を潤した。
 誰とも話すつもりはないので、背中を壁に貼り付けてじっと会場内を眺めた。
 次々と招待客がやって来るが、見知った顔はいない。
 ミケーレ本人か、近い人間が来ている可能性があると聞いて、直属の部下や、よく本部を出入りしていた、ミケーレの親戚にあたる連中の顔を思い浮かべたが、やはり該当する者はいない。
 まだこれからだと、緊張した体を緩めて息を吐いた。

 その時、音楽が鳴り響いて、二階席の白い幕の後ろに人影が現れた。
 堂々と立っている姿を見て、会場にいる誰もが胸に手を当てて頭を下げた。
 いよいよ囮となる偽の皇太子の登場だ。
 この件は皇太子にも報告済みで、セイブリアンに全面的に任せられているらしい。
 事前に皇太子がパーティーに出るという情報を餌としてばら撒いた。
 帝国内の反対派閥の人間はセイブリアンが、フランティアの人間はリカルドが、二人で目を光らせながら、誰かが動き出すのを待った。
 基本的に、パーティーで皇太子のいる場所には、近づいてはいけないとされている。
 リリーローズでさえ許可がいるので、それでも近づく人間がいたら完全に怪しい。
 一人一人、変装の可能性があるので、全体的な特徴を捉えながら目を凝らして監視を続けた。
 一時間、二時間待っても皇太子のいる二階席に近づく者はおろか、様子を探るように目線を送る者もいなかった。
 わざと護衛の数を減らしているのだが、それも意味がなさそうなくらい、人々は優雅に踊って、楽しそうにパーティーを楽しんでいるように見えた。
 今日は目の覚めるような、ブルーのドレスを着たリリーローズは、たくさんの人と入れ替わり立ち替わり、踊り続けていた。
 どんな人にも笑顔を絶やさずに接する様子は、彼女に高い好感度があるというのも頷ける。
 一方で一部の貴族の女性は、冷たい視線を送っているのに気がついてしまった。
 人気があれば妬まれることも当然あるだろうと思った。
 だが、夜中に皇宮を抜け出して、一人で無茶なことをするほど、追い詰められていたリリーローズを思ったら、何か事情がありそうだとも思ってしまった。

「ふふっ、誰かと思ったら、可愛い侍従さんね」

 一人で立っていたリカルドの横に、スッと現れた人影が話しかけてきたので、リカルドは息を呑んだ。
 恐る恐る横を見ると、そこには先ほどまで中央で踊り続けていたリリーローズが立っていた。

「え……あの……私は……」

「バレバレよ。リカルドでしょう? リアンと親しげに話していたじゃない。カツラなんかかぶって、二人で何かやっているのね」

「た……ただの、任務です。お世話係の……」

「まぁ、大変ね。パーティーの間も任務なんて。働き過ぎよ」

 そう言って笑いながら近づいて来たリリーローズは、リカルドの耳元に口を寄せて、小声で話しかけてきた。

「あそこにいるのは、私の夫じゃないでしょう?」

「えええ!? いや、違います! って、違うというのはそうではなく……」

「ふふっ、ごまかさないで。それくらい分かるわよ。妻なんだから……。こんな面白そうな事も、なーんにも、教えてもらえない妻だけど」

 否定したつもりが、全然否定になっていなくて、リカルドは、自分にはこういう任務は無理だと胃が痛くなった。
 青くなっているリカルドの横で、リリーローズはフゥと息を吐いて壁にもたれた。

「怪我のことだって、大丈夫だって言われてそれきり……。私だって頑張っているのに、全然頼りにならないって言われているみたいで嫌になる」

「怪我……ですか?」

「ユリのことよ。私が襲われそうになった時、庇ってくれて、怪我をしたの。気を失う前に血が見えたから、問い詰めたのに、かすり傷だって。笑っちゃうでしょう? 心配すらさせてくれない。結婚してから、こんなことの繰り返し」

 そう言いながら、リリーローズはぶどう酒が入ったグラスをぐっとあおった。
 良い飲みっぷりだが、酔っても大丈夫なのかと心配になってしまった。

「リカルドって、話しやすいって言われない? なんだか、あなたの雰囲気かしら? なんでも話したくなっちゃう」

「そ……そうですか? 私でよければ……」

「そう? じゃあ聞いて。私達、結婚して三年も経つけれど、白いままなの」

「え? 白?」

「性交していないってこと」

「せっ!!」

 小声で話していたが、驚きのあまり叫びそうになって、リリーローズに口を塞がれてしまった。
 リカルドは真っ赤になりながら、すいませんとやっと声を出した。

「ちなみに、初夜はぬいぐるみを渡されて、ヨシヨシしてお休みで終わったわ」

「ええと……お二人は仲が良いように見えますけど」

「仲は良いのよ。でもね、あの人、過去のことを引き摺っているの。昔、リアンと私に婚約の話が出たって言ったでしょう。私がいまだにリアンを好きだと思い込んでいるのよ。自分が割り込んだせいで二人が上手くいかなかったって。あの人の中では私はまだその頃のまま、それで手を出せないんだと思う」

「そう……なんですね」

「今私が好きなのはユリだって、何度も言っているのに、子供のように扱われて、本気にしてもらえない。だからわざと子供っぽく振る舞って困らせて、目の前でリアンに抱きついて見せたけど、あの人笑っていたのよ。嫉妬くらいしてくれたっていいじゃない!!」

 ルーセントもリリーローズのことを、子供のように純粋な人だと言っていた。
 しかし、周囲がそう扱っていても、彼女自身はしっかり成長していた。
 パーティーを仕切る役目も立派に果たしていたし、貴族との会話も、卒なくこなしているように見えた。
 妖精のように綺麗で可愛らしい人なので、ついそういった目で見てしまうが、一人の立派な女性だとしたら、どうにもならない状況は辛いなと思ってしまった。

「皇太子殿下のこと……すごく愛していらっしゃるんですね」

「ええ、もちろん。子供の頃はリアンに惹かれたことがあったけれど、婚約してからは、ユリの穏やかな性格と心の強さに惹かれていった。リカルドには、こんなにすぐに伝わるのに、本人に伝わらないなんて、悲しいものね。近くにいても、誰よりも遠くにいるみたい……」

 悲しげに笑うリリーローズを見て、リカルドの胸も痛くなった。
 時は経っても絡まったままの糸を、どうしたら解くことができるのか、頭の中で必死に考えてしまった。

「リアンと二人で、何をしているのか知らないけれど、見なかったことにしてあげるわ。お客をもてなさないといけないし、私、忙しいのよ。……これくらいしか、できることがないから」

 頭を下げたリカルドに向かって、にっこり微笑んだ後、リリーローズは女性達の輪の中に入って行った。
 そこにはリリーローズを冷たい目で見ていた女性もいた。
 貴族の女性達の世界は辛辣だ。
 おそらく、妃の勤めを果たしていないなど、チクリと言われるのだろう。
 そんな中でも、リリーローズは笑顔を崩さず、立派に立っていた。
 一人で戦う彼女の背中を、ユリウスはちゃんと知っているのだろうか……
 ゆりかごで眠る妖精ではない。
 リカルドには、一人の、成熟した立派な女性に見えた。
 

 パーティーも終わりに差し掛かり、ぱらぱらと帰り始める人の姿が見えた。
 結局フランティア人らしき人の姿を見つけることができず、他に怪しい人も見かけなかった。

「今日は収穫がなかったな。即位式までパーティーは続く。餌に食いつくのを待つしかない」

 終わる頃になって、セイブリアンはリカルドの隣に戻ってきた。
 偽の皇太子役は、怪しまれないように先に下がっていた。

「あの……明日も、この格好ですか?」

「似合っているからいいじゃないか。それとも、コートは花柄に変えて……」

「いっ、いいです! これで行きます!」

 このままだと舞台にでも立つような格好になりそうで、リカルドは慌てて手を振った。
 背中に鳥の羽でも付けられたら、その場で倒れる自信がある。
 頼むぞと笑ったセイブリアンに、ポンポンと頭を撫でられてしまった。
 
 こうして、次の日、その次の日と、二人で連日のようにパーティーに出て、反対派が現れるのを待ったが、影すら見えずに、即位式前日、パーティー最後の夜を迎えてしまった。
 

 
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

シナリオ回避失敗して投獄された悪役令息は隊長様に抱かれました

無味無臭(不定期更新)
BL
悪役令嬢の道連れで従兄弟だった僕まで投獄されることになった。 前世持ちだが結局役に立たなかった。 そもそもシナリオに抗うなど無理なことだったのだ。 そんなことを思いながら収監された牢屋で眠りについた。 目を覚ますと僕は見知らぬ人に抱かれていた。 …あれ? 僕に風俗墜ちシナリオありましたっけ?

処理中です...